第48話 覚悟と黒刀

 心優が森の中を迷っていた時、黒田も指定された初期位置に向かっていた。


 口笛を吹き、散歩をするように歩いている。

 腰には犬宮に預けていた刀、呪異がベルトにしっかりと差さっている。


 方向を一切間違えず歩き進め、初期位置に移動完了。


 ――――こっちから賢に声をかけられないのは結構痛いな。


「………慣れん」


 耳を触りながら黒田は目的の木に背中を預け、陰陽師達がなだれ込んでくるのを待つ。



 黒田と心優の耳に付けているイヤホンは、犬宮が水などと一緒に勝っていた。

 心優と黒田にワイヤレスイヤホンを渡し、犬宮は二台のスマホを使い通話状態で指示を出している。


 こんな使い方があるなんてなと思いながら、黒田は待機。


「あっちは始まったかねぇ……」


 青空を見上げ、肩の力を抜くように息を吐く。

 目を閉じ、集中し始めた途端――……


『黒田、準備は出来たみたいだね』


「うおっ!?」


 犬宮の声がイヤホンから突如聞こえ肩を震わせた。


『黒田の方、狙い通り大きいのが近づいている、油断しないで。心優の方は雑魚が向かっているし、信三と合流したみたい。龍と竜の気配がないのがちょっと気になるけど、今は向かっている大物に集中して』


「…………あいよー」


 声が聞こえていないとはわかりつつ、黒田は適当に返事。

 右手で刀の柄を握り、気配を巡らせた。


 ――――気配はあるが、まだ遠いな。


 腰に差している刀を少しだけ引き抜き、黒田は鞘から覗く刃を見た。


 ――――俺はこの刀で、もう何百の人を斬ってきた。人間に紛れ戦争も経験しているし、人に仕え護衛経験もある。


「俺は、ただ賢に従うだけ。賢を守るだけだ。和美かずみとの約束を守るためにも」


 刀を握り気配に集中していると、またしても犬宮から連絡が入る。


『黒田。何を考えているかわからないけど、臭いが乱れているよ、集中して』


 犬宮の言葉に、黒田は自身が少し乱れていることに気づいた。


「はぁ、駄目だなぁ。和美の事を思い出すと、どうしても乱れちまう」


 和美は、犬宮の実の姉。

 ストレスと病で、二十五という若さで死んでしまった。


 最後まで犬宮を心配し、気丈にふるまい。本当に、素敵な女性だった。


 犬宮和美は、犬宮にとってもかけがえのない人だったが、黒田にとっても恩人だった。

 人間というのがどのような物なのか教えてくれた、温かさを伝えた人。


 お見舞いに行くと、和美は心配かけないように無理に笑っていた。

 その姿を見ただけで胸が苦しく、辛かった。


 黒田は、なぜ心臓が締め付けられるような感覚になるのかわからず、知る前に和美は他界。


 もやもやとした気持ちが残っている中、黒田は約束のために犬宮と共に行動していた。


「――――ふぅ、今は忘れよう」


 ――――もう、気配が近い。準備をしなければならないな。


 木に寄りかかっていたが、立ち直し鞘から刀を引き抜く。

 現れたのは黒く染まる、黒刀。


 黒田の手に自然となじみ、笑みが浮かぶ。


「刀を引き抜いただけで心が躍る。巴が言っていた”快楽殺人鬼”も、あながち間違っていないんだよなぁ~」


 カサカサと足音が聞こえ始めた。

 木々の隙間を見据えていると、狩衣を着ている陰陽師達が姿を現す。


 黒田を見ると舌打ちを零し、眉を顰める。

 なぜそのような顔を浮かべているのか黒田は一瞬疑問に思うが、すぐに分かった。


「あぁ、なるほどな。残念だったなあ~、お前らの目的となる憑き人と奇血きけつは、俺を倒した先だぞ。行きたければ、俺を殺してから行くんだなぁ~」


 キランと、黒刀を光らせ構える。

 刀を構えた黒田を見て、陰陽師はすぐに自身も式神を出そうとお札を出した。


「させるか」


 式神を出す前に黒田が地面を強く蹴り、二人が取り出したお札を切った。


「なっ!」


 驚いている二人の後ろに回り、うなじを刃の背部分で殴り気絶させる。

 数秒で終わり、黒田は息を吐いた。


「雑魚が現れ始めたか。大物が来るのも時間の問題だな」


 ここからは油断出来ないと、黒田も気を引き締め周りに集中。

 向かって来ている陰陽師達を次から次へと気絶させていった。


「――――賢へと向かわせてたまるかよ」


 ※


 一人残された犬宮は、汗を流しながら周りに集中していた。


「はぁ…………」


 息が荒く、眉間には深い皺が刻まれている。


 ――――さすがにきついな。


 気配を探り、嗅覚で陰陽師達や心優、黒田の位置把握。

 それに加え、場所を伝えなければならない。


 考える分には、犬宮にとっては特に苦ではない。

 広範囲を把握しながらっていうのが辛い。


 ――――カサカサ


「っ、……翔か」


 集中している犬宮の耳に、草が揺れる音が聞こえた。


 目を開け振り向くと、最古がニコニコと笑みを浮かべながら犬宮の元に歩み寄ってきた。


 頭を撫でてあげると、安心したように微笑む。


「頑張ったね。あともう少しだよ」


 言うと、犬宮はまた目を閉じ、集中し始めた。

 汗を流し集中している犬宮を見上げ、最古はギュッと服を掴む。


 最古の不安を少しでも拭い取れるように頭を撫でてあげる。

 

 ────とうとう、戦闘が始まった。


 絶対に、一つも取り残しは許されない。

 魁の動きも把握し、龍と竜の行方も探る。


「――――あぁぁぁあ、鼻血出そう……」

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