ちいさなかぶ!

つばし

第1話 プロローグ

 小学生の頃──クラスのみんなで畑に出掛けて、かぶの収穫を手伝ったことがあった。立派に実ったおおきなかぶをクラスメイト達がぽーんと引き抜いて、よっしゃー!と盛り上がっている。


 いいなぁ、わたしもがんばるぞ!


 あたりを見回して、ひと際背の高い葉っぱを選んで引っ張ってみた。これ、絶対おおきいかぶだ! 


 ふっ……ふんぎぃぃぃ。

 ふんぎぃぃぃぃ!

 

 ……抜けない。どんなに力を入れてもかぶが抜けない。わたしが踏ん張っている間にも回りの子たちはポンポンとかぶを抜いていく。力の強い男の子だけじゃなくて、女の子も抜いて自慢げにかぶを空に掲げている。


 ウソでしょ、なんでそんなに簡単に抜けるの!?


 わたしのかぶが特別に手ごわいのか、それともわたしが非力なのか。

 みんなに置いて行かれて、じわじわと焦りが募ってくる。手のひらも赤くなって、腕も疲れてきた。もう力が入らない。


 うわぁーん、わたしってだめなんだ。

 みんなができるのに、わたしだけできない……。


 じわりと涙があふれて、わたしはその場に座り込む。その時、抜こうとしていたおおきな葉っぱの斜め後ろに、少し小さな葉っぱがあることに気が付いた。


 もしかして……これなら抜けるかな?


「花、それ抜くの?」


 わたしがちいさな葉っぱに手をかけようかと迷っていたら、幼馴染の音がやってきた。


「うん……でも……」

「がんばれぇ! 花ならできるっ!」

「そ、そうかなぁ」

「うんっ!」


 音のまっすぐな笑顔を受けて、わたしは霧散していたガッツが集まってくるのを感じた。手は痛いけど、残された力を振り絞って精一杯葉っぱを引っ張る。すると──


「わぁっ!!」


 ポーンとかぶが抜けて、勢い余って土に尻餅をついた。


「あいたぁ」

「やったじゃん! 花! かぶ抜けたよ!」

「ほ、ホントだ……」


 握った葉っぱの先に、白いすべすべしたかぶがついている。


 このかぶを、わたしが抜いたんだ……!


 それはみんなのに比べればちいさなかぶだったけど、とてもキラキラと輝いていて、とっても素敵なものに見えた。


 でもその感動は日が経つにつれ薄れ、いつしか、もはや記憶の奥底にしまい込まれていた。だけど、ゴミ箱送りになったわけじゃないみたいだ。あれから10年経った今日、思い出すことができたんだから──。




 「…………はっ」


 お箸の先には白いかぶの漬物がつままれている。どうやら朝ごはんの最中にふと昔のことを思い出して、トリップしていたらしい。これまでもかぶの漬物は何百回と食卓に上っていたはずなのに、なんで今日になってあの思い出がよみがえったんだろう?


「……って、もうこんな時間!」


 家を出る時間まで、もう5分しかない。

 おにぎりを3口分一気に頬張り、洗面台の前に駆け込んだ。鏡を見て「んぐぅっ」と米が喉に詰まって死にかける。


 ひぃぃ! こんな朝に限って、寝ぐせがスーパーサイヤ人なんてぇぇ!


 必死にブラシで髪をなでつけるこのわたし、名前を蕪木花(かぶらぎはな)と言って、東京の高校に通うどこにでもいるすごく平凡な高校2年生です。

 「あらあら“すごく平凡”なんてご謙遜ねぇ」ってどこかの奥様のツッコミが聞こえる気がするけど、本っ当―に平凡なんですコレが。

 身長は高校2年生女子の平均である157.5cm、体重は同平均体重である52kg、中流家庭生まれ、中くらいの成績、運動神経は良くも悪くもない、顔も普通性格も普通、好きなものはケーキ、趣味はカフェ巡りという女子のありがちを地で行くスタイル。どうだ! 平凡ここに極まれり……ってなもんよ。


 でもケーキ趣味はオタクの域に達しており、ケーキのカタログやチラシをファイリングして保存していたりする。可愛くて美味しそうなケーキの写真を眺める時間は、何よりも幸せで尊いんだよね~♪


 なんとか前髪を重力に従わせることに成功し、左側の髪の束を取って頭の上のほうでくるりとお団子状にまとめる。お気に入りの白い花の飾りがついたヘアゴムで結んで、いつものスタイル完成。人間、死ぬ気でやれば3分でスーパーサイヤ人から女子高生に戻ることができるのだ。


 残りのおにぎりを無理やり口に押し込み、玄関を出で階段を下る。うちは3階建てで、1階は両親が切り盛りしているおにぎり屋。2人ともすでに厨房で今日の仕込みをしているので、店の扉を軽く開けて「ふぃっふぇふぃまーふ!」と声をかけた。お父さんとお母さんの「いってらっしゃーい!」という声を背中で感じつつ、最寄りの自由が丘駅を目指して駆けだした。

 季節は初夏、7月のはじめ。快晴で日差しも強く、どんどん汗が噴き出てくるけど仕方ない。ああ、信号が青続きでありますように!


 こんな、なんの変哲もない普段通りの1日。

 だけどそれが今日から大きく変わることになるとは……この時はまるで予想していなかったのです。

 

 って、誤解のないように言っておくけど、別に異能力を手にするわけでも、トラックに轢かれて異世界転生するわけでもないよ?


 わたしの平凡なプロフィールの中に、高校生にしては変わった趣味が追加されるというだけなんだけど……それでも、わたしにとっては大事件なんだからね!

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