第4話 始まりの村
勝利とレベルアップに沸いたのも束の間――。
僕はあることに気が付いた。
「凪早?」
「なに?」
「モモルどこ行ったか知らないか?」
さっきまで居たはずのモモルが消えた。よく分からないが、飛び切りのスキルを発動して窮地を救ってくれたモモル。むしろ、そういう手筈のチュートリアルだった説が濃厚だけど、それでも一緒に戦った仲間だ。
――使えるやつだ。
NPC相手だから気兼ねなく言える。
そもそも戦利品の一つも手に入らないこのチュートリアル戦を終えて、何かしら報酬が貰えるとしたらその相手はモモルなはずだ。
レベルアップして終わりなんてことがあるか?
いや、まだ何かあるはずだ。と僕のゲーム脳が言っていた。
「モモルちゃん? さあ、私はずっと敵のこと見てたから」
「――あ、あれじゃない?」
凪早が指した先には――。寄せては返す波の少し奥、透き通るような美しい海の上に小さな赤色のブイが漂っていた。沖へ向ってゆらゆらと流されている。
「あいつ……」
とことん、人騒がせだな。なんて、僕は海へ走った。
今日だけで何回濡れて、何回乾くんだろうか。流石はゲーム世界。もしくは夢だからか、乾燥するのが早いのが助かる。でも、出来ることなら濡れたくなんてない。
海から引き上げたモモルは直ぐに呼吸を始めた。浅い息が聞こえてくる。けれど目を覚ます様子はない。全身の力が弛緩してどろどろになっているのを、波打ち際から砂浜へ、砂浜からその先の草原まで僕は引き摺った。
「手伝うよ」
ずるずると引き摺られるのを可哀想だと思ったのか、凪早も手を貸してくれる。僕が脇の下に手を入れていたところを、凪早は地面から浮いていた背中に手を回して助力する。――と思ったが、そのまま軽々とお姫様抱っこした。
「重くないのか?」
訊かずにはいられなかった。か弱い凪早を知っているなら、誰しもがそうするはずだ。
「平気だよ」
そんなわけあるか。海水をたっぷり含んで頗る重くなっていた。
流石は夢のご都合主義か。それともこれが攻撃力に差がある所以か、根本のパワーが違う。察するにジョブの違いってことだろう。凪早は分かりやすく強いパワー型ジョブなんだ、きっと。
そして、僕はゲームで強い、頼り甲斐のある凪早を夢見てたのかもしれない。凪早にキャリーされたいとまでは思ったことないんだけど。
「どうしようか、病院……ってあるわけないよね」
「そうだな。ヒーラーに倒れられたらどうしようもないんじゃないか?」
「酷い。モモルちゃんは助けてくれたんだよ」
「責めてるわけじゃない。現に何も出来ないだろ僕ら。――そうだ、モモルが傷薬とか持ってねーかな」
僕はモモルの一番外装にあたる皮装備に一体化した小さなポーチを見付けた。腰骨に掛かるベルトの両サイドにある……例えるならデッキケースサイズのポーチ。
冒険者らしい出立なんだから、何かしら携行品があると見越して手を伸ばす。
一つ目は空っぽだった。丈夫そうななめし革の箱からは、その隙間から砂混じりの海水がこぼれ落ちた。
もう一つは――。
「ひゃっ」
「あ、悪い」
奥のポーチは凪早の胸の下にあった。ポーチだけを触ったつもりだったが、それが凪早の胸に触れたらしい。悪気はない。大きくなっている所為だ。
「……わ、私が探すから、一旦モモルちゃん置くね」
不可抗力とは分かってくれているものの、お互い気不味い感じになった。恋人同士なんだから、ちょっとしたスキンシップくらい「ん、もう!」くらいのものなんじゃないか? 世の高校生カップルなんてそんなもんだろう。
いや。別に凪早にそうして欲しいわけじゃない。いきなりデレて来られても反応に困る。今の距離感がしっくり来ている。
一番近くにいて、以外と遠い。――なんだか帰せずして、凪早の好きそうな青春映画のキャッチコピーみたいになってしまった。
「え? ん……駄目みたい。このポーチ、インタラクトできないよ」
ポーチは同じく空っぽだった。ただの飾りだったみたいだ。しかし――
「あんまインタラクトって言うなよ」
折角ゲーマーにとって夢のような夢の没入感が台無しになる。
「まあ。だったら運ぶしかないだろうな」
僕がそう言うと、凪早はまたモモルを軽々持ち上げた。そして、不安そうに顔を曇らせる。
「運ぶって言ってもどこへ。そもそもどこなの。ここは無人島? 知ってるなら教えてよ」
「いや、僕も既プレイってわけじゃないけど。近くに村があるはずだろ?」
