なろう系勇者の憂鬱 ~TS転生メタ勇者の冒険?譚~

蝉の弟子

第1話 勇者の旅立ち

 サーイッショの城下町を出てすぐの街道を、女騎士が二人連れだって歩いている。この辺は盗賊が出没するというのに、いくら武装しているといっても美女が二人だけで堂々と旅をするなどありえない光景である。だが余程腕に自信があるのだろう、彼女達は周囲を警戒すらしている様子がない。


「今日は晴れていてラッキーだったぜ。遂に俺達の冒険の始まりって訳か」


 金髪をツインテールに結わえた女騎士が、笑顔を浮かべる。彼女の大きなそのバストは、身にまとった軽鎧を前に押し出して自己主張を止めようとせず、普通の服を着ているより余計に目立っている。しかし、そのわがままボディに似合わぬ幼さを残した顔立ちから、彼女の年齢が二十にも満たない事は想像に難くない。


「何が”遂に”ですか! ユーシアの波乱万丈の転生物語がバッサリカットされてるじゃない!

 これじゃあ、全部台無しよ!」


 紫色の長髪の女騎士はやや不服そうだ。彼女も同じく白い鎧に、豊満な胸、歳の頃も二十歳未満といったところだ。腰まで伸ばした紫の髪が、歩く度に左右に揺れている。


「台無しもなにも、今時あんな導入ありふれてて、イチイチ書くのも面倒なだけだぜナージ」


「ブラック企業の社畜のおっさん事故死して、女の子に転生するなんて、早々ある話じゃないとおもうけど?」


「いやいや、作品の絵面をムサくしないため、主人公を女に転生させるだなんてありふれてるぜ。モンスターに転生したり、無機物に転生したりともっと凄いパターンだって山ほどある。

 それにブラック企業勤めやニートが転生するのは、もはやお約束だ」


「なんでブラック企業やニートがお約束なの? 転生前なんて別に何をしててもいいじゃない?」


「そんな訳ないだろ。わかってないな、ナージは。

 いいか、転生前からいい思いをしていた奴が、転生後に無双したって読者のルサンチマン(弱者の強者に対する憎悪をみたそうとする復讐心)を刺激するだけなんだよ。

 悲惨な目にあっていた奴が、転生後に好き勝手に活躍するからこそカタルシス(嫌な感情からの解放)を読者は感じるのさ。

 社会や勤め先の待遇に不満を持っている奴が多い証拠だろうな、こういう作品が流行るのは。だから現代社会で不遇な目にあっていた主人公に同情的になって、異世界での多少の無茶には目をつむってくれるって訳さ」


「それじゃあ、読者の嫉妬を避けるために悲惨な前世を歩んできたの、ユーシアは」


「そうだよ。しかも俺の場合はおっさんが女に転生する事で、多少イキっても許してくれる読者が多いってのもミソなんだ。

 男がイキってるよりは、なんぼかマシな絵面になってるし、一石二鳥だろ?」


「そんなものかなぁ? かわいい女の子に転生した事で、むしろ余計な敵意を読者に抱かせるんじゃない?」


「抱くわけないだろ、そんなん。

 それに中身のおっさんとしては、強制的に”おかまプレイ”させられているようなもんで、結構な拷問なんだぜ」


「トランスジェンダーの人が転生したなら、喜んだかもねそのシチュエーション」


「トランスジェンダーつっても、本人の勘違いって場合が結構あるらしいぞ。性転換手術を受けても、こんな筈じゃなかったってその後に自殺するケースが多いんだとさ」


「それって、ユーシアが転生する前の世界での事?」


「こっちの世界でって事にしといて、何かと物議をかもしそうだし」


「面倒な話ね。

 まぁでも、ユーシアの元ブラック企業勤めっていう設定は、こちらの世界でも活かせるんじゃない? ほら、過酷な職場にも耐えきった根性が、冒険でも役に立つとか」


「役になんて立つものかよ。そもそも努力や苦行に耐えた経験が、全く生活向上の役に立たないケースが大半だからこそ、転生したら破格の好待遇を得られるなんて短絡的な物語が流行るんだ。

