第7話 成分分析、アルデ

 その後は特に何も見つかることはなく、折り返し地点まで到着した。ローバーを密閉し、ヘルメットだけを脱いだ状態で宇宙食を食べると、ジョージは来た道を引き返しはじめた。


「本当に探査するなら、来た時とは別のルートを通った方がいいんだろうけどな。今日は安全第一だ。」

「そうだねぇ。今日来れるギリギリまで来たんだろう?それなら仕方ないさ。帰り道を見失っては死活問題だよ。」

「道中で虫……ガンセクトのようなものは見かけたけれど、速すぎて捕まえられそうになかったわね。」

「どこかに止まってくれれば、罠にでもかけられそうだけどねぇ……このローバーの後ろに大きな網をかけてみるかい?」

「それに賭けるしかねぇかもな。そんな小学生が使ってそうな虫取り網じゃ、無理があるだろ。」

「かけるだけにね。ジャパニーズ・ダジャレかい?」

「きっと役には立つわよ……いつか……」

 宇宙船に備品を入れる際、虫取り網も必要だという意見を出した、立花里香は、耳を赤くさせながらそう言った。こんな小さく普通の虫取り網が選ばれるとは思わなかったのだ。野外調査で使われるような、目の細かく、大きな虫取り網は、宇宙船の容量との兼ね合いで、裏で却下されていた。


「最初から本格的な虫取り網を入れてくれたらよかったのに……」

 里香は少し拗ねたような顔をしながらそう呟いた。

「でもよく考えてみて?虫がいる!って気付いて、宇宙服の密閉を確認して、窓を開けて、虫取り網を窓から出すんだろう?ガンセクトの速度では、もう遠くにいっちゃってるだろうねぇ。」

「まあ……それもそうかもしれないわね……ローバーの後ろに、大きな網をかけて、入ったら出られないような設計を考える方が建設的ね……」

 里香は釈然としない気がしながらも、そう言った。


 ローバーは何事もなく、基地に到着した。

「おかえりなさい!トラブルなく帰ってきてくれて、僕はうれしいよ。」

「おう、ただいま。新しい発見もあったしな。」

「私はそれが一番いいことだと思います。次も期待していますよ。いつかは私も同行したいですが……」

「通信士の仕事を教えてくれれば、俺が通信を担当してもいいよ。そしたら君もいけるだろうねぇ。」

「採取した氷のかけらを、宇宙船の成分検査機にかけてくるわね。昨日採取した、氷のかけらの成分検査の結果も出てるでしょうし。」

 里香はそう言うと、もうほとんど融けかけている、氷のかけらを持って宇宙船に向かった。里香以外のみんなは、基地の中に入っていった。


 〈トムソン号〉に入って、宇宙服を脱ぐと、里香は研究所の成分検査機の元へ向かった。

 結果は出ていた。水分が86%で、あとはケイ酸塩岩石、塩化物などだった。全てが細かく違うが、0.1%程度のブレなら、採取場所が違うための誤差と考えても、おそらく問題ないだろうと、里香は考えた。0.1%以上変化していたのは、有機化合物のアミノ酸だ。0.8%増えていた。アミノ酸は、一般的にはタンパク質を分解してできるもので、生物が生きるのに必須とされている。地球上では見られない、初発見のアミノ酸だった。

「アミノ酸……やっぱり生物ではあるのね。クロロフィル(光合成色素)やデンプンはないあたり、地球の植物や藻とは、根本から大きく違うのかしら。ガニメデの藻も、成分検査すればよかったわ。」


 探査で採取した氷のかけらと、ガニメデの藻を成分検査機にかけ、タブレットに結果と考察を入力しながら、里香は考え込んでいた。

「藻類はエルジィ(Algae)だから……ガニメデ・エルジィ……ガルジィ……この星のものが、なんでもガから始まるのはわかりにくいわね。エルジィ・ガニメデ……エルデ……アルデ。アルデがいいかしら。」

 そう、名前である。第一発見者はアルベルトというか、以前に観測した人工探査機かもしれないが、本格的に研究を始めたのは里香なので、自分が決めるのが妥当だろうと思った。


「みんな、ガニメデの藻の名前を考えたわ。この星のものがなんでもガから始まるのはわかりにくいかと思って、エルジィ・ガニメデを略して、エルデにしようかと思ったけど、発音を考えてアルデにしたわ。」

『いいと思うよ。エルデはドイツ語だと、大地って意味があるねぇ。でも綴りは違うだろう?ドイツ語の大地は、Erdeだよ。』

「アルデはAldeになるわ。問題なさそうね。」

『いいんじゃねぇか?ガニアンだのガンセクトだの、なんでも頭文字がGaになるのはどうかと思ってたしな。』

『僕も問題ないと思うよ。』

『ガニメデの藻の名前が決まったのですね。アルデ。そう地球にも通信を入れます。』

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