第2話 消えたスマートフォン。

祖父母は不仲だった。

祖母は離婚間際に父さんを身籠り、周囲の説得もあって父さんを産み、夫婦生活を続けるように言われる。

だが夫婦仲は冷え切っていて修復不可能。

そこに生まれてきた父さんは、あの家で邪魔な存在だった。


聞いたのは自分だが、この髙成という男はデリカシーがない。配慮という言葉がない。

故人の子に話す内容でもなく、若年者に聞かせる内容でもないのに、熱が入り嬉々として話してくる。


いつの頃からか、歪んだ形で夫婦仲は良くなる。

それは父さんを絶対悪として位置付ける事で、夫婦仲を良くしていた。


「あの家さぁ、築27年なんだよね。前の家は古い日本家屋でさ」

「はあ。やはりそのくらいなんですね」

「あ。わかる?あの家さぁ、君のお父さんの部屋が無いのに、当初のローン支払いに、お父さんの名前が書かれていたんだよね。それも知人に頼んで名義貸しじゃないけど、君のお爺さんのお友達の銀行マンと結託して、成績稼ぎしてるの。で、君の歳と君のご両親が結婚何年目か知ってる?」


嬉しそうに唾を飛ばして聞いてくる髙成卓。


なんていやらしい目をしているんだろう。

吐き気を催しているのは、ファーストフード店の油の臭いなのか、父さんの事を知ってショックなのか、この髙成卓の顔が生理的に無理なのか、混乱していてわからなかった。


再度「君はいくつ?結婚何年目?」と聞かれて、「結婚は24年と聞いています。4年前にお祝いをしました。俺は今年22になります」と答えると、「大学生だね。まあ地方大だからストレートなのかな?地方ならそんなもんだよね」と、喧嘩を売られたのかと思えるような事をわざわざ言われる。


だが、髙成卓にはその気はなく、無意識に失礼な事を言えて、相手が不快感を表すと、「悪いと思わなかった」と本心で言える人間のようだった。


「君のお父さんは、このまま搾取されるならって一念発起して地元を離れたのさ」

「搾取…」

「そうさ、まあそうなると君が気になるのは、なんでお父さんの連絡先を皆が知っていたかだよね?簡単さ、お父さんは自分の住所は明かさなかったが、生存報告のように年賀状だけはくれていた。それで君のお婆さんから私が連絡を貰って、旧友たちに連絡を回して遠路はるばる参列したんだ」


うまく表現できないが、この髙成卓の言葉が耳にまとわりつく。気持ちの悪さとは別の不快感。それはすぐにわかった。


言葉の端々に感じたものは、クライムアクション、犯罪映画の登場人物が話すセリフに近く、髙成卓本人の言葉に聞こえなかったからだった。



なかなか髙成卓は帰らせてくれない。

話したい事も聞いたし、さっさと帰りたい。

散々、地方だ田舎だ遠方だと馬鹿にしたのだから、わかりそうなものなのにコイツは延々と聞いてもいない話をする。


こっちを見ていない。

コーヒーを奢ってやったんだから付き合えとでも言わん勢いで、延々と身の上話を聞かせて来た。


区役所勤務の50歳、まあ父さんと同い年なのだから50歳だろう。未婚で親と同居している。

同居の親が目に見えて足腰が弱って来た事、将来の不安と不満を口にして、現実逃避のように駅前のファーストフード店で、周りの迷惑を無視して話し続けるのが、この髙成卓だった。


「そろそろ帰れなくなるので」と言うと、ようやく気が済んだのか「ああ、田舎だもんね。やっぱり大変だよね田舎」という、無自覚な嫌味とともに解放される流れになる。


「そういえば、お父さんのスマホは見つかった?」


なんでその事をコイツが知っているのだろう?

「え?」と聞き返すと、火葬場で待っている時に、近所の人達が話していたと答える髙成卓。


近所の人からは、父さんが撮った写真はなんだか目を惹くと言われていて、「最後に撮っていた写真が欲しい」と言われていたが、その際に「見つかっていないんです」と答えた。



それかと納得をしていると「気になるね」と言われる。


「は?」

「いやあ、何が入ってるのかと思ってさ、さしずめパンドラの箱なのか、雀のツヅラか?出てくるのは金銀財宝か?それとも…」


「怖いお化けかな?」と言った髙成卓は、映画の一幕のようにニヤッと笑うと、「さあ、ようやくラーメン屋が並ばないで食べられる時間になったから行くかな」と言った。


コイツ、その為に人を引き留めたのか…。

呆れながらファーストフード店を後にすると、店の前で「そうそう、中学3年の時に懇意にしてくれていた担任の先生なんだが、松崎先生というんだ。君のお父さんの事をよく気にしていたから、一度会うといいかもね。案外スマートフォンはそこにあったりして」と言った。


何を言い出した?

気持ち悪い中、「連絡先はわかりますか?」と聞くと、「ああ、私は年賀状を欠かさず出しているからね。君が望むのなら、私から授けようじゃないか。とりあえず連絡先を教えてくれるかな?」と言われる。


「昼の電話番号にショートメッセージをくれれば対応出来ます」

「おお、そうだったね」


髙成卓はそう言うと、スマートフォンを見せながら「今年の最新モデル。独身ならではだよ」と言ってフラフラと夜の街に消えて行った。


家に帰ると遅くなっていて、母さんに心配されてしまう。


「父さんの実家周りを見て来たんだ」と説明をすると、「お父さんはあの街にいい思い出はないのよ。私も義理の両親には、数える程しか会ってない。法事の連絡も何もこない。村八分ってあるじゃない。アレの何倍も酷いわね。もう行くのはやめなさい」と言われた。


その時になって外のポストに手紙が入れっぱなしなことに気がついた。

手紙を受け取るのは父さんの仕事だった。


「郵便屋さんが遅いと手紙が届くのは遅くなるし、お母さんや好生が何度も外に行くのは悪いから僕がやるよ」


父さんの顔と言葉を思い出しながらポストに向かうと、ポストには荒らされた形跡があった。

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