二十二言目 柚木原さんと晩ご飯

「ほら、高校生でしょ?どんどん食べなさいな!」


 そう言って柚木原さんのお母さんは目の前の鍋に次々と具材を投入していく。思ったよりも成長期の高校生を過信しているであろうその量に柚木原さんに「これ多くない?」とアイコンタクトを取ると、「強くなりたければ食え」とサムズアップとともに返ってくる。やはり栄養が胸に行くタイプの人間はダメだ。

 今鍋を囲んでいるのは私、柚木原さん、柚木原さんのお母さんの三人。人並みに食べる私と柚木原さんのお母さんを差し置いて、具材消費のメインは柚木原さん。いやでも実際物理法則には従っていない気がする。


「この前一回会ったけどあの時はすぐに帰っちゃったんだもの!彩花のことだからどんなイケメン彼氏連れてくるのかと思ってたらこんなに可愛い子で私びっくりしちゃった!」

「あ、どうも……」

「どう?彩花と一緒にデビューしない?私が前いたところに話通してあげるから!」

「母さん」

「もう、宝の持ち腐れなんだから……まあ、それはともかく!彩花と仲良くしてくれてありがとね、咲楽ちゃん!」

「いえ、ほら、柚木原さん、学校でも人気者ですし……」

「そんな見え見えの謙遜しなくていいの!彩花は見てくれは最高なんだけどほら、ちょっと変わったところあるでしょ?多分私に似ちゃったんだけど、だからあんま友達っていう友達作ろうとしなかったのよこの子。それがお友達すっ飛ばしてそういう関係なんて!」


 そう言って手を叩いて笑う柚木原さんのお母さんは確かに本性を現した柚木原さんにそっくりだった。要はびっくりするくらいの美人だということだ。とはいえまくしたてるマシンガントークの密度は柚木原さんの比ではなく、私は終始押され気味。というか偶然かもしれないけど、私が処理できるギリギリを狙ってるんじゃないかという感じだった。


「ところで、今日はお父さんと一葉ちゃんは?」

「父さんは会食。一葉はフェスかな?」

「あー、そっか。軽音部って言ってたもんね」

「いやー、一葉はメジャーデビューしても良いところまで行くわよ!咲楽ちゃん今のうちに唾付けときなさい唾」

「母さん言い方」


 そしてそうこうしている内に大分満腹中枢も刺激されてきて、もう良いかなという状態になってくる。私が「ごちそうさまでした」と手を合わせると、「あら!」と手で口を抑えた。


「もう良いの?あとでお腹すいたりしない?」

「はい。お腹いっぱいです」

「いやいやいや、それも当然よね。彩花がおかしいだけだったわ」

「母さん、もうちょっとお肉食べたい」

「はいはーい!それにしても咲楽ちゃん、お口ちっちゃくて身体も細くてスラッとしてていいわー、学生時代に会ってたら分かんなかったわー」


 少し残念そうに言う柚木原さんのお母さん。見ると、柚木原さんが食べながら少しムッとしたような視線を向けていた。そして気がつけば時計は8時半を回っていた。


「こんな時間ですし、私はこの辺で失礼します」

「あらそう?泊まっていってもいいのに」

「いえ、明日も学校ですし」

「それもそうねぇ……残念」


 そして私が柚木原さんの家から帰ろうとすると、「待って待って!」と口の中に肉を頬張ったままの柚木原さんの声がした。


「送ってく!送ってくから一分待って!」

「……ふふっ」


 必死に食器の中の白菜や牛肉を口に押し込み、ごまだれで流し込む柚木原さん。私はその様子がなんだかおかしくて、思わず笑い声を漏らす。


「うん、待ってるよ」

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