第5話

「おいおい、本当に近づけないじゃないか。」


見えない壁に拳を止められた男は壁をペタペタと触る。


「なんだ、これは。」


目の前の不思議な現象に神田は声を漏らす。

自分の周囲に見えない壁がある。そして、その壁はどうやら俺が作り出している。何かしらの力に目覚めたと考えるのが妥当だろう。

何となくわかる。あまり長くは出していられるものではなさそうだ。


「ますます楽しくなってきたじゃないか。」


鬼面の男は力に目覚めた神田を見てにやりと笑う。


「なぁ、お前の尋常じゃない身体能力もこの不思議な力の一つってことなのか?」


「さて、どうかな?そんなことよりこの壁、長くはもたないんじゃいか?」


どうやらばれているみたいだ。しかし、この超能力がそういうものであるとするならば、鬼面の男も超パワーを常時使えるわけではない可能性が高い。


「そろそろかな?」


俺が張った壁は10秒程度で消滅した。


「お、これで近づけるね。」


壁が消滅したことを確認した男はこちらに向かって歩いてくる。三人はどこまで逃げれただろうか。


「考え事してる余裕はないんじゃないかな?」


男の拳が眼前に迫る。神田はぎりぎりでガードする。


「ん、」


拳が届く前に男の動きが一瞬止まる。鬼面の男は殴るのをやめ、ガードした神田の腕を掴み後ろに投げる。


神田は数メートル先の壁に叩きつけられ、うめき声をあげる。神田はぎりぎりで意識を保ちながら立ち上がる。


「まだ、動けるの?」


神田は黙って立ち上がり、男の方へ歩きだす。





「二人は先に行って。私は陸のところに戻るから。」


「え、でも、、、。」


「大丈夫だから。」


廊下を曲がり、教室棟にたどり着いたところで荊尾は二人だけを先に行かせた。荊尾はさすまたを持って廊下の角から様子をうかがった。


「え?なに、今の。」


思わず声が出てしまった。

男の拳が何かに止められた。まるで見えない壁でもあるように。陸の表情から察するに本人にも何が起きているのかわかっていない。


「考え事してる余裕はないんじゃないかな?」


鬼面の男の言葉が自分に刺さる。


「ふぅ。」


荊尾は男に向かうことを決心し、廊下の角から出て走り出す。


「間に合わない」


神田の眼前に迫った拳が、鬼面の男の動きが一瞬止まったように感じた。しかし、次の瞬間にも神田は投げ飛ばされていた。


「まだ、動けるの?」


鬼面の男はボロボロの体で立ち上がる神田に話しかける。

鬼は陸の方を向いている。私に意識を割いていない今がチャンスだ。


「いやいや、普通向かってこないから。」


男は神田の方を向いて笑っている。


よし、届く!


荊尾の持ったさすまたが男の胴体をとらえそうになる。


「君に言ってるからね。」


鬼面の男は荊尾の方に振り返った。荊尾は驚きながらも退くことなくさすまたを突き出した。


「っ!?」


鬼面の男はさすまたを掴むために腕を伸ばそうとしたが体が動かなかった。


「かはっ!」


さすまたは正確に男の胴を捕らえた。荊尾はそのまま男の脇をさすまたでさし壁に押さえつけた。


「お前もかよ。」


「なんのことかしら?」


いや、この男が言っていることは恐らく、さっきの変な力のことだ。一瞬この男の動きを止めることができた。けど、陸の力と一緒でずっと使えるわけではないみたい。


「こんなもの一本でどうにかならないってわかってるよね?」


万事休すだ。正直私の力ではこいつを抑えつけたままではいられない。いや、私じゃなくてもこいつを取り押さえられるほどの力はないだろう。


「これならどうだ?」


いつの間にか近づいてきていた神田が消火器で男の顔面を殴りかかる。


「三点。」


消火器を片手で受け止める。


「あぁ、百点満点中ね。」


そう言いながらもう片方の手でさすまたを握り、力だけで荊尾ごと神田の方へ投げた。


「依菜紗、走れるか?」


「なんとか動くかな。陸は?」


「走って逃げることはできないだろうな。」


二人はなんとか立ち上がるが、神田は鬼面の男との戦闘で負傷していて動くことができなかった。


「いいね、いいね!」


鬼面の男は嬉しそうに笑う。





ガシャーン!

一階からガラスが割れる音と何かが倒れるような音がした。


「ついに入って来たね。」


2階にいる三人は鬼の侵入を知り、緊張が走る。

三人は物音を立てずにしばらく静かにしていたが、一向に上がってくる気配はなかった。


「上がってこないっすね。」


「うん、足音も遠ざかっていったし、特別教室棟の方に行ったのかな。」


鬼の足音に耳を澄ませていた吉田が、鬼が遠ざかって行ったことを口にする。


「これからどうしますか?」


「移動するなら鬼が離れていった今しかないだろうな。」


「どうだろう。動かなくてもいいんじゃないかな。」


鬼が離れていったあと、三人はその後の作戦を話し合った。



「鬼が入ってきた時のことで気になったことがあるんだけど。」


「なぁ、足音がしないか?」


吉田が何かを言いかけたが、廊下から走るような足音が聞こえた。


「特別教室棟との廊下からだね。」


何と言っているかはわからないが男の声も聞こえた。


「誰かが鬼に追われてるのかな。」


「俺たちも逃げるか?」


話しているうちに足音はどんどん近づいてくる。


「二人は先に行って。私は陸のところに戻るから。」


「え、でも、、、。」


「大丈夫だから。」


吉田たち三人は教室の扉の影から廊下の様子をうかがう。そこには三人の女子生徒がいて、一人はさすまたを持って渡り廊下の様子をうかがっている。

そのまま教室の方に向かって走ってきた二人の女子生徒が三人に気づく。


「とりあえず、教室に入って。」


言われるがまま、二人は教室に入った。


「何があったか教えてくれるかな?」


吉田に聞かれ、二人はここに至るまでの顛末を話した。


「なるほど。」


想像よりまずい状況に吉田は頭を悩ませる。


「刹那さん、どうしますか?」


瀧川が志村にだけ聞こえるように聞く。


「どうもしない。まるで自分ならどうにかできるような口ぶりだな。」


志村も瀧川にだけ聞こえるように答える。志村の答えに一瞬驚いた顔を見せた。


「よし、僕は逃げようかな。」


吉田が自身の選択を口にした。

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