第8話 推理と最古

 薄暗い裏路地を、無言で犬宮達は歩いている。


 今は昼間だが、建物に囲まれている為陽光は届かず、足元に気を付けなければ転んでしまう。


 現に、心優は何度か転びそうになってしまい、今は犬宮の腕に引っ付いて歩いていた。


「歩きにくいんだけど」


「我慢してください。本当はこのようなシチュエーションは私ではなく、拓哉君の方が盛り上がるのですが、仕方がありません」


「どっちもごめんだよ」


 心優の言葉に大きなため息を吐きつつ歩いていると、何故か突然犬宮は足を止めた。それにより、後ろを歩いていた拓哉達も立ち止まる。


 唯一止まらなかった最古は、犬宮に首根っこを掴まれ強制的に止めさせられた。


「どうしたんですか」


「この先、臭う。誰かいるね」


「え、誰が……」


 心優の困惑など気にせず、今だ何故か歩き続けようとしている最古を引き寄せ、犬宮は顔を覗かせた。


「翔、足音は聞こえてる?」


 犬宮の黒い瞳と目を合わせると、最古は笑顔を変えずコクンと頷いた。


「なら、どこにいるかはわかるかな」


 問いかけられた最古は笑顔で犬宮を見上げ頷き、一歩前に出る。

 耳を澄まし、壁に反響し響いている音に集中し始めた。


 ――――っ、空気が、変わった。


 最古の聴覚は人知を超えており、数百メートル先の音までも聞き分ける事が出来る。でも、普段から聞こえている訳ではなく、耳を澄まし集中している時のみ。


 心優が最古を見ていると、今までニコニコと笑っていた顔を消し、突如無表情になった。


 目をスッと開くと闇のように深く、重い。漆黒の瞳が姿を現した。

 

「何が聞こえた?」


「真っすぐ、女、男」


 最古の声は、少年らしい高い声。

 鈴の音のような儚さもあり、耳に自然と入る。


「ん、よく出来ました。どのくらいの距離かわかる?」


「十」


「なるほど、足音が響いているだけか。結構、遠かったな」


 心優と話す時よりまるく、やわらかい声で最古と話している。


 ここで最古の言葉を理解したのは犬宮のみ。

 心優は今の言葉を理解出来ず、問いかけた。


「どのくらいなんですか」


「百メートル」


「結構遠い」


「そうだね。でも、油断してはいけないよ。俺の鼻でも捕らえられるほど近いのだから」


 ――――基準がおかしいっての。


「犬宮さんと最古君しかわからないですけどね……」


「ここからは、翔に案内をお願いしようか。近づきすぎない距離までお願い出来る?」


 心優の嘆きをガン無視、犬宮が最古の頭を撫で問いかけると、すぐに頷いた。


「ありがと」


「こっち」


 前方を指さし、歩き出す。

 心優も置いて行かれないように、拓哉と拓真を手招きしながらついて行った。



 再度歩き始めてから数分後、心優の耳にも自分達とはまた違う足音が聞こえ始めた。


 咄嗟に犬宮へ話しかけようとした心優の口を押え、自身の口元に人差し指を置き「しぃ~」と静かにするように合図。すぐに口を閉ざした。


 最古が曲がり角で足を止め、犬宮は姿を隠すように心優から離れ壁に背中を付けた。

 他の人も犬宮の後ろに移動し、次の行動を待つ。


 顔を壁から覗かせると、一人の女性がスマホ片手に誰かと歩きながら通話をしていた。


『ちょっと、まだぁ? 私、もう十分以上待っているんだけどぉ』


 甘ったるく、人に甘えているような声。


 蛇のようなねちっこい声に、心優は「うげ」と心の声が零れる。

 犬宮は表情一つ変えず、様子を見続けた。

 

 そんな時、下から視線を感じ下げる。

 すると、最古と犬宮の黒い瞳の視線が交わった。


 目線で犬宮が「どうした」と問いかけると、最古が口パクで答える。


『女、二人、臭い』


 今の言葉に、犬宮は眉を顰め心優を見た。


 ――――え、なんでそこで私を見るの!?


 なぜいきなり見られたのかわからず、困惑。自身を指さし、首を傾げた。

 何もわかっていない心優の態度に何も言わず、犬宮が目を逸らす。


 ――――なっ、なんなのよ!!!


 本当になにも分からず、ふてくされ唇を尖らせた。


『あともう少しって、どのくらいなの? 時間だと何分?』


 通話相手の声が聞こえないが、女性の言葉だけで内容は大体予想つく。


 このまま何もせず待っていると、もう一人誰かが増える。

 それだけは避けたいと、心優は焦りながら犬宮に指示を仰いだ。


 視線を受けた犬宮は鼻を鳴らし、何を思ったのか壁から出て女性に近付き始めてしまった。


「あぁ、行くのですね……」


 心優が小声で問いかけるが、返答はない。

 諦めたように、心優は拓真達に「ここで待ってて」と言い残し犬宮の隣に駆けだした。


 後ろでは無表情から笑顔に戻り、拓真達を守るように前に立っている最古の姿。

 その手には、子供が持っているべきではない物が、握られていた。

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