濁々日記~あにめを肴に酒を呑む~
井ノ上
第1夜 『天元突破グレンラガン』第24話
仕事を終えて、1LDKのアパートに帰る。いつものようにコッコが部屋に上がり込み、リビングで飲みはじめていた。
「ブンちゃん、おかえり」
「おーう」
「職場の先輩にお土産でオリオンビール貰ったの冷やしといたから、一緒に飲も~」
コッコは呑み仲間で、アニオタ仲間でもある。ブン、コッコ、とあだ名で呼び合い、時間が合う日は一緒にアニメを観ながら呑むのが恒例になっている。
テレビの横に本棚と並んである木製の酒棚には、洋酒、日本酒、果実酒、多種類の瓶が並んでいる。他にも冷蔵庫にビールや缶チューハイが常備されていて、その半分ぐらいはコッコが持ち込んだものだ。
「オリオンビールか、久しく飲んでないな。ツマミは? なんか作る?」
コッコは少し考えて、焼き味噌、と答えた。
シャワーを済ませ、キッチンに立つ。
オリーブ製のまな板でねぎを刻む。
みりんを少し加えて味噌と混ぜ、アルミホイルの上に広げる。
それをコンロに付いている魚焼きグリルに入れて、軽く炙る。
リビングに戻ると、コッコはグラスと缶ビールの用意を済ませていた。
コッコの隣、もこもこのラグマットに腰を下ろす。
「準備おっけー?」
頷くと、コッコがリモコンを渡してくる。
リモコンは、その作品を観ようと提案した方が操作するというのが暗黙のルールなのだ。
『天元突破グレンラガン』
観るのは何度目だろう。ブルーレイを持っていて、次の肴にと提案したのは自分の方だ。コッコはあまりロボットアニメに馴染みがなかった。普段観ないジャンルでも提案された作品を拒否しないのも、暗黙のルールだった。
「そんじゃ、今日も一日おつかれさまってことで」
「ん、かんぱい」
OPの中川翔子『空色デイズ』
「もう、イントロでわくわくする」
「コッコもすっかりハマったな」
『グレンラガン』の初視聴は中坊の頃、リアタイだった。
「シモンが、これが俺のドリルだ!って吠えた時ね、気づいたのよ。いつの間にかめっちゃハマってる〜て」
「あそこはそうね、はじめて観てた時ぶるっとしたわ、確かに」
オープニングを聞きながらだべる。話がはじまっても喋りながら観ることもあれば、自然と黙って観ることもある。
それは出来の良し悪しでなく、作品の性格による。
「歌詞が二番になって、成長したシモンとニアが寄り添っているシーン、よくない?」
「ブンちゃん、マジそれ」
「だいたい今って1クールごとに主題歌が替わるじゃん。それもいいけど、一曲で作品を完走すると、それがその作品の顔になるってかさ」
「『空色デイズ』は『グレンラガン』の顔か」
コッコが、はっと思いついた表情をした。
「ラガンだね」
「あー! いま言おうとしたのにぃ!」
本編が始まる。さっきまで賑やかだったコッコが静かになる。その変化に、グレンラガンを勧めたブンはほくそ笑む。
アイキャッチ。一時停止し、一息つく。
「ブンちゃん、グレンラガンで一番好きな話とかある?」
「んー、いくらでも候補あるけど、これかな。24話『忘れるものか この一分一秒を』 からの25話」
「ほう」
これまでシモンと一緒に闘ってきたグレン団の仲間たちが、グレンラガン変形の時間を稼ぐため、躰を張る。ひとり、またひとりと斃れていく漢たち。
そう、『グレンラガン』は漢の死にざまがいい。
『グレンラガン』では、作中多くの漢たちが死ぬ。道半ばで死んでいく、その誰もが、笑いながら死んでいく。
ザ、荒くれといった風貌のジョーガン、バリンボーの兄弟が、戦場でまだ若いミギーとダリ―を躰を賭して助けるところなど、ぐっとくる。
その後のキタン、遡ってはカミナも、死に際に笑みを浮かべる。
グレン団の漢だけではない。ロージェノムも、シモンと闘い、敗れ、不敵な笑みを残して死んでいった。(彼は首だけになってリターンしてくるが)
『グレンラガン』は、シモンという少年が一人の漢になる成長譚だろう。
が、一方で漢の死にざまを描いた作品じゃなかろうか。
笑って、死ぬ。これが実にかっこういいのだ。何度観ても、魅入られてしまう。
「まぁ、全部は言わんけどな」
「なんか今長い間あったの、ネタバレこらえてくれてたん?」
ブンは焼き味噌をちょっとつまんでから、ビールをグッといった。すでに二本目である。
Bパート、視聴。
コッコ息をするのを忘れてたのか、大きく深呼吸した。
「グレンラガンハマったなら、今度水滸伝も読んでよ、コッコ」
漢の生きざまは死にざまだと作中で言う、小説作家北方謙三の著書と出会った時、「グレンラガンだ!」と思ったものだ。いや、先生の方がずっと前から書かれている人なのだが。
「まー気が向いたら」
「それ読まんやつ」
「続き気になる。続けて観よ」
「あいよ」
そう、24話はハラハラして終わる。リアタイ視聴の時は、まぁ次の話までの一週間が長かったのなんの。
展開を知って見返している今も、また手に汗握ってしまう。
グラスを取ると、グラスも汗で濡れていた。
ビールの泡はすっかり消えてしまっていた。
沖縄のビールなのだから、つまみは沖縄っぽいものでもよかった。
ただ『グレンラガン』と共に並べる肴に、焼き味噌と言ったコッコには、判ってるじゃないか、と思える。
なにをどう判ってるというのか、説明はつかない。
「でもそのノリだと最終話までいくことになると思う」
コッコは、キッチンとリビングの仕切りに掛かった時計をちらりと見た。
「いっちゃおうゼ⭐︎」
「お前は仕事昼過ぎからだからいいけどさぁ」
言いつつ、ブンにもここまで観て最終話までイッキしないという選択肢はない。
コッコが新しいビールのプルトップを開ける子気味いい音を聞き、ローテーブルの端に置かれたティッシュボックスを引き寄せる。
最終回まで観るなら、必要になるだろう。
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