1話 『繋石闘戯』


「はぁ……」


「どうしたんだよ。深いため息をついて」


「最近、仕事して眠るだけの生活が続いていてな。なにか、楽しいもんはねぇのかってさぁ……」


 夕暮れ。仕事を終えたある男性が肩を落とす友へと声をかける。


「なら、あそこの闘技場を見に行きゃいいじゃねぇか。それが飯か、遊びに行くか?」


「いや、やめておく。まだ金をもらう日じゃねぇんだ。それに金があっても今日の重労働で身体的にキツい」


「そんなにかよ。あまりにもしんどいならやめて……」


 ここで男は我に帰り、慌てて口を塞ぐ。

 しかし、友は男を見ており、完全に聞かれてしまっている。


「れるわけねぇよな。最近問題になっている異世界人がまともな仕事を全部掻っ攫ってしまうもんな。ごめん、出来もしないこと言って……」


「いいよ。とりあえず、今日は帰るよ。また機会があったら誘ってくれ……」


「待て待て! まだあるんだ! 金がかからなくて、身体を動かさないで気を紛らわせる場所が! 今すぐ帰って寝たいなら、また別の日でいいけど……」


「……わかった、行くよ。けど、そんなところあるの?」


 食い下がる男に折れるように承諾する友。

 だが、あまりにも上手い話に訝しんでいる。


「あるある! いいからついてきて!」


「あ、あぁ……」


 やけに上機嫌な男に連れて来られた場所は、冒険者ギルド場。


 昔はこの世界の人間も冒険者として利用していたが、今では熟練者以外は近寄りがたくなっている。

 

 そんな異世界人御用達の場所に向かう意図が掴めず、眉間に皺を寄せていた。


「……なんでここに? 異世界人でもなければ、冒険者でもないんだぞ」


「チッチッチッ……! 最近じゃ、異世界人でも冒険者でもない奴が来るようになってるぞ」


 中に入ると、懐かしい雰囲気を感じてた息を呑む友。彼らは一度冒険者として通った過去がある。

 魔物の狩猟に苦戦を強いられ、冒険者の人員超過の際に契約を切られた苦々しい過去が。


「それで、なにをするんだ?」


「まずは受付だ。そうすれば面白いものを見せてもらえるぞ」


 懐かしさの感動に纏わりつく苦い思い出の場所。

 だが、見慣れないものもあって、それが新たに設けられたであろう観戦受付という窓口だった。


「大人2人。チケットもらえるか?」


「かしこまりました。恐れ入りますが、場所はこちらで指定させていただきます」


「あぁ、構わないよ」


「わかりました。どうぞ、こちらが入場券になります」


「ありがとう」


「無料なんだろう? わざわざ指定席やら入場券やらと取る必要があるのか?」


「知らねぇよな。今これ、こっちの人間には大人気なんだよ。こうして、仰々しいことをするくらいにはね」


「こっちの人間には?」


 男の言い方に含みを感じる友。

 小首を傾げるも、男は言葉を濁して先へ進めるばかり。


 今は言葉に従って先にある扉に手を伸ばした。

 そして――、


「なんだ……これは」


 押し開いた扉の先には見たことのないものが広がっていた。

 壁沿いに無数に設置された座椅子と、ひしめき合うように座る人々。

 

