第43話 最終決戦と質問

 犬宮は一人、神社の裏手に走っていた。


 を抑え、カサカサと雑草をかき分けながら。


 喉が切れ鉄の味が滲み、心臓がどくどくと音を鳴らす。

 体が徐々に疲労で重たくなるが、犬宮の足は止まらない。


 下草を踏みしめ走っていると、地下牢に進む階段が見えてきた。


 その地下牢は、犬宮にとっていとわしい場所。

 近付きたくもない場所で、視界に入れたくもない。

 それでも犬宮は躊躇することなく出入口に立ち、階段下を見下ろした。


 漆黒の瞳は爛々とし、強気に細められる。


「はぁ、はぁ……。下に、全員いるみたいだね」


 鼻をヒクヒクと動かすと、下に黒田達がいることがわかり、足を一歩踏み出す。


 ――――カツン カツン


 足音が響く中、犬宮は階段を進む。

 静かで薄暗くなっていく階段。光源は壁に立てかけられている淡い灯篭のみ。

 足元などを気を付けなければ踏み外してしまいそう。


 そう思うが犬宮はサクサクと進み、すぐに地下牢へと辿り着いた。


 前を向くと、左右に広がるは牢屋。

 奥は暗いが、目を細め集中すれば何があるのか微かに分かる。


 犬宮の記憶にも残っており、「うっ」と足がすくむ。

 だが、すぐ自身を奮い立たせ、進み始めた。


 奥へと行けば行くほど、犬宮の記憶が鮮明に蘇る。

 息が荒くなり、心臓が波打ち始めた時、同時に安心する声が飛んできた。


「黒田さん!!! 貴方がそれを持つと本当に危険です!!」


「それはさすがに酷くねぇか? 俺は人間の武器は使わんぞ」


「いや、心優の言う通り、持っているだけで不穏。持っている物自体不穏なんだけどさ」


 三人の、気の抜けるような会話。

 犬宮の肩に入っていた力が自然と抜けた。


「何やってんだよ、あの二人……」


 一人は聞き覚えのない声だが、他の二人の声は嫌というほどに聞き覚えがあり頭を抱えた。


 だが、気持ちは落ち着き、冷静になる。

 口角が自然と上がり、足を踏み出し声の聞こえた方へと歩いた。


 三人の方にも犬宮の足音が聞こえ始め、会話が止まる。

 徐々に距離を詰めると、一つの牢屋の前で三人が手に不穏な武器を持って言い争っていた姿を見つけた。


「犬宮さん!!」


「二人は一体何をしているの……」


 黒田は手にチェーンソーを持っており、心優の手には首輪。

 そんな牢屋の前で言い争っている二人を見ていたのは、巫女の姿で腕を組み立っている巴。


 巴は犬宮の姿を参るなり目を開き、固まってしまった。


「賢、無事だったんだな」


「本当にギリギリだったけどね。それより……」


 犬宮の視線は、気まずそうに顔を逸らしている巴に注がれる。


「こいつは確か、紅城神社の巫女だったはず。翔が言っていたけど、やっぱり共に行動していたんだね」


「翔は知っていたのか?」


「女が三人と言っていたから、心優とこいつ。あとは式神あたりかなぁとは予想していた」


「あ、そゆこと」


 犬宮の言葉に黒田は納得、うんうんと頷いている。

 そんな彼の隣では巴が目線をさ迷わせ、口を閉ざし続けた。


 黒田が持っているチェーンソーを奪い取りテーブルに置く。

 顔を覗き込み、説明を求める視線を送った。


「あぁ……うん。こいつは上司に騙され、いいように利用されていたみたいだぞ。その復讐がしたいと俺に土下座する勢いでお願いして来たから、仕方がなく共に行動をしている」


「馬鹿言わないでくれない? 私がいつ貴方に土下座する勢いでお願いしたのよ。捏造しないで」


 黒田の言葉でハッと気を取り直し、強気に反論。

 二人の意見が正しいかは犬宮にはわからない。だが、今はそんなことどうでも良かった。


「確認だけど、葉菜巴で合ってるよね、名前」


「なんで知っているの?」


「ここまで大きくこっちが動き出しているんだから、事前に調べていることぐらい察しがつくでしょう――――と、言いたいけど。心優からの報告で聞いていたんだよね。だから確認がてら聞いてみただけ」


 犬宮が正直に言ってしまったため、巴は心優を睨む。

 そんな視線など気にしていない心優は舌を出し「テヘッ」と、誤魔化した。


「……………………もう、どうでもいいか。それで、私がいると何か不都合があるの?」


「いや、俺を狙っているのかなぁって思って」


「安心してよ。紅城神社があんたを狙っていたとしても、私の狙いは首無しだった。それに、土下座とかはしていないけど、私も復讐したいとは思っているよ私を騙し、利用して来た人達に」


 顔を逸らしながら自身の服を掴み、怒りを抑えている。

 後悔しているような表情にも見え、犬宮も目を逸らし黒田の方を見た。


「どっちでもいいけど。それより、黒田」


「なんだ?」


「どこがいい?」


 問いかけると、黒田は腕を組み考え込む。

 巴と心優は犬宮が何を聞いているのかわからず顔を見合せるが、話の邪魔をしないように待つことにした。


「……………………陰陽師がまだ結構残っているし、巫女も何とかしないと紅城神社を殲滅出来ないだろうし。もう、ここを決戦の場にしよう」


「この地下牢?」


「いやいやいや。賢、肩が痛すぎて思考が回らなくなったのか?」


 なんともないように言った黒田の言葉に、心優は目を開き賢の肩を見る。

 薄暗くて最初はよくわからなかったが、黒いスーツが赤黒くなっているのが見えた。


「え、犬宮さん? 肩口、大丈夫なんですか?」


「大丈夫だけど痛みはあるし、右腕は動かせないから、そこらへんは迷惑をかけるよ、悪いね」


 平然としている犬宮だが、言葉がなんとなく早口。

 心優は犬宮に駆け寄り、肩口を見た。


 手を伸ばし傷口を見ようとすると、触れる前に大きな手によって止められてしまう。


「!!」


「今触られるとさすがに痛いから、勘弁してくれる?」


「ご、ごめんなさっ――」


 顔を上げ咄嗟に謝ろうとすると、犬宮の顔が触れそうなほど近くなっていた。

 流石に息が詰まり、頬が染まる。


「ご、ごめんなはい……」


 意外な反応を見せた心優に、犬宮も驚き目を丸くする。

 同時にいたずら心も沸いて、にやっと笑った。


「……………………へぇ、君もそんな顔するんだ。男に興味あるのは知っていたけど、意外だね」


「変な言い回しはやめてください、誤解を生むでしょうが!!」

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