 だいたい、ブラック企業に務めてるような人間なんて、会社から無茶な要求をされてもNOと言えない精神性の持ち主だ。異世界に来て勇者になっても、王様や民衆からの無茶な要求を断る事もできず、苦しい冒険を強いられるだけだろうよ」


「でも、どんな形であれ転生前の苦労が報われるって素敵じゃない?」


「素敵なもんかね、そんなもん。

 だいたい苦労や努力なんて、してない人の方が珍しいんだぞ。しなくてもいい苦労や、方向性の間違った努力をしているのに、いつか報われるなんて勘違いしてるから何も得られないで終わるんだぜ。

 いくら豊かな環境に生まれ変わったって、同じことをやってたら損するだけの人生を繰り返すだけだよ、現実は」


「まぁまぁ、ここは別世界なんだし、転生前の事はそれくらいでいいでしょ」


「そうだな、前世の事は俺もあまり思い出したくないし」


「それより、ユーシアはなんであたしだけを旅の仲間に選んだの? もっとパーティメンバーが充実していた方が、ウケると思うんだけど?」


「初期メンバーは二人くらいでいいんだよ。登場人物が少ない方がキャラの掘り下げが楽だからな。

 だいたい、サーイッショの町で俺と実力が近い人間は、ナージだけだったじゃないか」


「辛うじてってレベルだけどね。転生時に与えられたチート過ぎる能力に、こっちの世界生まれのあたしでは、努力したってなんとか着いて行くのがやっとよ」


「まぁ、元社畜のおっさんの俺が大活躍する事で、実社会で”報われていない”と感じている人達がカタルシスを得る物語だし、必然的に仲間はみんな引き立て役になるよなぁ。

 そもそも疑似的にカタルシスを得て一時的に気持ちよくなるだけで、現状は何も変わらないってのに」


「厳しいのね、ユーシアだって元社畜なのに」


「元社畜だからこそ、転生前の自分がどう駄目だったかよく分かるんだよ。

 会社にしがみつき続ける努力をするより、新しい転職先を探す努力をするべきだったんだ俺は。そんな事にも気づかないから、死ぬまで苦しい思いをして働く羽目になったんだ」


「なんでそうしなかったの?」


「環境が変わるリスクを恐れたんだろうなぁ、あれより酷い環境なんて早々ないのに」


キィーン! ドガ! ガシャーーン!