「村?」
「最初にモモルが言ってたろ? 忘れたのかよ、『この始まりの村の祈り手』とかって」
「ああ、そうか。よく覚えてたね」
「よく覚えてたよな、本当に」
夢なのに僕の記憶力は大したもんだ。素直に感心する凪早と一緒になって僕も自画自賛した。
「ああ、そうだ。そうだった」
さらに僕はとあることを思い出す。流石は僕だ。どうやら明らかにパワー型じゃない僕は頭の方が強いのかもしれない。
「何、ニヤニヤして」
ニヤニヤとは失礼な、僕は――
「最初、モモルはあっちの浜辺の方から走って来ただろ? つまり、あそこから村が近いんじゃないか?」
という自分の天才的な洞察力に、ちょっと笑いが溢れただけだ。
僕たちの行方は『肉食ヤドカリ』が阻んだ。何だそれ、というのは置いておこう。何たって、そう書いてある。
「肉食だって。何食べるのかな?」
一見、凪早の質問は意味不明だったが、僕は隠された意図を正しく読み取った。
「……人間、じゃないか?」
レベルの表記は2か3。気持ち大きいのは4だ。僕たちよりもレベルは低い。
しかし、何よりもデカいそのヤドカリは全長が僕たちの腰まで達していた。大きなハサミなんか重機のそれのようだ。あんなのに挟まれたら人間なんて一溜まりも無い。同じく肩が重機のようなボディビルダーでさえ、ミシミシ言って靭帯断裂しているはずだ。
しかもそんな危険生物がわらわらと居る。群れを作るのかは定かじゃ無いが、あちこちに好き勝手放浪していた。
もうレベルだけが問題じゃない。あのキャッチーなポヨポヨと比べて、何故ヤドカリはガチヤドカリなんだか。
「「怖……」」
お互いに、色々と想像力を膨らませた結果ハモった。
凪早も引いている。そもそも蟹の仲間ってよく見ると気持ち悪い。総じて虫っぽいし、『悍ましい』なんて語彙が天から舞い降りて来るくらいに不快感は否めない。
……いやでも、あのパンパンに膨れた蟹爪、食べたら美味そうだな。と思った瞬間に少し見る目が変わった。しかし、それを言うと――
「キモ……」
と凪早は言いそうなので黙っておくことにしよう。
「……人間食べてるんだったら食べられないよね」
「え? あ、うん。……いや、でも蟹爪くらいだったら良いんじゃない?」
案外感触が良かったので、食うに困ったら食うことにしようと今決めた。知らない世界に二人きりで来てしまったわけだから贅沢は言えない。
「倒して見る? ドロップするかも」
「止めとこう。シンボルエンカなんだから、避けられるなら避けたい。気絶したモモルをいつまでも抱えてるのも邪魔だしさ」
あと。多分僕は戦力にならないから、凪早が肉食ヤドカリと戦っている間、モモルを守って置く自信がない。手段もない。
そもそも、僕のジョブは何なのか。
頭を使う学者?
炎を飛ばす魔法使い?
それとも攻撃力が皆無ってことで平和主義者だろうか。農夫や釣り人、鍛冶屋なんて非戦闘系のジョブもあるんだろうか。でも平和主義者と比べれば、どれも専用の武器がありそうだ。フォークとか竿とかハンマーとか。
何にしたって現時点の僕は役立たずだった。
凪早はどうやってスキルを使ったんだろうか。
……まあ、僕の夢の登場人物にそんなことを聞いても仕方ない。それで僕がスキルを使えるようになるとも思わない。
――そんなこんなで。
肉食ヤドカリの隙間を抜い、猪突猛進に突っ込んで来るヤドカリをヤシの木でスタックさせ、僕らは『始まりの村』へ辿り着いた。全然遠くは無かった。ものの数分、歩いただけだ。
余談だけど、ちゃんと村へ入った時には――
――チャーン。
『始まりの村』
……というふうに演出が入った。演出短縮設定があるなら検討したい。
「モモルちゃん?」
村へ入るなり、知らない叔母さんが駆け寄って来て、序でに沢山の村人が無言のまま駆け寄って来た。
僕らは一瞬で取り囲まれ、騒ぎの渦中に入る。
「……そう。ポヨポヨキングとの戦いでこうなってしまったのね。あのポヨポヨキングはここらのボスモンスターでね。ポヨポヨ族を束ねていて、女王ヤドカリと縄張り争いをしていたんだけど、……そうかい、倒されちまったかい。一体これからどうなるのかしら」
「肉食ヤドカリが活発化しちまったら、オラの家畜が喰われちまうよ!」
「モモルちゃんに頼りたいところだけど、どうしたものかしら。村の薬は効かないみたい」
