第46話 実力と震え
本堂内は今も騒がしく、巫女や陰陽師達が走り回っていた。
そんな本堂の大広場には、血を流し気を失っている巴を囲み、御子柴と陰陽頭が立っている。
「酷くやられたらしいな、御子柴」
「ですが、氷柱女房のおかげで止血は出来ました。遅れてしまい申し訳ありません」
御子柴の右胸、右肩、左太ももには氷が張られていた。
信三達がいなくなった直後、御子柴は目を覚まし、再度氷柱女房を出し、直ぐ竜と龍を追い払った。
すぐさま傷口に氷を張るように指示。
止血をし、重たい体を引きずり大広場まで来た。
大粒の汗を流し、立っているのもやっとな状態。
だが、ここで戦線離脱するわけにはいかないと自身に言い聞かせここまでやってきた。
「巴の処罰はいかがいたしますか」
「悩む必要は無い。ころっ──」
”殺せ”。そう言おうとしたが、その声は廊下から聞こえてくる悲鳴によりかき消された。
「な、何…………。この、阿鼻叫喚…………」
聞くに堪えない悲鳴が廊下から聞こえ、二人は襖を開け顔を出した。
見回すが、大広場の周りでは何も行われていない。
だが、声だけは聞こえてくる。
助けて、怖い。
そう言っているような悲鳴が二人の鼓膜を揺らし、御子柴は顔を歪め耳を塞いだ。
事態を把握するため、陰陽頭は冷静に目を凝らし、廊下の先を見る。
――――ギャァァァァァァアアア!!!
悲鳴と共に大量の血が飛び散り、壁や床を赤く染めた。
何が起きたのかわからず唖然としていると、二人の視界には黒く、大きな人の頭の化け物が映った。
「まさか、なんで…………」
何が廊下に居るのかわかった御子柴は目を見張り、体を硬直させる。
陰陽頭も一瞬動揺を見せたが、すぐに冷静になった。
「御子柴、すぐにこの場から離れるぞ」
「離れるとは、どこに」
「本堂の裏手だ――……」
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「――――へぇ、おもろい」
「犬宮さん、怖いです、ものすごく怖いです。あの、閻魔大王より、本当に怖いです」
ニヤァっと、なんの前触れもなく笑い出した犬宮にドン引きの心優。
無意識に一歩、後ろに下がった。
「こっちに来ることになったらしいなぁ?」
木に寄りかかり腕を組んで待機していた黒田が、犬宮の反応で事態を把握。冷静に問いかけた。
「あぁ、そうみたい。あともう少しで出番だよ。準備は出来てる?」
犬宮がすぐいつもの無表情へと戻し、黒田と心優に見た。
――――準備は、出来ている。
声に出して犬宮に伝えなければ。そう思うも、喉がつまり上手く声を出せない。
震える自分の手を見下ろし、目を強く閉じた。
────出来ているのに、怖い……。
相手は陰陽師や巫女。
何もなければ気絶させることは出来る。
でも、式神だの陰陽術だのを出されてしまえば、打つ手なし。
万が一があれば殺せとも、犬宮は心優に伝えていた。
────私、人を殺さないといけないのかな……。
「? 心優、何を考えてるの?」
「っ、で、出来ています、準備出来てます、大丈夫です」
「いや、何を考えているのか聞いているんだけど」
「大丈夫です、何も、考えてません!」
「それはそれで問題ありなんだけど……」
咄嗟に犬宮からの問いに答えるも、冷や汗が流れ、声は震える。
笑顔も引き攣っており、焦りが見て取れた。
黒田は「これは駄目だな」と、呆れたように息を吐く。
心優がいないプランも考えないとと思ったが、犬宮の表情に安堵の息を零した。
心優を見据えている犬宮は、片足を石に乗せ姿勢を変えた。
「心優、辞めるなら今の内だよ」
「っ、え」
犬宮は励ますわけでも、後押しするでもない。
まるで、突き放しているような言葉を言い放つ。
「怖いのなら、無理に黒田と行動しなくていい。こいつは今、強い味方がいるからね」
横目で犬宮は、黒田の腰に指している刀を見た。
「でも、心優が抜けた所には必ず穴は生まれるから、俺といても安全とは言いきれない。それでも、迷いのある君を前線に立たせるよりは幾分かマシだとは思ってる」
―――─わかっているくせに、私がここで引けない事。
犬宮は、絶対に心優は引かないということを分かっているにも関わらず、今のような言い方をする。
心優はそれをわかっており、心の内で「意地悪」と呟きつつも、眉を釣りあげ震える拳を強く握った。
「私は、やります。やりますよ、逃げません!!」
「そう、それなら迷いは捨てろ。迷いのある人間は前線には出せない」
「はい!」
────迷わない。絶対、私は迷わない。
心優が決意を固めたところで、犬宮が黒い瞳を光らせた。
「黒田、来た」
「おっ、それならもう行かないといけないな。場所は最初に言っていた所で良いか?」
「うん、心優も準備」
「は、はい」
まだ不安はある。
でも、ここで行かないわけには行かないと奮い立たせ、歩き出した。
「──心優」
「え、なんですか?」
黒田と反対側に向かった心優を、犬宮が呼び止めた。
「期待してる」
――――なんで、そんなことを言うんですか、犬宮さん。
「それは、黒田さんに言ってください。まったく…………」
そう呟くと、心優は徐々に冷静を取り戻し始めた。
「黒田さんに期待していると言っている犬宮さん…………か」
―――─それは本当に尊いシチュエーションなのでは?
一瞬のうちに頭の中が
「ヒャァァァァァァア!!!」
「いつも通りになってくれたみたいで良かったよ、はよ行け」
「はい」
犬宮の言葉に、心優は慌てて走り出した。
残されたのは、犬宮一人。
目を閉じ周りの臭いや気配に集中し始めた。
「――――翔も、大丈夫そう。でも――……」
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