鈍感天然たらしにツンデレ少女は勝てない 家事力高め男子VS素直になれない女子
涼霞―すずか
プロローグ
「なんであのとき、助けてくれなかったの?」
(違うんだ・・・)
「とても辛かったのに・・・」
(ま、待ってくれ、まだー)
「・・・・・・っ」
時計をみると時刻は朝の四時。起きるにはまだ少し早い時間だった。
「夢・・・久しぶりにあの夢を見たな・・・」
中学生の時にあった一件が尾を引いて蒼生の夢に出てくる。
蒼生はその生徒とは二年ともクラスが違い、面識はほとんどなく、廊下で見たことがある程度しか知らなかった。さらにその女子生徒たちが何をしているのか分からなかったため、見て見ぬふりをしてその場を立ち去ろうとした。
しかしそこで、蒼生は嫌がらせを受けていた女子生徒の泣き声を聞いてしまった。
(ここで離れるのもなんか悪い気がする)
蒼生は女子生徒たちのもとに歩いていった。
「・・・おい、何してるんだ?」
蒼生は低い声で話しかける。
「なんですか・・・って、うちの学校の人じゃん」
「やばい、逃げよう!」
蒼生を見た瞬間に女子生徒たちは一人を除いて一斉に走り出して逃げていった。
(人の顔見てやばいって、ひどい言い方だな)
逃げてく女子生徒の背中を蒼生は睨みつけた。
そこで蒼生はひとり残された女子生徒に気づいた。
その女子生徒は制服や髪がびしょびしょに濡れていて、ブルブルと体を震わしていた。さらに殴られたのだろうか、両方の頬が赤みを帯びて腫れていた。膝にも擦りむいたような怪我があり、とても痛々しかった。
「大丈夫か?」
「・・・・・・」
蒼生の問いかけに女子生徒からの返答はない。しかしこの冬の寒空の下、濡れた状態で怪我までしていたら大丈夫とは言えないだろう。
とりあえず蒼生は、持っていたハンカチで水を拭き取ろうとした。
「ちょっとごめんな」
蒼生が近づいた瞬間、女子生徒は大きく体をはねて、怯えるように蒼生を見た。
「・・・あ、あの・・・だい、じょう、ぶ・・・です」
その声には不安と緊張がまざり、とても大丈夫には思えなかった。
「大丈夫じゃないだろ、俺に拭かれるのが嫌なら自分で拭け。」
少し語気が強くなってしまい、女子生徒はさらに身を縮めてしまった。
「あ、ご、ごめん。怒ってるわけじゃなくて・・・ただ心配なだけだ」
そう言いながら蒼生は自分のハンカチを渡す。
恐る恐るそのハンカチを受け取った女子生徒は、自分の体の表面についた水滴を拭き取っていく。
ホッとした蒼生はカバンの中から絆創膏を取り出し、擦りむいた膝の手当てを始めた。
「傷が浅くてよかったよ。これなら痕も残らないな」
蒼生は手際よく手当を終わらせる。
「・・・ありがとう、ございます」
水滴をあらかた取り終えて、ハンカチを返しながら女子生徒はそう口にした。
「別に、感謝されることでもー」
そして蒼生は改めて女子生徒の顔を見て固まった。
その女子生徒は綺麗な琥珀色の瞳で吸い込まれそうなくらいパッチリとした大きな目をしていた。鼻や口も小さく、水に濡れた長い髪が大人っぽさを醸し出す、いわゆる美少女だった。
「どうかしましたか?」
見惚れてしまい言葉が続かない蒼生を不思議に思ったのか、少女が問いかける。
「ああいや、なんでもない。無事で良かった」
「本当にありがとうございます。・・・あの、お名前を聞いても・・・」
少女は遠慮がちに聞いてきた。
「俺のか?俺は伊達蒼生。クラス違うけどすれ違ったことあるかもな」
蒼生は簡単に自己紹介する。
「伊達くん、改めてありがとうございます」
まだぎこちないが、少し口元を緩ませて感謝を口にする少女に対し、またも見惚れてしまった。
そして少女の名前を聞こうとしたその時、強い北風が二人の間を吹き抜けた。
「うーさむっ。結構冷えるな」
下校途中だったこともあり、日が落ちてあたりはどんどん暗くなっていた。
少女は体を震わせ、唇も青に近くなっていた。
(しまった、濡れてるんだよな)
蒼生は急いでカバンからマフラーを取り出し、少女の首に巻いた。
