八言目 柚木原さんと体力テスト

 柚木原さんは運動が出来る。割と信じられないくらい、運動が出来る。女子スポーツ部が彼女のためにエース枠で席を用意してるなんていう噂はザラだし、なんなら男子に混ざっても大活躍出来るんじゃないかと度々話題になっている。

 そして、奇しくも今日は体力テスト。柚木原さんの有り余る身体能力をとくと見せつけられる日だった。


「……お」

「どうだった、咲楽?」

「……6.73。凄いね、柚木原さん」

「でしょ?私めちゃめちゃ出来るし」


 そう言って、彼女はフンスという軽い鼻息とともにドヤッとした顔を見せてくる。全く、普段見せているあの謙虚で控えめで驕り高ぶらない清楚系完璧美少女の柚木原さんはどこから湧いてどこに消えてるんだろうか。私にだけ見せるそのドヤ顔が示してるのはその駿脚を帰宅部で無駄遣いしているという虚しい事実だけである。

 にしても、6秒73。一応それなりな7秒3の私でもスコアは十分に10なのに、遥かにそれをぶっちぎってる。確かに、それでこんなドヤ顔をされるならいっそ清々しい。それにしても、幸いにも周りのクラスメイトには気づかれていないが、こんな柚木原さんを見たらどんな顔するんだろうか。

 そんなことを考えていると、丁度クラスメイトから声を掛けられた柚木原さんは称賛の言葉に「滅相もありません」と完璧美少女モードで応対する。そして恐ろしいほどの切り替えで対応した彼女は、私の方を向いて「ミンナニハナイショダヨ」と人差し指を立てて笑ってみせた。こんなところはきっちり美少女なのが、という感じだった。


◇◇◇


 その後も、柚木原さんの快進撃は一向に止まらない。シャトルラン132回、握力57kg、立ち幅跳び270cm……女子どころか男子基準でも最高のスコア10に届く記録の連続に、私は分かっていても驚きを隠せなかった。しかも、それを「諦めたおじいさん、放棄なかぶ」とか言いながらやってるんだから手に負えない。真面目にやっている周りのクラスメイトは泣いてもいいと思う。いや、やっぱり反復横跳び中の、スタイル抜群の柚木原さんの胸を見てたりしたから駄目。泣く権利なんて無い。


「ねえ咲楽、どうだった?」

「73回。やっぱり流石。今のところ全部10なんだもん」

「あ、ううん。そっちじゃなくて。私の胸揺れ」

「……はい?」

「こんな美少女の胸揺れだよ?まさか咲楽見逃した?」

「……足元しか見てなかった。っていうか私興味ないし……」

「そっかぁ……いやぁ、道は遠いなぁ……」


 こんなところで「めちゃめちゃ揺れててえっちだった」とか誰が言えるのだろうか。……いや、逆だったら柚木原さんは言ってくるか。そして彼女はニヤニヤしながら「ほら、次は咲楽の番でしょ?」と記録ボードを握る。これは絶対に言ってくるタイプに違いない。私はため息を吐き、「なんで反復横跳びにそういう感情抱いてるのさ……」とこぼした。柚木原さんは「何か言った?」とでも言わんばかりに目を輝かせていた。


◇◇◇


「……お疲れ様」

「おつかれ〜」


 そして一通りの測定を終えて水飲み場。世界一の給水タイム。しばらく水道水をがぶ飲みしていた柚木原さんは「ぷはぁ」と何とも美味しそうに顔を上げた。


「あー、楽しかったぁ」

「楽しい……そんな楽しかった?」


 私が首を傾げると、彼女は「だって授業潰れたし」と天衣無縫な笑みで答える。不真面目な学生その物みたいな思考だった。その思考の通りに「不真面目だね」と返すと、彼女は「しょうがないじゃん」とまた微笑む。そしてもう一度水道水をゴクンと呑み込むと、彼女は何かを思いついたように口を開いた。


「DJと掛けましてサイと解きます」

「その心は?」

「どちらもヘッドホーンが大切です」


 「座布団一枚」と答えると、彼女はなんとも満足げに笑った。

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