アフロ・アフロ・アフロ

ツネキチ

高校デビュー前

 彼のことが好きだ。


 彼の姿、彼の声、彼の性格、全てが好きだ。


 中学生活の3年間を通して、彼の好きなところが増え続けて今では数えられないほどだ。


 しかし、彼は私のことをどう思っているだろう?


 仲の良い異性のクラスメイトぐらいには思っていてくれると思う。だけど、好きだと思ってくれたことはあるだろうか?


 想いを伝えられないまま中学は卒業を迎えてしまったが、仮に想いを伝えても、彼はその想いを受け入れてくれただろうか?


 変わらなくてはならない。


 彼にとって魅力的な女の子に。


 誰が見ても彼とお似合いだと思われるようなキラキラした女子高生に。



「というわけで、高校デビューがしたいんだけど。何かいい案はないかなトモちゃーー」

「今デイリー回してるから少し待って」


 同じ高校に進学が決まっているトモちゃんが、スマホから顔を上げる事すらせずに私の話を遮った。


「……何やってるの?」

「ソシャゲ。いやー、春休み暇だから始めてみたんだけど、これが結構面白くてね」


 なんてことを私のベッドに横たわりながら言ってきた。


「人の部屋来て何ゲームに夢中になってるのさ!」

「……急に呼び出してきたのはあんたなんだけど」

「一旦ゲームは止めて私の話を聞いてよ!」

「ちょっと待ってよ。今のうちに石回収したいんだよね」


 そう言ってスマホをぽちぽちと弄り続ける。


「ねえねえ! ゲームなんていつでもできるでしょ。ゲームばっかしてると目が悪くなっちゃうよ?」

「うるさいな。うちのおかんか」

 

 体を揺するがこちらを見ようともしなかった。


「ねえねえねえねえねえねえっ!!」

「うるさいな!!」


 トモちゃんはようやくスマホから顔を上げて、気だるげに体を起こした。


「で、なに? 高校デビュー?」

「そうだよ。彼に振り向いてもらうためにも思い切ってイメチェンしようと思うんだけど」

「イメチェンねえ……アフロとかでいいんじゃない?」

「いいわけないよ!?」


 なんだ高校デビューでアフロって?

 

 なにをどう吹っ切れたら女子高生がそんな髪型になろうなんて思うんだ。


「もっと真剣に考えてよ! 私のキラキラ女子高生生活がかかってるんだから!」

「私だってデイリー回して石回収しないと春ガチャコンプできないんだからね!!」

「なにその逆ギレ!?」


 どれだけそのソシャゲにハマってるんだ?


「トモちゃんだって無関係じゃないからね。せっかく高校生になるんだし、中学生とは一味違うちょっと大人びた事してみたいでしょ?」

「……まあ、否定しないけど」

「一緒に高校デビューして大人の女の子になろうよ。大人女子ってやつだね!」

「多分それ意味違う」

「高校デビューで少し大人になった私。そんな私を見て彼はこう思うの『なんて素敵な女性なんだ! 中学の頃から飛び抜けて可愛かったけど、高校生になって美しさに磨きがかかった!?』って」

「なんであんたの妄想ってそんなに自己評価が高いの?」


 呆れたようにため息を吐くトモちゃん。


「高校デビューってさ、要するに変身願望だと思うんだよね。今までの自分とは違う存在になりたい、変わりたいっていう変身願望。女の子なら誰でも持ってるんじゃないかな?」

「それは……確かにそうだね」

「子供の頃プリキュアになりたいって思ったことあるでしょ?」

「それはちょっとベクトル違うね」


 変身願望を叶えるのに、高校デビューはいいきっかけだと思う。


「まあ、私は高校デビュー決めてるんだけどね」


 すると急にトモちゃんがそんなことを言い出した。


「え、どこか変わった?」

「ふっ」


 トモちゃんはどこか得意そうに笑い、耳元の髪をかき上げた。


「嘘、トモちゃんピアスしてる!?」

「ふふ。やっと気づいた。悪いけど一足先に大人の女ってやつにならせてもらったから」


 耳元にキラリと光る金属製のピアス。


「そんな、ピアスなんて! 失明のリスクがあるのに!」

「……その都市伝説信じてる人まだいたんだ」


 耳たぶには視神経が通っているって、ネットで見たことがある!


