こどもの気持ち。

雪の香り。

第1話 ともだち。

「先生はイケメンなのに何で芸能人じゃなくて先生になったの? あ、もしかして若い女の子が好き? なら、あたしが恋人になってあげてもいいよ!」


 橘紅香たちばなべにかは、友人の四宮紗季しのみやさきの突然の発言にぎょっとする。


 給食を終えたばかりの教室内は騒々しかったが、女子生徒の耳目が紗季と担任教師の村瀬隆吾むらせりゅうごの会話に向いているのは雰囲気で理解できた。


 紅香は奥手なためその手の話題は恥ずかしくて仕方がないのだが、他の子供用の化粧までして着飾って通学してくる女子たちは一丁前に色気づいている。


「最近の子はませてますね。私が小学六年生の頃は色恋沙汰よりも友人とサッカーするのに夢中でしたよ」


 今年で二十六歳になるらしいまだ若い担任の言葉に、紗季はキランと瞳を輝かす。


「先生って家でクラシック聴きながら詩集読んでそうな外見なのに、意外とアクティブなんだ。そういうギャップも素敵!」


 そのまま子供の頃の話をねだる紗季に、村瀬は苦笑している。


 紅香も内心で『先生になった理由はもうどうでもいいんだ』と会話の脈絡のなさに困惑した。


 紗季はイケメンの担任と会話したいだけで内容はどうでもいいのだ。


 その辺の心の機微がわからない紅香は、ある意味紗季や他の女子よりも小学生らしかった。


「それよりも四宮さん、美術の宿題の写生の締め切りが迫っていますが、きちんと取り組んでいますか?」


 村瀬の問いかけに、紗季はきょとんとしている。

 紅香は友人だけあってその表情で『あ、さては忘れてたな?』と察する。


「私は提出物の期限を守れないようなだらしのない子は嫌いですよ」


 村瀬は基本的に生徒をほめるときも叱るときも声のトーンが同じだ。


 ものやわらかだが、その変化のなさがどこか無機物っぽく、男子生徒には「ロボット」と陰口をたたかれているのを紅香は知っている。


「ちゃんと素敵な絵を仕上げてくるから、そのときは思いっきりほめてほしいわ!」


 絶対にまだどの風景を画用紙に切り取るかすら考えていないだろう紗季の大言壮語に、紅香はあきれた。そして絶対に自分に泣きついてくることも予想できた。


 紅香は下書きを済ませ、あとは色を塗るだけだ。

 紗季はそれも計算に入れて紅香に同じ場所に連れて行けと迫るつもりだろう。


 友人同士で並んで描く生徒は大勢いる。

 紅香も別にズルいと責める気持ちはない。


 ただ、自分が色を塗り終わっても紗季が完成するまで待たされるのだろうなと思うと少しめんどうくさい。


「では、私は次の授業の準備がありますので」


 村瀬がそう言葉を残して去っていくと、紗季も他の聞き耳を立てていた女子も「ほぅ」と息を吐き「素敵だわ~」とうっとりする。


 紅香には正直村瀬のどこが魅力的なのかよくわからない。

 確かに顔立ちは良い。


 肌は大理石のように硬質な白さで、目鼻立ちもはっきりしていて美術室にある石膏像に似ている。


 背も高く、細身だけれど不健康な印象はない。どこか貴族的な雰囲気をまとっている。


 だが、それだけだ。

 声がやわらかで、いっさい怒鳴ったりしないところが紳士だと以前紗季が言っていたが、それは紅香の兄も同じだった。


 顔立ちは全然違うが、雰囲気は村瀬と兄はよく似ている。

 紅香は、もしかしたら兄が身近にいるせいで耐性がついているのかもしれない。


「紅香~。今日の放課後に色塗るって言ってたよね。あたしも一緒していい?」


 紗季の台詞に『やっぱり』と思いながら「いいよ」と返す。

 紗季は「ありがとう! 紅香大好き!」と抱き着いてくる。


 紅香は、自分とはだいぶ性格が違う甘え上手でちょっと自分勝手な紗季が友人として好きだ。気まぐれな猫のようで魅力的に感じる。


 紅香は同じクラスになって初めて会話したときのことを今でも覚えている。


紗季はしゃべるのが好きで、紅香はあるときはあいづちを打ち、あるときは質問に答えた。


 紗季は紅香が秋生まれだと知ると「あたし夏産まれだから、あたしの方がちょっとお姉さんじゃん! あたし妹欲しかったんだよね! 嬉しい!」と勝手に妹分認定してきた。


 紅香はびっくりして反論しなかったため、しばらくはお姉さん風を吹かされていた。


 それが現在ではすっかり紅香の方がめんどうを見ている。

 紅香はそれがおかしくてクスッと笑った。


 紗季は「あ~、思い出し笑いしてる。思い出し笑いする人はすけべなんだよ!」と紅香をからかった。


「そんなこと言う人には写生場所教えないよ」


 紗季はぴょんっと飛び上がり、


「ごめんごめん。許してください紅香さま~!」


 ははぁ~っと大袈裟にお辞儀をする。


「まったく、調子良いんだから」


 そんなこんなで、紅香と紗季はなんだかんだで良いコンビなのだ。

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