犬宮探偵事務所の復讐
第45話 決戦と実力
巴は一人、本道の廊下を歩いていた。
巫女の姿で顔を俯かせ、静かに歩く。
そんな彼女の周りには狼狽えている陰陽師や、巫女達が走り回っていた。
そんな中で一人、歩いている巴に気づく。
現状を理解していないのかと腕をガシッと掴み、声を荒げた。
「何を歩いているの巴! 早く憑き人と
声を荒げられている巴は、一瞬笑みを浮かべたかと思うと息を吸い、眉を下げいつものおどおどしたような表情を向けた。
「ごめんなさい!」
「もう、いつも失敗しているんだから。この時ぐらいはしっかりしなさいよ」
「はい、すいません……」
掴まれていた腕から手が離れ、巴に怒鳴り散らした巫女は走り去る。
残った巴は下げた眉を吊り上げ、振り返り廊下を再度歩く。
走り回っている陰陽師と巫女の波に逆らい、歩いている巴が向かっているのは、大広場。
今、波乱が起きている現状で大広場にいる人は御子柴を抜いて一人しかいない。
巴の狙いはその人、紅城神社をまとめる陰陽頭だった。
波に抗い、進む。
すると、徐々に人がいなくなる。
完全に人がいなくなると、大広場に繋がる襖が見えてきた。
緊張の糸が伸び、汗が額から流れ出る。
喉仏を動かし唾を飲みこみ、襖の前まで移動。足を止め、深呼吸。
ここからは本当に巴の演技力と気配、視線などが核となる。
目を閉じ、先ほど黒田と話していた内容を思い出し気持ちを落ち着かせた。
『巴、相手は陰陽頭だ。気配や人の視線に敏感なはず。だから、心優と接していた以上に警戒心を解き、悟らせんなよ』
『わかったわ。気を付ける』
それだけを言うと、何故か黒田は巴の頭を撫で安心させるような笑みを向けた。
その時の感覚が頭にまだ残っており、微かに頬を染める。
自分で頭を一撫でした後、気合を入れ直し顔を上げ襖を睨んだ。
「――――陰陽頭様、葉菜巴です。お時間よろしいでしょうか」
中にいるであろう陰陽頭に声をかけると、中からしわがれた声が返ってきたため襖を開けた。
畳みの大広場の一番奥には、座布団に座り背筋を伸ばし座っている老人の姿。
入ってきた巴を見据え、問いかけた。
「今まで、どこで何をしていた」
しわがれた声に含まれる警戒の声。
普段は見えないはずの眼光が鋭く光り、巴の身体が自然と震える。
それでも歯を食いしばり、自身を奮い立たせ畳を踏み、陰陽頭へと歩く。
前まで移動し膝を突け、首を垂れた。
「犬宮探偵事務所の御一行にしてやられまして、連絡が取れない状態となってしまいまことに申し訳ありませんでした。ただいま、犬宮御一行は身を顰めており、隙を見てここまで逃げてきました」
「そうか。御子柴は見たか」
「いえ、ここに来るまででは見ておりません」
「…………いや、それならよい」
何か言いたげにしている陰陽頭を見て、巴は目を細めた。
気配を察せられないよう、すぐ平静を装い視線を落とす。
「それより、何故ここまでわざわざ来た。外には憑き人と奇血を追いかけるように指示を出していたはずだが?」
「はい、そのことでご報告がございます」
「なんだ」
「憑き人である犬宮は、仲間を引き連れ紅城神社裏で身を潜めております。人数はたかが三人。この場にいる陰陽師や巫女達で乗り込めば、一網打尽に出来るかと思うのですが、いかがでしょうか」
巴からの提案に、陰陽頭は片眉を上げた。
「――――なに?」
「こちらの強みは数です。相手は首無しに憑き人。それだけでなく、助手である真矢心優も戦闘に特化しており警戒するべき存在。ですが、それも数で押せばなんてことありません」
視線だけを上げ、目の前で座る陰陽頭を強い瞳で見る。
「森を使えばこちらも身を顰め、死角を狙いやすいと思います」
