6-(5/7)人生の猶予


 衛星墜落論戦の舞台となった会議室の一角、録画停止ボタンを押した御劔ミツルギが端末から僕に視線を移し口を開く。


「打ち合わせ通り今すぐ俺が投稿してもいい。それか君に送って見直し検討するのも、君の……〝深川フカガワサグルの端末〟で直接投稿することも出来るぞ?」


 僕は黙って首を横に振る。誰を疑うかが重要なのが人狼ゲームだが、誰を信じ抜くかが重要なのが人生だ。動画アップロードで視聴者から電脳攻撃ハッキングを受け、今後も使う僕の端末情報や位置に干渉されると面倒が増える。


「発信すると決めてある。御劔ミツルギにお願いしていいか?」


 彼は国に雇われており、その関係から端末も高い情報保護性能デジタル・プロテクトを誇っていた。動画の投稿完了と拡散状況を僕に見せながら、御劔ミツルギは暗い表情を浮かべている。


「どうした?」

深川フカガワ……本当に国内七大論戦セブンス・ワーウルフを最後まで続けるつもりか?」


 御劔ミツルギは昨夜の時点で複数ある〝雲隠れ〟の手段を提示し、僕の生活支援も申し出てくれていた。僕も〝自分自身〟に疑問を抱かなければ、今まで通り流されるままに彼の言葉に甘んじていたのかもしれない。

 

 僕は政治や国家の在り方に疑問を感じる。


 僕は各地に蔓延る論戦の形態に憤りを覚えた。


 無知で無関心だった自分自身や〝国〟への不満と怒り、どんな方向に僕が進むのかは分からない。今からでも多くを学び国を変えることを目的としても、そうではなく論者プレイヤーとして論戦を突破して〝運営〟に近付くにしても、逃げ回って隠れては達成できない。


「人生を賭けて作った猶予で、人生の行き先も見定めるよ」

「ならば、もはや何も言うまい。困ったり気が変わったら頼ってくれ」


 頼る、とはまた違うが御劔ミツルギには聞きたいことが残っている。


 早乙女サオトメ関西カンサイの様子から〝被差別階級〟について僕は興味があった。一見すると普通の女性に見えた早乙女サオトメの裏に根付いていた闇。僕は、世界も国も知らな過ぎる。漫然とスラムで日銭を稼ぐ暮らしの中で意識することがなかった東亜国の仕組みを、御劔ミツルギから教わることにした。



「階級を分け扱いを変える方が、国にとって都合が良い。残念ながら、な」

「ありがとう……僕も自分なりに調べて、他の人間とも話をして、考えてみる」


 スラム育ちの底辺にまで東亜健康保険や、最終手段である東亜保障が用意されている。その理由は貧困層に手を差し伸べなければ、憎悪を募らせた集団が東亜に牙を剥く社会敵群衆パブリック・エネミーに転じるからだった。

 早乙女サオトメ関西カンサイのように不当な差別を受け、人として扱われず軽んじられる者が存在する。その理由は移民元の国家に対する利害や圧力といったもの以外に、不満が蓄積した集団が「被差別階級よりはマシ」と見下し安心する対象を用意する意図も兼ねていたらしい。


「腐りきってるな、この世界は」


 溜め息混じりに本音が漏れた。それを聞いた御劔ミツルギが僕の両肩に手を置き、まっすぐ目を見つめる。

 

「俺も君も、そういう世界で生まれてしまったものは仕方ない。だからこそ……」


 彼の言葉、その続きは分かっている。


 だからこそ、せめて自分の人生くらいは「仕方ない」で済ませることなく、生きる。生き続ける。生きていかなければならない。


「僕は絶対に勝ち続けてやる、人生も……探し続ける」

「心意気は良いが無理や無茶はするなよ、深川フカガワ


 手すりに沿って無重力の宇宙空間を移動する僕と御劔ミツルギは、衛星の接続区画に到着した。


 

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