「寒いから急いで帰れよ。あと、絶対にこのことは誰かに相談しろよ」
「・・・はい」
「じゃあ気をつけて帰れよ。マフラー、返さなくていいから」
「ありがとうございました」
こうして二人は別れて家路についた。
本当は蒼生が送ろうと申し出たが、少女は頑なにそれを拒否したためお互い一人で帰った。
この日から、蒼生がこの少女を見ることはなかった。
聞くところによると少女はあの日から学校に来ておらず、年が明ける前に転校したということをあとになって知った。
嫌がらせをしていた女子生徒たちは、後日教員から指導があり、大事になることなく次第にこの話しは生徒の中で薄れていった。
しかし蒼生だけは、助けられなかったことを悔やみ続け、こうして時々夢にまで出るようになっていた。
(元気にしてるだろうか・・・)
ベッドから起き上がりメガネを掛けつつ、そんなことを思う。
今日は高校の入学式。あの少女もどこかの高校に通うのだろうか。
聞く限り、蒼生と同じ中学校の生徒いない。おそらく転校した少女も別の高校だろう。
あの少女とはもう関わることはないとわかっていても、心の何処かでいまだに引っかかってしまう、簡単に忘れられるような存在ではなかった。
「名前も知らないのにな」
あの時名前だけでも聞いておけばよかったと、もう遅い後悔をする蒼生は新しい制服に袖を通して朝の支度を進めていった。
鏡の前で髪型や服装を整えていく。
少し長めで癖のある黒髪を整えて全身鏡に写った自分を見る。
目にかかった前髪から覗く切れ長の目は、今まで怖い印象を多く与えてきた。良く見えない時に目を細める癖があり、それによって目つきが悪くなってしまった。中学3年生からはメガネを掛け始め、目つきをごまかしていたが、それでも未だに鋭い目つきをしていた。
更に蒼生は百七十五センチと、高校生としては背が高く、中学時代も周りから少し飛び出ていた。
(髪と目つきと身長の三拍子で、近寄りがたい雰囲気なんだよなあ)
中学時代に良く話す友人はいたが、第一印象で相手を萎縮させてしまうので、高校で仲の良い人ができるかどうかが少し不安である蒼生だった。
入学式は問題なく終了した。
今日から蒼生は晴れて高校生活を送ることとなる。
入学式を終えた蒼生は、ひとり家路についていた。
多くの生徒は、入学式に親や親族が来るが、蒼生の家は違った。別に家族との仲が悪いわけではなく、単に都合がつかなかったのだ。
蒼生は両親と姉の四人家族だ。蒼生の両親は、蒼生が幼い頃から共働きで、基本的な世話は八歳年上の姉がしていた。
蒼生が中学を卒業するとともに両親の海外転勤が決定し、姉も社会人として一人暮らしをしているため、蒼生の一人暮らしが始まった。
定期的に両親とも姉とも連絡をとってはいるので、完全に一人で情報が行き届かないような状況ではない。
(とりあえず帰ったら本でも読むかな)
特に寂しさや不安もなく、蒼生は家へ向かった。
家に帰って蒼生は、今日の入学式のことを思い返す。
新入生は百五十人とそこまで多くなく、一クラス三十人で編成された。
蒼生は教室に入ってまず自分の席を確認した。
席は一列五人で六列あり、その中の三列目、一番うしろが蒼生の席だった。
(割といい席だな)
席につきながら蒼生は少し安心する。
入学してすぐの席順は今後の学校生活に大きな影響を与える。周りとどれだけ馴染めるかが鍵となるため、席の周囲に人が多ければ、その分話す機会は増える。
しかし蒼生は、大人数で群れたり、グループの中で目立ったりするよりも、一人でいることのほうが好きだった。そのため、全方向囲まれずに済む一番うしろや角の席を蒼生は狙っていた。
余裕を持って早めに来た蒼生は、手持ち無沙汰になってしまったので、式が始まるまでの暇つぶしとして、持ってきた小説を読み始めた。
式が終わると、教室に戻りホームルームを行った。
担任が来るまでの空いた時間に、一部の男子たちがある女子の話題で盛り上がっていた。
「おい、見たか、あの女子!」