陰陽頭は巴の提案を肯定も否定もしない。
見定めるように彼女を見るのみ。
鋭く冷たい視線を向けられ続け、巴の頬に一粒の汗がしたたり落ちる。
緊張の糸が伸び、少しでも動けば切れてしまいそう。
そんな空気感に、巴は何とか耐え続けた。
息が浅くなり、震える唇を隠すように顔を俯かせる。
「――――わかった。向かわせよう」
「わかりました」
――――――――よし、まずは第一関門とっ…………
これで犬宮達の元に陰陽師達を送る事が出来る、そう思ったのもつかの間。
巴の後ろに突如、一体の怪異が現れた。
それは、御子柴の式神である
後ろを振り向くと藍色の瞳と目が合う。
何が起きたのか理解が遅れ、その隙に巴の肩や腕、足に氷の刃が突き刺さった。
「なっ!?」
突如現れた
巴は何も出来ずそのまま畳に倒れ込み、動かなくなってしまった。
・
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・
・
「――――巴がやられた」
「っ、え、巴ちゃんが!?」
森で待機していた犬宮達。
回りの気配や臭いに神経を集中していた犬宮は、巴が
「まじか、死んだか?」
「いや、殺すまではしていない。ただ、もう邪魔はさせないように動かなくしたみたい。早く治療しないといけないくらいの致死量ではあるね。血の匂いが濃い」
黒田と犬宮が冷静に話している中、心優は一人慌てる。
――――そんな、巴ちゃんが……。
後悔するように拳を握っていると、犬宮が次の一手へすぐ移行する。
「それなら、仕方がない。あまりこれは使いたくなかったんだけど……」
言うと、犬宮は自身の赤く滲んでいる肩に手を触れた。
「遠隔操作でこっちに無理やり陰陽師達を向かわせよう」
止血するために包帯を巻いていたが、それを取り自身で傷口を抉り始める。
「ぐっ」
「え、何をしているんですか犬宮さん!?」
なぜ自身の傷を突然抉り出したのかわからず、心優は駆け寄り止めようとする。
だが、それを黒田に止められてしまった。
汗をしたらせ傷口を抉っていると、血と共に黒い煙が空中へと昇り始めた。
心優は黒田に肩を掴まれながら、何が出てきたのかと愕然と見上げる。
「――――ふぅ」
やっと傷口から手を離すと、その左手は血で染まり真っ赤。
指先を舐めながら上を見上げ、出てきた怪異を見た。
「――――
犬宮の傷口から現れたのは、鳥居で出会った怪異、魁。
信三達に最古の事を任せた後、動かなくなった魁に犬宮は自身の憑き人の血を渡す事で、一度だけ協力を仰いでいた。
そのため、傷ついても大丈夫な箇所である肩に実を潜ませていたのだ。
『――――喰ろうてよいとな?』
「あぁ、あまり散らかすなよ」
『知らん。我のつもりに積もった恨みを、ここで晴らす。これしか考えておらん』
それだけを残し、魁はその場から居なくなってしまった。
「大丈夫なんですか?」
「大丈夫かどうかは、陰陽師達の実力だよ。ここからは実力戦。負けた方は実力がその程度だっただけ」
心優の言葉に返しつつも、犬宮は周りの余分な気配を遮断。本堂に集中した。
集中力を高めた犬宮の邪魔をしないように心優は口を閉ざし、魁の消えた方を見る。
肩に置かれていた黒田の手に力が込められ、心優は反射的に後ろを振り向き見上げた。
「心優ちゃん、俺達にも役割がある。今のうちに集中した方がいいぞ」
「…………わかりました」
心優と黒田はこのあと、自身達が行わなければならない事のために体を休める。
――――これで、本当の最後。少しでも、犠牲が少なくなりますように。
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