第11話 決意の刻

 「リーダ! こんな時間にどうしたの?」



 予想もしていなかった来客に、何もかも上の空だったクレアも驚く他なかった。


 リーダは、クレアが養護施設で10年間過ごしたうちの8年間を共にした親友であり、先にクレアが引き取られた後、偶然にも同じハイスクールで再会を果たした運命共同体のような存在である。


 しかし、クレアはリーダに家の住所を教えたことはなく、クレア家の扉の前にいることが不思議で仕方がないのだ。



「クレア、なんで電話に出ないわけ?」

「ごめん、あの後携帯が壊れちゃって……、てかなんで家知ってんの?」



 リーダはクレアの質問を無視して、怒りの篭った言葉でクレアを責め立てる。


 アーティファクター強襲事件の日、クレアは携帯電話でリーダに助けを求めようと電話をかけたが繋がらず、その後義母ナレスがコテージに入ったタイミングで携帯を鞄にしまい、ナレスの攻撃を受け流したときに携帯電話が壊れてしまったのだ。


 それ以来、携帯電話を買い替えるタイミングがなく今に至る。


 その状況を何も知らないリーダは何度も電話を掛けるが繋がらず、欠席報告を聞いたため、担任から住所を聞き出し訪れたのだ。

 


「話があるから着いてきて」

「……はい」



 冷たい言葉に申し訳なく思ったクレアは、大人しく着いて行く。


 リーダが無言でクレアを連れ出した場所は、養護施設から5分の距離にある公園だった。


 リーダはブランコに座り、ゆっくりと漕ぎ出す。


 クレアも隣のブランコに腰を掛け、リーダの口の動きに気付き、お叱りを受ける準備をしている。



「何があったの? この2日間」

「……」



 リーダは裏表のない素直な性格で、今回も直球の質問をぶつける。


 2日も連絡が付かなければ、この質問も当然である。


 しかし、クレアは即答できず下を俯く。


 クレア自身が理解しきれていない状況を言語化することさえ難しい上に、1回で理解し切れる内容でもない。


 クレアは噛み砕いて伝えようと頭の中で考えていると、リーダが先に口を開ける。



「クレアはいつも教えてくれないよね」

「ごめん……」

「養護施設からいなくなった時もそう。何も言わずにいなくなったし」

「私自身も急な話で戸惑ってたの」



 ブランコを漕ぎ地面と平行ほどの高さまで上がったリーダは、勢いよく飛び降り奇麗な着地を決める。


 そして後ろを振り返り、月明かりに微笑んだ口元が照らされる。



「でも、今回は私を頼ろうとした。それだけで嬉しいの」



 ハイスクールでも所属するグループが違う二人だが、紛れもない親友である。


 クレアの今までになかった行動に、リーダは心配と同時に嬉しさも感じていたのだ。


 クレアはリーダの素直な気持ちに、悩みを質問形式で打ち明ける覚悟を決める。



「リーダはもし母親の過去を知ることができるなら、未知の世界に踏み出せる?」

「何その質問」

「ごめん、変な質問して」

「……うーん。私だったら怖いけど世界に1歩踏み出すと思う」

「どうして?」 

「母親のことを知りたい気持ちはある。でもそれ以前に自分を変えるチャンスだと思うの。現状に立ち往生しているままなら死んだ方がいいと思うし、旅に出て死ぬのなら本望だよ」

「!!」



 リーダが放った言葉に、クレアは頬を思い切りはたかれた感覚を覚える。


 大抵の人間は普通という波にただ揺られて生き、そんな波から逃げ出すべく逸脱した人間になろうと手を伸ばすが、不安や恐怖から結局波に飲み込まれてしまうという連鎖を繰り返している。


 自身が波に揺られている人間だと知覚しているリーダは、常日頃人と異なる行動を取り逸脱した存在になろうとしている。


 クレアも大半の人同様に波に揺られる存在であり、未知の旅からの恐怖や不安で逃げ出せずにいた。


 そんなクレアを波から引っ張り出したのは、リーダの言葉であった。


 引っ張り上げられたクレアは12時間の思考と数分のアドバイスの末、世界に旅立つ覚悟が決まる。



「リーダの言う通りかも」

「決心はついたかしら、クレア?」

「うん、決めたよ! ありがとうリーダ」



 ブランコから立ち上がり、リーダに満面の笑みを見せる。


 雲1つない透き通った笑顔を見せるクレアに、リーダは少し頬を赤らめる。



『クレアって本当にずるい』



 月明かりに照らされたリーダのネックレスが微かに赤く光る。

 

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