量産型MMOでも、転生だったら面白い

破亜々 憂生

チュートリアルは突然に

第1話 プロローグ

 オンラインゲームによくある痛いプレイヤーネームの代表格、『†レオンハルト†』を黒須くろす晴翔はるとは敢えて愛用していた。『XレオンハルトX』だったこともあるが、スマホゲームに移行した最近はもっぱら前者の方を使っている。

 別にツッコミ待ちというわけでもなければ、面白いと思っているわけでもない。もともとは、漢字の入力できる和製RPGなら主人公の名前を本名(漢字もそのまま)にするくらい名前に無頓着だった。けれど、その無頓着な本名が逆に、無性に恥ずかしくなって来て、今のプレイヤーネームは少しずつオンラインゲームの趣向に合わせて要素を盛り込んでいった努力の結果である。

 一方、赤澤あかざわ凪早なぎさは好んで『おかあさん』というプレイヤーネームを使う。

 その理由を晴翔は何となく推察が出来ている。

 凪早はその昔、お母さんと共用のゲーム機を使っていた。赤澤家は家族みんなゲーム好きで、特に父親は熱心なゲーマーだった。二台持ちは最低条件で一つが父用。もう一つは母と凪早の共用になった。

 そんな過去から、凪早のプレイヤーネームは『おかあさん』であることが多い。あくまでもオンラインゲームに限った話で、一昔前までは凪早のゲーム機を起動すると、『なぎさ』と『おかあさん』のセーブデータがあった。

 ただ。晴翔としては一緒に遊ぶときにデュオになるのが『おかあさん』では何となく嫌だった。まるで友達が居ないから自分の母親とゲームをしているみたいだし、客観的に見ても『†レオンハルト†』と『おかあさん』のパーティはかなりカオスだ。

「もう少し捻った方がいいんじゃないか」

 晴翔は再三にわたってそう勧めていた。本当のところ、晴翔のネーミングセンスなんて、他人のことを言えた義理ではない。だから、こうしたら?――と具体的な案も一向に出なかったが、最近になって凪早のプレイヤーネームは『東京おかあさん』に変わった。

 ――あと、それから。晴翔と凪早は付き合っていた。


 * * *


 ゲームをする理由なんて「暇だから」以上にない。

 僕はプレイ時間だけを考えればゲーマーのカテゴリに入るだろうが、かと言って全てのゲームを愛しているわけじゃない。愛はなく、暇があるからゲームをする。

 逆にプレイしてても暇なゲームすらある。

 だから、僕は本当に面白いゲームタイトルが発売されるのを待つタイプ。挑戦はしない。失敗するから。

 好きなゲームは結局RPG。コマンドもレトロで良いけど、アクションの方が好きだ。でも多分、ストーリーがあって、クリア(止め時)があるのが良い。

 待つ間には人気の無料のゲームとか、スマホゲームをして暇を潰している。直ぐに飽きはするけど、色々やってみて暇潰しのローテーションをしている。

 どちらかと言えば凪早の方がスマホゲームにハマっている。簡単操作なパズルゲームとか、音ゲー。大人気トレーディングカードゲーム。箱庭ゲーム。美少女育成ゲーム。

 凪早は凪早で何でもやるけど、シューティングとか格闘ゲームなんかの過度にプレイヤースキルを求められるのはやらない。マイペースだから、のほほんとゲームをしている。その割には死んだらアイテムをロストするサバイバルシミュレーション系も大好きだけど。

 僕らのゲーム趣味は段々と合わなくなって来た。

 昔は何でも一緒にやれば楽しかったけど、今はお互いに好みを優先するようになった。――でも、誰かと一緒にゲームがしたいという思いは変わらない。概ね、どんなゲームも一緒にすると楽しいものだ。

 だから、僕たちには『お願い体験番』というのがある。

 片方のハマったゲームを、もう片方にお願いしてやって貰う期間。つまり、お前が体験する番――体験番だ。

 体験番は大体交代制でやって来るが、お願いされた方はいつだって辞めて良い。その代わり、必ずやってみる必要がある。無論、無料ゲームに限ってではあるけど。

 僕がお願いするのはシューティングが多い。凪早に今までお願いされたのは、非対称型対戦ゲーム、ボードゲーム、フレンド対戦ができるカードゲーム、協力型のパズルアクションゲーム。最近だとオススメの美少女育成ゲームをやらされ、フレンドになった。凪早はそれで招待特典を貰ったらしい。今回、偶々発覚したことだけど、多分今までに何度もそういうことがあったんだろう。

 アプリの殆どはインストールしたままになっていて、今でもアップデートや大型の無料石配布があると復帰することもある。

 この『お願い体験番』はどちらのお願いというわけでもなく、やるゲームもある。二人して、ちょっとやってみるか、なんてお試し感覚で始める。新作MMOをやる時なんて特にそんな感じだ。

 スマートフォン向けのMMORPGにはアクション要素の強いバトルがあって、やり込みの出来る箱庭要素があったりする。細かなストーリーはイマイチだと思うことが多いけど、一緒にやるなら気にならないもんだ。ただし、僕ら二人の意見として、自分が好きなゲームと比べて負けず劣らず面白いというわけではない。

 飽きやすいし、新しい遊びがない。見た目が違うだけでどれも量産型な気がする。他にいくらでも代わりになる同ジャンルのゲームがあって、他にいくらでも面白い他ジャンルのゲームがある。でも、一緒にやればそれなりに楽しめる。