「あんたも開ける? 道具まだあるし貸すよ」

「む、無理無理無理! 体に穴開けるなんて怖くてできないよ!!」

「そう言うと思ったよ、ヘタレちゃん」


 注射ですら怖いというのに、針を貫通させるなんてできるわけない。


「じゃあ高校デビューとやらはどうすんの?」

「ぶ、無難に髪をどうにかしようかなーって」

「ふむ。やっぱりアフロだね」

「しないよ!?」


 またしてもとんでもない提案をしてくる。一体何に影響されたんだ?


「思い切って髪染める? うちの高校校則ゆるいしさ」


 トモちゃんの言う通り、私たちが進学予定の高校は校則がゆるい。トモちゃんのピアスもそのゆるい校則があってのことだろう。


「確かに私も考えたよ。前髪切った時、ヘアカラーいくらかかるか聞いたんだけど……」

「いくらだったの?」

「……私の長さだと一回五千円だってさ」

「ああ。そりゃ無理だ」


 高校生になるということでお小遣いアップしてくれることが決まっているけど、それでも五千円は大金だ。


「ほら、私髪伸びるの早いでしょ? だから結構な頻度で染めないと根本だけ黒くなっちゃうし、あんまりやりすぎると髪痛めるって言われたんだ」

「自分で染めるのもしんどそうだね。ムラになりそう」


 自分でやったら悲惨なことになるのは目に見えている。


「だから私が考えてるのはやっぱり髪型を変えようかなって」

「へー。どんな感じにすんの?」

「毛先にパーマあててちょっと巻いてみるつもり」

「……え、それだけ?」

「そ、それだけって」


 驚いたような声を上げるトモちゃんだが、私にとってはそれだけでも大冒険だ。


 私たちが卒業した中学はその辺の校則が厳しくて髪型に著しい制限がかかっていた。パーマを当てるなんて論外だったのだ。


 だがトモちゃん的には全然納得のいくものではなかったらしい。


「あんたねえ。そもそも高校デビューの目的は彼に振り向いてもらうためでしょ。なのにそれだけ?」

「そうだけど……これだって結構勇気出してやろうと思ってるんだよ?」

「全然ダメ。毛先ちょっと変わっただけじゃ気づかれもしないって」

「そうかなぁ?」

「そうだよ。だって同じクラスになれるとは限らないでしょ?」

「うっ……」


 トモちゃんの言う通り。進学予定の高校は生徒数がとても多いマンモス高校で、1学年10クラス近くあるとのことだ。


 あまり考えたくはないが、彼とは別々のクラスになる可能性の方が高い。


「別のクラスになった中学の同級生の髪型なんて気にするような関係じゃないでしょ、彼とは。このままじゃ髪型変えたことに気づかれるどころか、あんたの存在なんか忘れられちゃうよ」

「そ、そんなぁ」


 最悪の未来に泣きそうになる。


「大事なのは一眼見て『あ、髪型変えたんだ』って印象に残ること。廊下ですれ違っただけで気づかれるほど徹底的にやらなくちゃ」

「て、徹底的に」

「その通り、記憶にガツンと残るくらいにね。そうすれば別々のクラスになってもあんたのことが頭の中に残って忘れられなくなる」

「彼の頭の中は私でいっぱい……!」


 なんて素敵な状況なのだ。


「だからそのためにも毛先ちょっと巻いた程度じゃダメ。もっとインパクトがなくちゃ」

「インパクトって。そんなのどうすれば?」

「そんなの決まってるでしょ」


 そこでトモちゃんは一息置いて、自信満々に答えた。



「インパクトと言えば、アフロ一択」

「さっきからそのアフロ推しは一体なんなの!!」



 途中まで感心して聞いていた私がバカみたいだ。


「いやね、ソシャゲで当てたレアキャラがアフロでさ。気に入ってるんだよね」

「またゲームの話!?」

「ほら見て。すっごいインパクト」

「この人顎が二つに割れてるくらい濃い顔のおじさんじゃん! こんな人の髪型を私にさせようとしてたの!?」


 トモちゃんが見せてきたスマホには、アフロのキャラクターが白い歯をキラリと輝かせて写っていた。


「ありえないからね! 女子高生がアフロなんて!」

「いやいや、これから流行るかもしれないでしょ。むしろあんたがパイオニアにーー」

「ならないから!」

「えー」


 なんだその残念そうな表情は?


 まさか本気で親友をアフロにするつもりだったのか?


 ため息をついたトモちゃんはスマホのゲーム画面を操作して、別のキャラクターを探し始めた。



「仕方ないなぁ……じゃあリーゼントにする?」

「女子高生に似合う髪型にしてよ!」

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