「めっちゃ可愛かったよなあ!」
「代表挨拶するくらいだから頭もいいんだろ?」
話題の人物は入学式で新入生代表挨拶として前に立った女子生徒。入学早々から騒がれるほど容姿に優れている生徒だった。
(ああ、あの人か。名前は確か・・・)
「北野さん、めっちゃ良いわ!」
その女子生徒の名前は北野というらしい。
(高校生活初日で騒がれるのも大変だな)
興味のない蒼生は盛り上がる男子たちを横目にして、改めて本を取り出した。
しばらくすると、担任が教室にやってきた。
「今日からこの一年二組の担任を努めます。新任教師ですがよろしくお願いします」
担任の自己紹介から始まり、次に生徒の自己紹介が行われた。
名前順に自分の名前と出身中学、趣味などの軽い内容を話していくため、蒼生の番はすぐに回ってきた。
「伊達蒼生です。中学は青葉中から来ました。趣味は読書です。よろしくお願いします」
我ながら面白みも奇抜さもない、つまらない自己紹介だと思ったが、それ以外に言うこともないので仕方がない。
あっという間に自己紹介は終わっていき、その後は明日の説明を受け、解散となった。
解散後、ある男子生徒が、蒼生に話しかけてきた。
「伊達って言ったっけ、席近いしよろしくな」
蒼生の前に座る男子生徒―
蒼生が
明るめの茶髪はサラッとして細く、目にかからない程度の前髪はまとまっていて、襟足は短めに切りそろえられている。
瞳は髪の色と同じような茶色で、丸く、くりっとした目をしていた。
背は蒼生よりは低めでおそらく百六十センチ後半くらいと標準的な背格好だ。
「えっと・・・真田だったか、よろしくな」
「おう!なあ、さっき読書が趣味って言ってたけど、どんなの読むんだ?」
いきなり距離を詰めて聞いてきた柊人に蒼生は困惑する。
言葉に詰まってしまった蒼生を見て、しまったという顔をして柊人は謝った。
「ごめん、テンションあがっちゃって・・・。中学時代は本の話できるやつがいなくてさ。急に聞かれて嫌だったよな・・・」
(本当に犬みたいなやつだな)
急にしゅんと萎れてしまった柊人を見た蒼生は思わず笑みをこぼした。
「ははっ、こちらこそ何かすまん。俺も急で戸惑っただけだから、嫌とかじゃない」
蒼生がそういうと柊人は一瞬にして顔を輝かせた。
柊人の後ろにモフモフとした尻尾が見えそうになった蒼生は、微笑ましさを覚えながら質問の答えを考える。
「どんな本か・・・・・・基本何でも読むぞ。良く読むのは時代小説とかミステリーとか・・・ああ最近はライトノベルも読むな」
「おお!いいよなラノベ!俺も良く恋愛系のやつ読むんだよ」
同好の士を見つけた柊人は、とても嬉しそうに話す。
少し読書談義に花を咲かせていると、柊人は時計を見てハッとした。
「やばい、人またせてるの忘れてた。ごめん伊達、俺いかなきゃ」
「そうか、じゃあまた明日な」
「おう!じゃあな!」
元気に走って教室を出た柊人を見送った蒼生も、帰り支度を始める。
(忙しいやつだけど、悪いやつじゃなさそうだな)
そんな事をぼんやりと考える蒼生もまた、少し嬉しそうに口元を緩ませた。
「明日はオリエンテーションで今日よりも疲れそうだな・・・」
食事や入浴などを全て済ませた蒼生は、ベッドに腰掛けてため息をつく。
明日からは本格的な高校生活。柊人という共通の趣味を持ったクラスメイトもでき、当初の不安は少し和らいだが、まだまだこれからだ。
これから多くの人と関わっていくにあたって、全員が柊人のような人間ではないし、得意不得意はでてくるだろう。さらに好きな人ができたりすることもあるかもしれない。
(今は恋愛に興味もないしな)
自分が誰かと付き合っている姿を想像してみるも、うまくできない。蒼生は誰かに好かれたことも、好いたこともないのだ。
しかし蒼生の日々はこれから始まっていく。いつか恋愛未経験な蒼生が本当に好きと思えるような人が現れるかもしれない。
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