十一言目 柚木原さんと銭湯
「あー、疲れた……」
「お疲れ様、柚木原さん」
午後8時の帰り道。流石に疲れた顔をした柚木原さんと一緒に私は駅前を歩いていた。今日はめちゃめちゃ唐突にクラスのみんなでカラオケに行こうという話になり、当然クラスの華である柚木原さんは誘われ、その柚木原さんに「氷室さんも行きますよね?」と完璧美少女モードで誘われた結果私も巻き込まれた。
「何曲歌った?」
「……13、いや、14?」
「わー歌姫」
「いや、今日はマジで辛かった……私YOASOBIとかそういう流行り物って柄じゃないし……」
「ボカロ歌わせろよぉ……」とため息を吐いてる彼女を「まあ、すっごく上手だったじゃん」と私は慰める。やはり完璧美少女モードの彼女に死角はなく、取り敢えず誰かに歌わされたYOASOBIの「アイドル」で初手96点を叩き出した後にクラスメイトからのリクエストが殺到。完璧美少女モード故にこなせてしまった彼女は結局一度も「ランキングに乗ってるボカロ曲を「なんか聞いたことあるかもしれません」と興味本位のフリでガッツリ歌う作戦」を実行することなくお開きになってしまいご機嫌斜めなのである。
「……じゃあ、私と気晴らしにどこか寄る?」
「え、良いの?」
「うん。どうせ今日は「晩御飯いらない」ってお母さんに伝えてあるし」
「マジ?アフターってやつ?」
「柚木原さんすぐそういう事言うじゃん。……それで、どこか寄りたい場所とかある?」
「……あ、銭湯。銭湯寄りたい」
「着替えとか持ってきてるの?」
「ないけど、まあ暖かくなってきたし?」
「……それもそうだね。良いよ。行こっか」
ぐっとガッツポーズした彼女に「やっぱえっちな目で見てる?」と問いかけると、彼女は肯定も否定でもなくただ微笑んだ。
◇◇◇
「わー、案外空いてるね」
「ね。でも案外こんなものなのかな」
私達は取り敢えずそのへんのシャワーでざっと身体を流し、そして髪を洗い始める。肩につかない程度の私はともかく背中を隠すくらいの長髪の柚木原さんは時間が掛る。「手伝おうか?」と尋ねると、彼女は嬉しそうに「おねがーい」と笑った。
「……ありがとね、咲楽」
「ううん。お疲れ様、かな?」
「それで、どこ入る?サウナ行っちゃう?」
「サウナ……私入ったことないかも」
「マジで?それたいやきあんこ抜きみたいなもんだよ」
「生地じゃん。そんなに?」
「そんなに」
そう言って張り切った柚木原さんは私にサウナレクチャーを始めた。
「まずサウナに入る前にはちゃんと身体を拭く」
「拭く」
「中では静かにする」
「静かに」
「なんかヤバそうになる前に出る」
「あっつぅ……」
「かけ湯で汗を流す」
「かけ湯」
「水風呂にしっかり浸かる」
「しぬしぬしぬしぬ……」
「なんか良い感じの椅子で外気浴する」
「あー、なんかもう気持ちいいかも……っ?!」
「ととのう」
「っ、なんか……変な感じで……っ」
「上がる」
「あー、ととのうってこういうことなんだ……」
「着替える」
「着替える」
「銭湯を出る」
「出る」
「良い感じのラーメン屋さんを探す」
「……あ、私あそこのクーポンあるよ」
「そこでにんにくラーメン的なガッツリ系を頼む」
「餃子も食べたいな」
「手を合わせる。……いただきます」
「いただきまーす」
◇◇◇
「……ふぅ、ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
空になったラーメンどんぶりに割り箸を渡し、私達は手を合わせた。此のお店のにんにくラーメンは初めてだったけど、思ったよりもにんにくが効いていてボリューム感に溢れてて中々悪くなかった。柚木原さんは替え玉まで行っていた。
「食べた食べた」と細いお腹を擦りながら柚木原さんは私に尋ねてくる。
「これが完璧なサウナの楽しみ方だけど……どう?咲楽」
「なんていうか……いや、すごい充実感があるっていうか……」
「でしょ?サウナは大体の問題に効くもん」
「……でもさ、銭湯行ったのに湯船に浸かってなくない?」
「……あ」
如何にも「やらかした」みたいな顔の柚木原さんと、私は「また一緒に行こうね」と約束した。
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