いかにも商人をしてそうな叔母さんと、いかにも農夫っぽい叔父さんが議論する。この間、僕らは何一つ喋ってない。口を挟む隙なんて無かった。ゲームの進行上仕方ないけど、まるで村民全員がエスパーだった。
――その時、禿頭に白い髭を蓄えたお爺さんが近づいて来た。僕たちを中心に円を作る群衆を割り、ゆっくりと前に出る。
腰が曲がっているせいで頭の位置が低いお爺さんは、亀が首を伸ばすみたいに僕らを見る。
「村長!!」
勝手に繰り広げられる長話に退屈していた僕は、展開が見え見えだったのでつい大袈裟に声を上げた。凪早はそんな僕に普通に驚いていたけど、特に何を言うでもない。
「いかにも」
村長は静かな威厳ある声で返事をした。
――え。話通じた? いや、他のNPCも言ってたか。
「儂がこの村の村長じゃ」
名前が『始まりの村の村長』になっている老人は情報量が据え置きの自己紹介をする。
「見たところ。モモルは力を使い過ぎたようじゃのぅ。一時に自分の素養を上回る能力を発揮した。そりゃ何かしらの無理は出るわい。正しく力を使うには己を知っておく必要がある。己の力を知るには、先ず自分のジョブを知り、次に自分のスキルを鍛えねばならん」
主人公そっちのけで展開されるお話はもはや様式美なんだ。僕らの喋るターンは回って来ない。もしかして、ここは所謂ムービーシーンなんだろうか。テキストが自動再生に設定されてる感じだ。
「なあに。心配せずともモモルは時期に善くなる。今はただ、休足が必要なんじゃ」
村長の言葉に叔母さんが隣で胸を撫で下ろした。
「――旅の人、モモルを助けてやってくれたんじゃろう? ありがとうよ。何かお礼がしたいんじゃが、生憎この村にはお礼として渡せる品はない。先の嵐とモンスターの大量発生で、恥ずかしながら客人を持て成す余裕もありゃせん」
村長の言葉に村にはどんよりした空気が漂った。
「――ところで、其方は名を何と言うんじゃ」
「……え? 僕は黒須はる――」
「ほう。『†レオンハルト†』と言うのか。其方たちはどこから来たんじゃ。何、あの嵐でどこも大変じゃろう。わざわざ足を運んで貰ったのに、力になってやれなくてスマンのう」
もういいよ。黙ってるから好きに話せばいい。僕はただ眺めていることにした。
「…………」
え、聞かれてるよ? と凪早が僕に視線を送っている。
「……ええと。私たちはそこの砂――」
「何? 流されて来たじゃと? ……ふうむ、この世界についても知らないと。……実はここ始まりの村は大陸の最も南方に位置し、それよりも南に広がる大海は聖なる死の海と呼ばれておる。海洋モンスターも碌に生息しとらん、生きては行けぬ海。人の住める島もありはしないのじゃよ」
ふうん。と村長は蓄えた長い髭を弄って熟考する。
………………。
「――! もしや、古い伝承の……」
「一体どうしたんだい、村長?」
「旅人よ。其方は伝承に伝わる英雄かも知れない――と言ったら驚くじゃろう。何、古い古いお伽話じゃ。……一先ず、首都リンゼムの冒険者ギルドへ手紙を書こう。儂の紹介で冒険者になってみるといい。この世界を冒険し、自ら知って行くのじゃ」
村長が言うと、若い男が民家から飛び出して来て茶色ぽい髪と羽根ペンを村長へ渡した。すっかり老いぼれで動作が緩慢だったはずの村長は、瞬く間に手紙を書き上げる。
――そして、それを渡さない。手紙は受け取る前に、村長の手から虚空へ消えて行った。
ご都合速達なんだろうか。よく分からない。
「首都リンゼムはどこにあるのかって? リンゼムに向かうには、この村の北端。旅路のポータルを活用するといい。もっと色々な場所を旅したいなら、リンゼムで冒険者登録を済ませる必要がある」
「もう一度説明するかのぅ?」
視界に『はい』と『いいえ』の選択肢が出て来た。
どうやら説明は終わりみたいだ。じゃあ――。
「いいえ、で」
僕はコンビニで「温めますか?」を断るくらいに流暢にお断りする。
序でに、これまでのストーリーは『思いで』で確認できますとアナウンスされたが、意味が分からん。もう滅茶苦茶だ。
「モモルちゃんは私が責任持って面倒見るわ。安心してリンゼムへ行ってちょうだい」
そうして、叔母さんが胸を景気良く叩き、何人かの村娘が凪早からモモルを受け取った。
……どうやら、まだまだチュートリアルは続くようだ。
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