第3話

外で説得を試みた教師たちの頭が吹き飛ばされたのを見て一年生はパニックになった。とうとう教師も正気ではいられず、統制が取れなくなった。何とか教師の指示に従い落ち着いて避難の準備をしていた生徒も各々に逃げ出してしまっている。


「鬼がこっちに向かって歩いて来ているぞ!」


外を見ていた誰かが大声で叫んだ。その声を聞いた生徒たちは奥に逃げろと言いながら特別教室棟に逃げ始めた。福間ふくまりつ山本やまもと綾乃あやのも人の波に流されて特別教室棟へ逃げて行った。


「俺はどうしようかな。」


ほとんど人が残っていない3階の廊下を歩きながら考え始めた。僕は特別教室棟に向かう人たちを見届けた後、最初に投げ込まれた鉈のところへ向かった。


「あー、やっぱり届かないや。」


天井の鉈に全然届かなかった僕は教室に戻り、箒を持ってきた。鉈を箒でつつき落そうという作戦だ。


「ねぇ、あなたさっきから何をしているの?」


一年に残っていた長い黒髪の暗そうな女の子が僕に話しかけてきた。


「いや、鉈をとろうと思って。そういう君は?」


「私は、別に、逃げなくてもいいと思って。」


この子すごい度胸だな。みんなこぞって逃げて行ったぞ。見てなかったのか?


「そうなんだ。あ、落ちてきた。」


女の子と話しているうちに鉈が抜けて落ちてきた。


「触らない方がいいんじゃないかな。」


「まぁ、大丈夫じゃないすかね。」


女子生徒は怪しい武器に対して当然の警戒をするが、そんなことを気にせず鉈を手に取った。


「ほら、大丈夫みたいっすよ。」


鉈を手に取った僕に対して女子生徒は呆れたような表情を浮かべる。


「じゃあ、僕は行くっすけど、君は?」


「私はもう少しここで様子を見る。瀧川たきがわ君も気を付けて。」


「じゃあ、そっちも気を付けて。」


彼女と別れて僕は階段に向かった。階段を降り始める前に一度振り返ったが、彼女はまだ廊下にいてこちらを見ていた。


「あれ、なんで僕の名前を知っているっすか?」


彼女の発言を不思議に思い、少し怒気を込めて尋ねた。


「え、、、。」


彼女は言葉に少し詰まる。


「同じクラスなので、、、。」


「え?」


「えぇ。」


彼女の信じられない発言に思わず言葉を失う。


「後ろの席の月影つきかげです。」


「え、あの、ごめんなさい。」


しかも後ろの席、出席番号近い人だ。


「いえ、大丈夫です。こちらこそ、馴れ馴れしく名前を呼んでしまってごめんなさい。」


「いやいや!じゃあね月影さん、僕はもう行くっすね。」


気まずくなった僕は逃げるように2階へ降りた。




教師三人の頭が吹き束され、当然二年生もパニックに陥った。クラスの大半が逃げ出す中教室には一人だけ残っていた。


志村しむら君はなぜそんなに落ち着いていられるの?」


「落ち着いている?まさか、驚きすぎて動けなかっただけだ。」


俺に話しかけてきたのはクラスメイトの吉田よしだ悠真ゆうま。一年のときからクラスの中心的人物だ。


「吉田の方こそなぜ一人で残っているんだ?」


「うーん、奥に人が溜まったって逆に危ないんじゃないかと思ってね。近くにいた人にはそういったんだけどみんな動揺してそれどころじゃなったみたい。」


「そうか、それでもいつものお前ならクラスのみんなと一緒に逃げて励ましていたんじゃないか?」


それに吉田はみんなが逃げている間もずっと何かが腑に落ちないといった顔をしている。


「もしかして何か疑っている?」


「いや、疑ってなどいない。ただ、ずっと何を気にしているのかと思っただけだ。」


「あぁ、鬼を見てから何となく、体に違和感があるんだけど、それが何かわからないんだ。」


そう言いながら吉田は手のひらを見つめ握ったり開いたりしている。


「僕の気のせいだったら悪いのだけれど、君も同じなんじゃないか?」


何かを確信したように吉田が問いかける。


「さぁな。それより、そろそろ鬼が校内に入ってくるぞ。」


窓の外を見ながら注意を促す。


「それはさすがにまずね。逃げるかい?それとも階段にバリケードでも作ってみる?」


笑顔を崩してはいないが、さっきまでの軽い調子から打って変わって真剣な雰囲気に変わっていた。


「一人で逃げた方がいいんじゃないか?俺なんかじゃ吉田の足手まといになると思うぞ。それに俺たちはほとんど話したことないだろう。」


「よし、とりあえず入り口側の階段にバリケードを作ろう。急いで。」


「話を聞いるのか?」


俺の返事を無視して吉田は教室から机を運び出した。今ここで一人逃げ出すのも気が引けるのでしぶしぶバリケード作りを手伝う。


「あ、いたいた。」


反対側の階段から声が聞こえ、俺と吉田は後ろに振り返った。そこには鉈を手に持った男子生徒がいた。


「知り合い?」


「知らないな。そっちの知り合いでもなさそうだな。」


俺の知り合いである線が消え、鉈を持った男子生徒に吉田は警戒を強めた。


「志村君、武術の心得は?」


「あったとしてもさっき見た鬼の仲間なら太刀打ちできないだろうな。」


「そうだよね。じゃあ、逃げるしかないか。」


俺たちは逃げることを決意した。


刹那せつなさん!まだ教室棟に残っていたんすね。」


「「んん?」」


鉈を持った男子生徒が発した名前に俺たち二人は一瞬思考が止まった。


「志村君、君の名前って、、、」


「あぁ、間違いなく俺を呼んでいるな。」


男子生徒は俺の名前を叫んでいた。というよりまるで知り合いかのように呼んでいる。


「志村君、やっぱり知り合いなんじゃないの?」


吉田から疑いの目を向けられる。


「すまないが、誰だ?」


「え、伊織いおりです。伊織、瀧川伊織。」


名前を聞いても思い出せない。階段の方から来たということは違う学年だろう。クラスメイトともほとんど関りのない俺が他学年の生徒と関わることなどあっただろうか。

思い出せない俺を見て吉田が呆れている。


「え、覚えていないんすか?まあ、無理もないっすね。小さいころに遊んでもらっただけっすからね。」


小さいころか。俺は覚えていなくても仕方ないと言わんばかりの顔で吉田の方を向いた。そんな様子の俺を見て吉田はため息をついた。


「僕は吉田悠真、志村君のクラスメイトだよ。それで瀧川君はなんでそんな昔の知り合いでしかない志村君のところに来たの?それとその鉈についても教えてもらおうかな。」


バリケード作りながらでいいかな?と瀧川にもバリケード作りを手伝わせながらここまでの事情をきいた。


「入学間もないですし、刹那さんしか知り合いがいなかったので来ました。鉈は、この馬鹿げた鬼ごっこの開始早々鬼が3階に投げてきた物ですね。あと、伊織でいいっすよ。」

瀧川の話を聞きながら、一応バリケードは完成した。


「それでこの後どうするんすか。」


「そろそろ鬼が校舎に入ってくる頃だからなにか考えないとね。」


「三年がどうなるか、だな。」

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