 新作アプリゲームの広告を見て、面白そうと思うと大体がMMOかオープンワールドか美少女育成ゲームなのだ。

 だから、僕か凪早のどっちかが「飽きた」と言うまで二人でやって。それから二、三ヶ月経って――。またやりたくなった時にはどこまで遊んでいたのか分からなくなっているから、新しいMMORPGに手を出す。そんな浅い楽しみ方をスマホを持った中学くらいから続けている。


 * * *


 子供部屋に設置されたエアコンは僕と歳があまり変わらないほどの年代物だった。使うのに何も支障はないけど、今日もヴーンと静かに唸っている。

「なんか面白いゲームない?」

 モニター画面に向かう僕は、背後に居るだろう凪早に向けて声を掛けた。しばらく振りに声を出した。

 僕は凪早よりも忠実にゲーム情報をチェックしている自負がある。だからこそ僕が訊いた。少なくとも僕が手放しで面白いと思えるような新作は無けど、代わりに凪早がまあまあ面白いと思うくらいの、何か手頃なゲームはないだろうか。

 スマホゲームに関しちゃ、流石に凪早の方が明るい。

 でも、その質問の真の意図は――、そう言や凪早のこと放置してたな。もしかして今かなり暇してるんじゃないか。ということだった。

「んー。そうだなー。んー……」

 凪早のスマホからは毎日一回は聞くBGMが鳴っている。明るく楽しい雰囲気だけど、妙に人を焦らせるような早いテンポ感が特徴的だ。同じ形の人形を消して行く、キャッチーで可愛らしいパズルゲームのBGMで、僕はその昔に一週間も経たずして辞めているが、世間的には多分結構人気である。特にお母さん界隈では。

「……ないかも」

 パズルゲームの片手間に、凪早はゆっくと時間を掛けて答えを出した。

「ないんだ」

「……うん。新しく出るよって話ならあるけど、まだ来月とかだったはず」

「それはどうゆうの?」

「ジャンルはシミュレーションかな。可愛い女の子が陣地を防衛する感じ」

「ああ。セイレーンなんとかみたいなやつか」

「そうそう。事前登録受付中って広告の出てるやつだよ」

 僕たちは恋人同士だ。男女のカップルなわけだ。でも見ての通り、恋人らしいことは何もしていない。

 幼馴染の存在が当たり前過ぎて恋人関係に発展しない、というのが設定としてよくあるが――。

 ……現実にもあるかもしれんが。

 僕らの場合。お互いの存在が当たり前で、別に嫌いというわけじゃないんだから、まあ付き合ってみてもいいだろうと言う感じだった。

 誰にでも幼い頃があって――。その時はよく事情を知らずに色々言ってしまうものだけど、僕たちも例に漏れず、月並みに結婚の約束とかも済ませてある。

 しかし。約束したから、というわけでもない。

 僕たちは中学二年生の頃に恋人関係へ憧れた。凪早はどうか知らないが、女友達とそういう話ばかりしていたし、僕はステイタスだと思っていた。それで、若気の至り的にお試しで付き合ってみただけだったが、挙句に高校一年の夏までその関係は継続されている。

 されているよな? 多分、そのはずだ。別れる云々は何も聞かされてない。

 現に、せっかくの夏休みに僕の部屋で集まってダラダラしている。日毎を浪費している。

 僕は一人でシューティングゲームのランクマッチを回していたし、凪早は邪魔にならないよう一人でスマホゲームをしていた。

 僕らに恋人らしいところはない。イチャイチャもしないし、プールにも海にも行かない。青春のせの字もない、夏休みど真ん中だった。

 捉え方によっては、凪早は夏休みに男の家に入り浸っていることになる。深く事情を知らなければそう思うことだろう。

 でも事実は何もしていないし、むしろ両親公認のカップルである僕たちはそれが許されていた。エアコン料金の節約になるからと、むしろ「夏休み中一緒に居たら?」なんて言われるくらいだ。

 ただ、せっかく集まっているのに二人で出来ることをしないというのも損だと思う。凪早にその気があるなら、僕は凪早と大人の階段を登っても構わないし、一先ずは一緒に出来るゲームがしたかった。

 僕がみっちり指導し、僕の指示で働くラジコンとして完成させて、僕のランクを盛る手伝いをさせたいんだが、その目論見は既に外れている。

 じゃあ、もう何でもいいからやりたい。夏休みがもう終わってしまう。

 夏休みセールで安値で買った一人用RPGはクリアした。他にも持ち寄った懐かしの携帯ゲーム機を向かい合わせ、「子供の頃やったよね」で楽しめることは済ませている。

 だから僕はとうとうランクマ周回に手を出したし、凪早は本格的に涼みに来ているだけだった。

「むしろ晴翔の方は新しいゲームとかないの?」

「いやあ……」

 僕はこの夏のゲームソフトの発売スケジュールを頭に思い浮かべる。少なくとも、もうやりたいゲームはない。

「あれは? 二ヶ月くらい前に出たMMO。『相棒を育てろ』みたいなの。……それか、ダイハンのどれか初めからやろうよ」

「ダイハンはいいよ。一からだと結構時間かかるでしょ。また冬休みにしよう」

「じゃあ残りの休みは? 凪早、課題は終わってんだろ」

「うん。まあ、MMOならいいよ。晴翔、どうせ直ぐに飽きたって言うし。私は代わりに『ブロックサバイバル』やって貰おうかな」

「――初めから」

「ええ……」

 またかよ。凪早は何故かあのゲームの農業とか建築が大好きなんだよな。多分、ネット配信者の影響なんだろうけど、いつも凪早の「何とって来て」で働くだけになる。

 まあ、文句は言えない。

 僕はお願い権をこの夏休みで二つ、今の約束も合わせれば四つ使ったことになるから、断れる立場になかった。

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