初めてのダンジョンへ

56.




「随分と早い潮時だ。御子柴の配慮が全く役に立たなかったわ」

「お前らが一押しの、あの天才児か。今度は何を企んでたんだ?」


 御子柴が折角俺の人殺し稼業への理解を詩織に募ろうとしてくれたというのに。

 手段が荒く、詰めの甘い馬鹿共を相手に、俺の本性を露わにせずにはいられなくなってしまった。


「俺が出る。詩織は剛を補助しつつ退がれ、田所さんもお願いします」

「そうは言っても、素直に逃がしてもらえるものか?」


「剛。必要ならば、俺の素性を喋ってもいい。何としても、田所さんを抑えろ」

「相変わらず、無理を言う!」


 俺の情報が田所さんに漏れれば、当然だが以降田所さんの行動にも何らかの制限は付く。が、この緊急事態に於いては、致し方なかろう。


「お主だけで十分と?」

「……他愛ない」


 素人に毛が生えたような輩を相手にするのに、何の遠慮が必要か。こちらへ敵意を向けたことを、後悔させてやろうではないか。

 表でも裏でも、表層でも深層でも、俺を・俺たちを敵に回すと決めた馬鹿共には死を覚悟してもらう必要がある。


 これは鉄則なのだ。


 裏社会で、闇の底で生きる俺たちと敵対しようと宣言するのならば、俺たちは全力を以て叩き伏せるのみ。必然、殺しに行くと同義である。


「田所さん、人は斬れないでしょう?」


 彼にとって、これが酷な問いであることは知っている。知っていて尚、問わねばならない。

 戦後の、平和な日本で生きている人間にとって人殺しとは禁忌、そのもの。

 義務教育で道徳を学んだ世代にとって、それは理解に苦しんで当然である。


 だが、俺たちは違う。

 俺は自分の命と他者の命を天秤に掛けを殺傷して以来。仲間たちは国を護る盾として。そうして連綿と殺し、今に至る。


「おかしいのは俺みたいな人間だ。日本人が殺しを忌避するのは当然なんだよ」


 こう、人殺しの前に誰かを諭すのは久しぶりだ。

 大概が、要人警護の際なんだが……今回のように、平和な世界で生きてきた人間に語ることも少ないが、完全にないとも言えない。

 

 だから、俺は平常心のまま。

 平常心のまま、殺害できる。



「いいか、剛と詩織。外へ出たら、堀内さんとうちの爺たちを呼べ」

「わかった」

「呼べって、お父さん?」


「奴らを差し向けた人間を特定する必要がある。タイミング良く、うちには尋問向けの人間が揃っているからな」

「尋問て、拷問の間違いだろ!?」

「俺たちは正規軍じゃない。傭兵なんてそんなものさ」


 ファミリアはEU加盟国というよりも、NATO加盟国が後ろ盾となっている。

 ヴェノムの選抜はスチュワート主導に因り、俺個人の為のみに存在する組織でしかないので、ほぼ別物だが。

 局地戦用に組織されたNATO軍というのが、うちの傭兵団=ファミリアの実態と言えよう。だが、世間一般で傭兵といえば、戦争で金儲けをしている組織でしかない。


 人殺しで飯を食っているとは、詩織には口が裂けても言えなかった。

 言えなかったが……いざ命の危機が迫れば、そうも言ってはいられない。


 それも狙われたのが俺本人ではなく、詩織だったことが重要だ。

 詩織を狙う理由など語るべくも無い。要は俺への牽制と捉えるべきで、それ以外の選択肢など、何もありはしない。


 由って、


「詩織。お父さんは詩織が思うような、綺麗な世界には生きていない。必要ならば、撤退の道中で剛に聞くといい」

「お前は無茶を言う!」

「田所さんへの説明も頼む。こんなことを頼めるのはお前くらいなんだ」


 『ここでは』な。

 それ以外に俺の事情に通じる人間が他にいない。いれば、半端な知識しか持たない剛になど頼りなどなしない。



 何があっても良いように、フル装備で来ていてよかった。


 相手は弓矢を使う。

 詩織を狙った矢は、事前に察知し肉壁になろうとした剛の寸前で俺が掴んだが。

 飛び道具を使うというのは非常に厄介でもある。しかも矢じりにはヌラヌラと毒っぽい液体が光っていた。


 確実に殺しに来ている。のならば、こちらも当然殺しに往こう。

 銃は構えられたならば、イコールで敵対行為。それは弓も同義である。尚、射られたのならば、その是非を問うのは今更だろう?



 既に視線に乗る感情のありかは察知している。


 敵意を向けているのは四つ。

 前方の三方向と、後背の一団の中にひとつ。上手く紛れ込んでいるようだが、逃がしはしない。

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