転生魔王の神殺し

ウヅキサク

プロローグ

 これは、なんというか、要するに私は転生に成功した、ということなのだろう。


 自分の身体を見下ろせば目につくのは白く柔い一糸纏わぬ乙女の肌。自分自身の身体ではないとはいえ流石にこれは……と思ったところで、スッと横から白い布が差し出された。

 視線を滑らせればそこには布の塊、もとい服を恭しく捧げる少女の姿。少女の纏っている服は、白基調に仰々しい金のラインが幾本も入った、ゆったりしたシルエット。よく見れば同じ服を纏った少女、それもとびきり造形の整った美少女が五人、私の近くに立って杖を構えている。もしかしなくても彼女達が私の転生に関わった神官だか聖女だか、まあそういう役割の女達のようだ。

「あの」

 服を受け取り、とりあえず身体の前面を隠しながら声を出す。ザラザラと声が喉に絡む。上手く声が出ない。まるで何百年も声を出してなかったかのような、喉が軋むような違和感。と。私が動き声を発したのを見た少女達は強ばらせていた表情を一様に緩め、そしてその場に跪いた。

「お待ちしていました。私達の聖女様。この国をお救いくださいませ」

 そうか、私が聖女なのか。それなら彼女らは神官? とどうでもいいことに思考を巡らせながら服に腕を通していく。何だこれ、死ぬほど着づらい。ひらひらわさわさふりふり鬱陶しい上に見事なまでに白一色だから、纏う以前に襟と裾の区別すらつかない。

「言葉は、通じるのかね」

 重々しい声が響く。声のした方に首を巡らせれば、豪奢なマントを翻しこれでもかと金色の装飾を付けた服を纏った初老の男がこちらへ歩いてくる。そしてその若干薄くなった頭頂部には主張の激しい金の塊、つまり王冠がちょこんと鎮座している。――王様のおでましだ。

「あ、ええ。通じ、ます」

 私の答えに鷹揚に頷いた王様の視線は私の未だ布で覆われていない臀部と脚部に向けられている。何処見てやがるんだよこの助平爺が、と思ったところで王様の目はわざとらしく虚空に逸らされた。流石王様、それくらいの分別はあるらしい。

「……お前達、何をしておる。聖女様のお召し替えを手伝うのだ」

 ハッ、と短く声が上がり、あれよあれよという間に私は六人の美少女に服を着させられる羽目になった。私の上でごちゃごちゃと絡まっていた布の塊がようやっと服らしい形になり、溜息をつきながら立ち上がる。

 薄布が幾重にも重なっているが、服はまるで重さを感じさせずにふわふわと歩く度揺れる。私の好みと合うかはともかく最高級に凝った可愛らしいデザインだし肌触りの柔らかさ的に恐らく最高級の絹が使われている。しかも私が着た瞬間ふわふわと周りに漂いだした淡いオーブは恐らく……。いや、今は服よりも集中すべきものがある。

「あの、ここは。私は何で……」

 か細い乙女の震えた声――不安げに潤んだ瞳を添えて――で問えば王様はううむ喉の奥で声ともつかぬ唸り声を上げた。

「こんな急なお呼び立てで聖女様においてはまこと、驚かれていることだろう。ここはジルクールと呼ばれる国で、わたしはこの国の王である。そなたは我等の願いに応え神が使わしてくださった聖女様、この国の救世主となるお方その人なのだ」

 そんな説明で普通納得出来るかい、と内心で思いつつ潤んだ瞳を気持ちさらに潤ませつつ首を僅かに傾ける。

「困惑されるのも無理はない。こんなにも急で乱暴なお呼び立てをしてしまったのだから。しかし我々にはこの道しかなかったのだ。我等の世界の理ではアレは倒しようがないのだ。故に、ここより理を違える異世界より聖女様、つまり貴女をお呼びいたした。まさか本当に異世界なぞという架空の夢物語りから聖女様がいらしてくれるとは……」

 言葉の途中で感極まって涙を浮かべる王様を、表情はそのままに、内心で冷ややかに見つめる。思うに、王様という地位に必要なスキルは政治力、冷酷さ、判断力、それと心にも無いことをさも本当らしく言ってのける能力だと思う。

「……すまぬ、みっともないところをお見せした。いきなりこう言われても理解は難しいかも知れないが、ともかく、聖女様はこの国の希望なのだ。……どうかこの世に蔓延る悪を、悍ましき化け物共を退け我々人を救って欲しい!」

 ぐ、と握りしめた拳を開き、両手で口元を覆って見せる。

「えっ、化け物……」

「そうだ。遙か古代よりこの世界に救う病巣、魔族と呼ばれる者どもだ。奴らは隙あらば人を殺めこの世を乱しこの世界全てを魔族のために闇に沈めようとしている。そしてその頂点に君臨する魔王は、あろうことか神の眷属を騙り暴虐の限りを尽くしておる! 我等は長年魔族との闘いに明け暮れてきた……」

「ここからは僕が話しましょう」

 王様の言葉を爽やかなよく通る声が遮った。本来、王の言葉を遮るのは下手すれば実刑を食らうほどの不敬な振る舞いである。それがこの国で許されるものがいるとするならば、この異世界から呼び出された聖女、つまり私と、もう一人――。

「ようするに、この世の悪である魔族とその親玉である魔王を、この僕と貴女で力を合わせて討ち滅ぼし、世界に平和を取り戻しましょう。と、そういう話なのです」

 暗がりから姿を現したのは、鮮やかな紅の髪をした、すらりと背の高い偉丈夫。呆れるほどに整った顔面には自信に満ちた笑顔を浮かべ、均整の取れた体つきと隙の無い歩きからはこの男の実力が相当なものであることが窺える。

 ――こいつが。

「……勇者」

「おや、さすがは聖女様。察しが宜しくていらっしゃる」

 男はニコリと笑い、私に手を差し伸べる。

「改めまして、僕は神託を受けたこの国の勇者、ラーシャヴィル・アトワイト。聖女様、どうか、僕達に力をお貸しください。一緒に世界の平和を取り戻しましょう」

 おずおずと上げた手を勇者はがしっと握る。その手の感触にぞわりと全身が総毛立った。

「どうも」

 辛うじて声の震えを抑え込み、私は微笑む。そうだ。最後の闘いで私はこの手に、この手に掴まれ、そして。

 ――勇者の剣に胸を貫かれた。

 意識を失う直前に、私は万が一に備えて仕込んでおいた魔法を展開した。今まで前例の無い、成功するかも分からない、本当に最後の手段だった。一か八かの魔法は奇跡的に成功し、私の魂は過去のある一点に遡り、そして召喚の魔方陣は思惑通りに私の魂を異世界より呼び寄せられたそれと誤認したのだ。


 私は、転生前、勇者に殺された魔王だった。

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