 闘技場に似た光景に唖然とする友の背中を、男が押した。


「ほらほら、入り口でボケッとするな。後から来る人に迷惑だぜ?」


「な、なな、なんだここは!? ギルド場に闘技場が設置されたってのかい? しかもこの盛況ぶりじゃ、あそこの街の闘技場にも引けを取らねぇぞ!?」


「そりゃそうだろ。あそこにはねぇ闘いがここにはある」


「闘技場にはない、闘い?」


「説明してやるから、さっさと階段上がれ」


 促されて後ろからの視線に気付き、顔を赤らめる友。

 思わず鼻で笑い、怒りの声を聞き流して男は語り始める。


「『繋石闘戯』。それがここ、異世界人の行き交う冒険者ギルド場のみで開かれる闘いだ」


「ってことは、冒険者同士での闘い?」


「いや、異世界人同士での闘いだ」


「は? 異世界人同士って、なんだってまた……」


 冒険者ならともかく、今の異世界人から身を置き、のどかな生活を送る者たちもいる。

 彼の言い方が正しければ彼らも『繋石闘戯』に参加していることになるが、なぜなのだろうか。


「ほら、俺が言ってたこと忘れたか? 最近問題になっているって」


「まさか……決闘で間引くってのか!?」


「ばーか。ここじゃ、殺し合いどころか、血も出ねぇよ。ほら、始まるぞ。どうせだ。観戦しながら見ようぜ」


『観戦中の皆様。ただいまから『繋石闘戯』を始まります。――闘士、入場』


 おそらく、観客席の下に通路から同じ服装をした人がぞろぞろと中央へと集まっていく。


 彼らの世界にある服装なのか、カラダのラインが出たつなぎ服のような衣服を身に纏っていた。


 肩や手の甲、左胸や肘には円の模様があり、左胸の円のなかには様々な標章があった。


 火、雫、木の葉、そしておそらく、光を表す4芒星と、闇を表す瞳。


 誰もこれもに特有の光沢があり、何かを現しているのかと友は睨む。


「……ほぉ、今回は『人界』同士の闘いか。面白いかどうかはさておいて、見どころが少ねぇな」


「見どころ?」


「こっちの話。後で説明するから、まずはルールから理解して行こうぜ」


「お、おう……了解」


「見てわかる通り、この『繋石闘戯』は5対5の団体戦だ。魔石を仲間に投げ渡しながら、敵の王や他の闘士に魔法を当てて、得点を取り合う闘いだ。――話はついていけてるか?」


「……ごめん」


「構わない、疑問に答えるよ」


「な、なんで魔石を投げ渡すんだ? 魔力を底上げする程度で、あいつらには――」


「今いる闘士たちには魔力はないんだ。この闘戯の連中に奪われているからね」


「それもその、闘戯のためなのか……?」


「そうだよ。だから、風の噂だけど、ここに連れて来られた連中は前もって奪われているらしい。そんで、魔力のこもった魔石を使わせて、あそこで戦わせてるってわけよ」


「あそこ?」


 男が指差す方を見つめると、闘士なる者たちは、見下げた先で両端に一列で並んでいた。


 耳ともに肩を震わせる音が響く。

 思わず視線を釘付けさせられた先で、宙に浮かぶ四角形が戦場を占める。


 疑問よりも先に闘士たちは歩を進める。

 身体よりも僅かに前に出た頭が、四角形へ当たるや否や、彼らは姿を消した。


 次に見開いた目に映るは、観客席を覆うほど巨大な半透明の板。

 確か名前は異世界人たちの言うところの『映像板モニター』。

 

 頭上を覆うそれは、姿を消した闘士たちを頭上から映しており、彼らの立つ戦場も映していた。


「あれが闘士たちの戦場だ。中央の2つの柱を仕切りとして左右に集団が分かれて闘う。んで、お前も見えているだろうが、闘士の胸元にある徽章は属性だ」


「属性?」


「全部で5つ。火、水、木、光、闇。見たまんまだから、なんとなくわかってただろう?」


「まぁね、でもその属性ってなんのためにあるんだ?」


「この闘いには攻撃から身を護る『防御ブロック』ってのがある。その際に護る側が属性有利だったら、攻守交代になるんだ。王の場合はどの属性でも攻守交代だ」


「なら、攻撃する側は属性有利じゃない相手を狙うわな」


「だから有利なやつが攻撃に飛び込んだり、逆に狙われない安心感を抱いた相手を隙をついたりするんだ」


「へぇ。けど、王ってのはどれだ。こっから見てもよくわからないんだ」


「悪い悪い。王はあのチビとデカブツだな。胸元の徽章が属性だけじゃなくて王冠もあるだろう? あいつらだ。しかもそれだけじゃない。王って奴らは勝負を盛り上げる逸材だ」


「あ、あれか!」


 真っ直ぐ映像を見つめる男に促されて、友もまた視線を向ける。

 確かに、デカブツと称された男には、強い気迫を感じられるが、対するチビはそうでもない。


 どこにでもいる黒髪黒目。どこにでもいる低身長。どこにでもいる風貌に期待できるわけがない。


 むしろ、この闘戯に駆り出された哀れな獲物に見える。


「すごい力でも持っているのか? 俺的にはチビも他の奴らに変わりないんだが……」


「『恩恵おんけい』だよ。聞いたことない? この『人界』でもごく稀に持っているって言われている特別な力のこと」


「あれも使えるのか!? あれが!?」


「あぁ、だからこそこの闘いは面白いんだよ。命も失われない血も流れない、この闘いが」


 男の言う言葉は、まだ友にはわからない。

 だけれど、少しだけ胸が高鳴った。


 男をそう言わせる闘いへの期待に、胸が躍ったような気がした。

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