渇望6

 結局のところ祭りの日に町を出ることはなく、その翌日に町を出ることにした。

 二晩を宿で過ごしたので財布がカラカラ――ということはなく、午前に出会った近衛兵の一人が実家で民泊を経営しているといって好意で安く部屋に泊めてもらえたおかげで経済的負担は少しで済んだ。

 朝食も用意してもらえたのでそれをいただき、一晩世話になった近衛兵家族に別れを告げて、町を出る。


「待って!」


 道中で料理に使う調味料をカバンに詰めて、ディーの背中に乗ったとき、背後から声をかけられて振り返る。

 そこには走って来たのか、息を切らしたトアの姿があった。


「あの、は、はぁ」

「話なら聞くから、深呼吸でもするといい」


 肩で息をするトアを落ち着かせ、近くに腰かけるとトアの言葉を待った。

 わざわざ追いかけてまで話をしにきたのだ。なにか重大なことなのしれない。


「昨日は名乗ってなかったですよね。大変失礼しました私、トアって言います」

「あ、ああ、うん。俺はエルガー」

「エルガーさん!」


 トアの祖母の隣人がトアのことを名前で呼んでいたので、名前はわかっているがわざわざ名乗り直してくれたので、俺も名前を教えた。

 するとトアは急に俺の手を握って目を輝かせた。


「あ、え、な、なに?」


 俺はなにかしてしまったのだろうか。なぜ急にそんな目でこちらを見てくるんだ。

 もしかしていつの間にかフードの下を見られたのだろうか。


「エルガーさんは旅人さんなんですよね?」

「え、ああ。まあ、そんな感じだけど」

「ですよね! 見た目がそんな感じだったのですぐにわかりました! それはそれとして恋人はいますか?」

「……は?」


 なにがそれはそれとして、なのかまったくわからない。

 昨日の今日でなにがあった。キャラがまったく違うのではないかと思う。

 いや、それよりもなぜ急に恋人の有無などを尋ねてきたのか理由がわからなくて、正直怖い。


「い……いる」


 わけがわからないが、きらきらと目を輝かせて俺の返事を待つトアにそう答えた。

 俺とお嬢様ははっきり言うと恋人関係ではないので、これでは嘘を言ったことになるが、急に理由もわからずにこんなことを聞かれたらそう答えても問題はないだろう。

 きっとお嬢様もこの状況なら許してくれるはずだ。


「そう、ですか……チッ、残念」

「え?」

「なんでもないですー」


 俺が首を傾げると、パッと笑顔を浮かべるトア。

 なにを考えているのかわからないが、今後この子にあまり関わらない方がいいと本能が告げている。


「えっと、俺もう行かなくちゃだから。じゃあね」

「はい、さようなら、なんですね。せっかく会えたのに、もう別れなんて寂しいです。もしまたこっちに来る予定があればこの町にもぜひ立ち寄ってくださいね。そのときは私が案内しますから」

「はは、ありがとう」


 昨日とは打って変わっての爽やかな笑顔。

 この表情を見るに祖母の死とはある程度吹っ切れたようだが、それはそれとしてたった一日での豹変ぶりが怖い。

 これがディーの言っていた女は強いという言葉の意味することなのだろうか。いくらなんでも逞しいが過ぎる。

 俺は逃げるように町を後にした。

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