衛星墜落論戦

トモフジテツ🏴‍☠️

蠱毒の壺は宙へのぼり、星の海を流れる

1-(1/7)プロローグ


 勝ち残らなければならない。

 僕にはもはや、それしか生きる道が残されていない。


「この企画イベントってさ、いつからあるんだっけ?」


 茶髪の女が、誰に宛てるでもなく独り言のように問いかけた。

 衛星墜落論戦、通称サテライト・ワーウルフと呼ばれる企画イベントの参加者が軌道きどうエレベーターに乗り込み、垂直に宇宙へと運ばれている。

 この女も僕も、残り十三名の男女も、衛星墜落論戦サテライト・ワーウルフの参加者だ。

 

 いつから、という言葉が企画イベントそのものを指すのか基盤ベースとなったゲームを指すのか……おそらく前者だろう。


「西暦二七三〇年から始まった。毎年毎年、よくもまぁ飽きもせず続けるものだ」


 呆れたように溜息ためいきをつきながら、目つきの鋭い長髪の男が質問に答える。

 こんな女が予選を勝ち抜いたというのか、あるいは女が何らかの優遇シード枠かという侮蔑ぶべつ。加えて企画そのものに対し失望と落胆を感じるといった面持ちである。


「そうじゃなくて元になった遊びがあるんでしょ? そっちのこと聞いたんだけど」


 女が聞き返し、それは知らんと男が吐き捨てる。

 意外にも茶髪の女は企画の起源ルーツに興味を示したらしい。

 第三次大戦よりも前に、それも一部で細々と続いたマイナーな娯楽。


 人狼ゲーム。

 一九八六年に旧ソビエト連邦のモスクワ大学に籍を置く心理学者が、議論舌戦や正体秘匿型の悪役探しをもとに考案。

 二十一世紀初頭から狭い界隈で流行したと言われる遊びである。

 楽しさが存在するのは事実だが、人間性を疑うような行為が横行し忌み嫌われ、参加層が減って衰退したと伝わっていた。

 

 僕は、このゲームが嫌いだ。


「まーでも、私みたいにモテて人気あれば生き残れるよね?」


 女の言葉は、ある側面においては正しい。

 元となった旧時代の人狼ゲームも今回の衛星墜落論戦サテライト・ワーウルフも、所詮しょせんは多数決。

 毎日の議論時間で十五名の参加者が話し合い、処刑対象へ投票が行われる。

 つまり〝死んで欲しくない〟と他者に思わせることができれば、当人の生存率は高まる。


「君のような奴は早々に死ぬだろうな。浅い奴は容赦なく切られる」


 長髪の男が言うように、衛星墜落論戦サテライト・ワーウルフは愛嬌や人気取りで乗り切れるほど甘くはない。

 発言や情報、ベターとされる〝進行セオリー〟や〝鉄則ルール〟への理解がとぼしい者から処断されていく。


「へー。ま、いいや。ねね、お兄さんは何で参加したの? お兄さんだけなんだよねぇ質問答えてくれるのさっきから」


 茶髪の女は相変わらず口数が多かった。

 対話に参加すべきか、他の参加者の嗜好や内面を知るべきか、しかしながら衛生墜落論戦サテライト・ワーウルフは開始前から嘘をつき放題だ。

 事前に仲間達と理解を深めゲームの流れをある程度は覚えた僕でも、この場でどう動くのが正解かは分からない。


「私は一度、勝っている。その腕を買われ併合東亜国に雇われた」


 長髪の男、見覚えがあると思ったら第一回の衛星墜落論戦サテライト・ワーウルフを〝人間〟の側で勝利し合衆国への衛生落下を防いだ御劔ミツルギか。

 当時は髪が短くサングラスもかけていなかったので、僕も気付かなかった。


「へぇ、じゃあまた国、守っちゃうんだ? 私はね、有名になってチヤホヤされたいから参加したの。そっちのお兄さんは?」


 承認欲求の為だけに命を張るなんてバカげている、国や世界を護る為と言われてもピンと来ない。

 これならまだ金〝だけ〟を目的とした詐欺師や犯罪者、八百長をい刺客として送り込まれた者や衛星墜落そのものを目的としたテロリストの方が、まだ納得がいく。実際、例年の参加者はイリーガルなやからの方が多かった。 


「ねぇ、そっちのお兄さんさぁ、無視しないでよぉ、さっきからチラチラこっち見てたじゃん!」


 無難に、答えておこう。


「僕も衛生の墜落を防ぎにきた……深川フカガワサグル、探偵だ」


 まるっきりの嘘ではない。

 スラムの仲間と身を寄せ合い、いつ死ぬかも分からないその日暮らしの生活。

 運動も犯罪も向かず、探偵とは名ばかりの何でも屋を続けていた。

 斯詠カクヨミ組というヤクザに事務所を爆破され、見せしめに三人の知人を目の前で殺された僕に選択の余地は無し。

 国に衛星が落ちるのを嫌がる得意先がいる、お前が勝てば賭け金で組もうるおう、だから参加しろ。

 

 そう言われ拳銃を突きつけられた僕は、衛星墜落論戦サテライト・ワーウルフに乗り込む。


 議論と投票によって十五名の中に〝三人〟潜む〝狼〟を処刑すれば、人間陣営の勝利。

 人間と〝狼〟の数が同数となった時点で、狼陣営の勝利。


「ふーん。深川君も命がけで国を守るんだ? 流行ってんの? そういうの」


 荒廃し、道徳心も倫理観も低下した時代。

 

 世界中で中継される衛星墜落論戦の開催と合わせ、各国で開始される賭博。

 おそらく斯詠カクヨミ組の連中だけでなく、スラムの仲間達も参加するはずだ。

 彼らが賭けに勝てば、掃き溜めのような人生や僕らの立ち位置も変わるかもしれない。


「金や未来もまぁ、目的ではある」

 

 生存獲得賞金、世界中の金が動くもよおし、救国の英雄にでもなれば公社こうしゃ勤務への道が開けるといった噂も耳にしたが、二の次だ。無理やり参加させられたクソみたいな企画で死ぬつもりはない。


 まずは生きて、勝ち残る。


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