 遠くから聞こえて来た金属音に気づいて、二人は一斉にその音の方を振り向いた。


「見てユーシア! 馬車が盗賊に襲われているわ!」


 馬車には高貴な身分の人物が乗っているらしく、数人の騎士達が必死になって盗賊から守っているが多勢に無勢であり、勝負の行方は分かり切っていた。


「なるほど、まずはあの盗賊を退治して、主人公の強さを読者に印象付けるって訳だな」

 ツインテールを風になびかせたユーシアが、不敵な笑みを浮かべている。


「え? でもそれにしては盗賊の数が多すぎない?」


「どんなに数が多くても、俺達に敵う訳がないじゃないか。ナージだってわかってる癖に、白々しい」


「でも、そうなると逆に”どうやって倒すのがより効果的か”という問題になるわよ。この戦いが最初の見せ場になるんだから」


「わかってるさ、ここで読者を惹きつけられるかどうかが作品の人気に直結する事くらい。最近じゃ一話を読んだだけで、読むのを打ち切る読者だって珍しくないからな。

 よし、今回は武器も魔法も使わずに素手で制圧して、常人離れした実力を読者に見せつけるっていうのはどうだ?」


「うーん、ちょっとありふれてるんじゃない?」


「じゃー、左手のみで戦ってみようか」


 ユーシアは右手を腰に当てたまま、馬車に駆け寄る。


「なんだ、テメェは!」


 威圧する盗賊に向かってユーシアの左腕が飛び、顔の潰れた盗賊が地面に仰向けに倒れる。


「大サービスです! あなた達とは、この左腕だけで戦ってあげましょう。

 これなら、少しは戦いらしくなる筈です」


「ユーシア、その台詞はちょっと悪役っぽいよ」


 ナージは盗賊を蹴り飛ばす。剣は抜いてないものの、どうやら彼女は片手で戦うほどサービス精神が旺盛ではないようだ。


「女二人が出しゃばりやがって、やっちまえ!!」


 盗賊の頭と思われる髭の男が号令を発するのを見て、ユーシアは苦笑いを浮かべている。


「典型的な、やられ役の台詞じゃないか。聞いてるこっちが恥ずかしいよ」



         *      *      *



「ありがとうございます、なんとお礼を申し上げたらいいか」


 周囲に寝転ぶ盗賊達からのうめき声が漏れ聞こえてくる街道で、馬車を護衛をしていた騎士の一人がユーシア達に頭を下げる。


「いえいえ、お礼なんてとんでもない、当然の事をしたまでですよ」


「そんな事言っていいのユーシア、旅費が少ないって王様に不満を垂れていたじゃない。無理をせずに少しでも貰っておいた方がいいんじゃないの?」


「いやだって、今それをしたら金に汚い主人公っぽいイメージが付いちゃうじゃないか。

 それより、馬車に乗っている人の心証の方が大事だ。馬車の造りも豪華だし、これには貴族が乗っているとみた。場合によっては助けられた貴族の娘が仲間になるとか、そんな展開も期待できるぞ!」


「ヒロインなら、あたしがいるじゃない!」


「ナージとは幼馴染だし、負けヒロインポジだからなぁ」


「負けヒロインってなによ! だいたい今のユーシアは女の子なんだし、あたしが恋人になれる訳ないでしょ」


「いやでも貴族のロリっ子が仲間になったりしたら、幼馴染設定だけのナージのキャラ付けじゃ影が薄くなるぜ。剣も魔法も、俺の劣化コピーみたいなもんなんだしさ」


 二人がそんなやり取りをしている間に、馬車の戸が開いていた。中から出て来たのは、ユーシアの予想したとおり幼い貴族の娘だったのだが……。


「え、本当にロリっ子が出て来た。あの子を仲間にする気なのユーシア? マジで?」


 ……馬車から出て来たその娘は、確かに豪華なドレスを着た貴族の娘ではあったが、なんというかその……かなりふくよかだった。


「伯爵令嬢、プーリー=ギューン様です」


 護衛の騎士が、娘に頭をうやうやしく下げながら、ユーシア達に紹介する。


「え? 貴族の娘ってもっと美人なんじゃないの?」


「何言ってるのユーシア。庶民とは比較にならない豪華な食事をしてるんだから、太る子も出てくるのは当然じゃない。

 それにこっそり婚約相手の顔を見に行った王子様が、その女性を実際に見て”俺はあれと結婚するのか!”と部下に漏らしたなんて話もあるくらいなのよ。身分が高い人だからって美人揃いって訳でもないわ」


「で、その王子の部下はなんて答えたんだ?」


「”それが王族の務めです”って叱ったそうよ。政略結婚だからね」


「ああ、俺の中の貴族のイメージが……」


 二人の会話を聞いていたプーリーは、ふっくらした頬を更に膨らませてユーシア達を睨んでいる。


「無礼者め! この女を牢に繋ぎ、拷問し、生きたままありとあらゆる苦痛を味合わせよ! 金髪の方は、火あぶりじゃ」


 プーリーは真っ赤になって怒っているが、二人の実力を知る部下達は青ざめた顔になって、それをなだめている。

 一方ユーシアは、プーリーの態度に驚いて、目を皿のように見開いていた。


「おいおい、なんて物騒な事を言い出すんだ、こいつは!」


「貴族にとって庶民なんて家畜も同然なのよ。これくらい当たり前の事じゃないのユーシア。家畜同然の人に侮辱されたんだから」


「あっちの方が家畜っぽい顔してるのに……」


「今そういうとこ言うのは、やめておいた方がいいんじゃないユーシア」


「そもそも、ナージが貴族の悪口を言ったのが原因だと思うが……まあいいか。

 俺が甘かったよナージ」


 二人はそそくさと、その馬車の前から立ち去っていった。

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