第13話「未熟サキュバス、デートします」





























 キスをして、気絶してから…一週間。


 わたしが取り込むには膨大すぎる精力を食べさせてもらえたおかげで、無事におっぱいがちょっとだけ…ほんとちょっと、誤差くらいの範囲だけど以前より大きく膨らんだ。……気がする。

 いやこれは体重が増えたからじゃない、ちゃんと精力の効果…な、はず。


 そして、大きくなったのは胸だけじゃなくて…


「おぉ……前より長くなってる」

「ひゃん…っ」


 ここ一週間、擬態能力も無意味で一向に消えてくれる気配のない尻尾を無遠慮に触られて、反射的に背筋を伸ばした。


「そ、そこ…性感帯だから。触られるとすごく感じちゃうから…っやめて」

「あ。ごめん、そうだったね」


 お尻の辺りを手で押さえて、無事に5cmから6…7cmくらいには長くなった尻尾を隠す。そのわたしの慌てた動作を見て、深澪も慌てて手を引っ込めていた。


 角も羽もほんのちょびっとだけ大きくなったけど…そこはあんまり、分からない範囲の変化だから明確に変わったのは尻尾くらい。


 にしても……困った。


 何が困るって…サキュバス特有のそれ達が全然引っ込んでくれないせいで、下手に外出ができなくなって…一週間ずっと部屋にこもる日々を送ってること。


 わたしみたいな雑魚は許容量を超えた精力を取り込んじゃうと、体が魔力を少しでも発散するためにこうなっちゃうし、出しておくしかないんだよね…だから自然と治まるのを待つしかない。


 他のサキュバスならそもそも許容量を超えることなんてないから…それに超えたとしても、能力を使えば精力消費できて一発で引っ込む。わたしはその能力をほとんど全部使えないから意味ないというジレンマ。


「はぁー…お出かけしたいな…」


 前まではどんなに少なくても三日に一回は外に出てたから、一週間も室内に閉じこもる今が息苦しい。


 少しでも外に行きたい欲を発散させるために朝起きてすぐ換気がてら窓を開けて、窓際に肘を預けて、まだまだ寒い冬の空気にその身を晒すことで密かな日光浴を楽しんでるものの…そんなんじゃ足りるわけもない。


 アスファルトの地面の上を歩きたい。それで真っ青な空を見上げて、木の影に行って木漏れ日が揺れる情緒的な景色を視界に取り入れて、ふわふわ毛質の猫さんを撫でて…


「お出かけ…したい…」


 考えてたら、余計に欲が増しちゃった。


「あぁ~、お出かけしたいよ~…」

「はー…分かったよ。そんな何回も言うな、気が散るから」

「あ…ご、ごめんなさい」


 願望が口から漏れ出てたことに、怒られてからやっと気が付いて、わがままなお口はチャックしておいた。


 深澪は今、お仕事中だもんね。静かにしてないと。


「…出かけるから、準備するよ」

「へ」


 それなら本でも読もうかな…なんて思ってたら、椅子から立ち上がった深澪がわたしの方を向いて話しかけてくれた。


「どこ行きたい?一緒にお出かけしたい場所あるなら、そこ行こう」

「い、いいの?」

「…たまにはデートもアリかなって。だから行くよ」

「でーと…!」


 まさか深澪の口から聞けるだなんて思ってなかった言葉に、心は踊る。


「最後にはホテルに行っていっぱいセックスできるやつだ!」

「残念ながら、今回は行きません」

「え?で…でも、昨日読んだ漫画にはそう…」

「だから、エロ漫画の内容をいちいち鵜呑みにすんな。セックスなしのデートもあるんだよ。…もう漫画読ませんのやめようかな」

「や、やだ!漫画は読みたい」

「じゃあなんでもかんでもすぐ信じないの。分かった?」

「わかった!」

「…よし。着替えて行こっか」

「うん!」


 なんて、元気よく返事をしたはいいものの。


「あ……でも、尻尾とかどうしよ」

「そんだけ小さかったら、うまい具合に隠せるから大丈夫だよ」


 浮き上がってきたわたしの心配は、すぐに深澪のフォローによって解消された。…小さいって言われるのは複雑だけど……お出かけできるなら、まぁいっか。


 この時ばかりは魔力がポンコツで良かったと思った。そうじゃなかったら隠せなかったから。


 角を隠すためのニット帽と、羽と尻尾とかを隠しても違和感ないかなりオーバーサイズの上着を貸してもらって、それに着替える。ちなみに下は買ってもらったロングスカートにした。


 変な組み合わせかな…?と不安になったけど、鏡で確認したらそうでもなくてホッとする。


「うん。…かわいい」

「ほんと?」

「嘘つかないよ。行こ?」


 部屋を出る前に褒められて、もうすでに浮かれ気分で手を繋いでマンションを後にした。


「そうだ……どこ行く?決めてなかったね。今一番行ってみたい場所とかある?」

「ラブホテル!」

「…今日は猫カフェにでもしよっか」


 聞いたから素直に答えただけなのに、わたしの発言は見事なまでにスルーされてしまった。


「気になってたのに…ラブホテル…」

「それはまた今度ね。というか、あんま大きな声でそういうこと言うな。痴女だと思われるよ」

「わたしサキュバスだもん、褒め言葉だよ?」

「あー…そうだった。ったく……日頃からもっとサキュバスらしくしてくれれば、何も気にせず襲えるんだけどな」


 後半はもうほぼ独り言みたいな感じで、愚痴を吐かれた。


 サキュバスらしければ……抱いてもらえるってこと?


 発言から推測して、言われてみれば確かに最近のわたしは人間よりも人間らしい健康的で理想的な生活を送るただの居候という事実に改めて意識が向いた。


 …色気が足りない?


 深澪が思わず飛びついちゃうくらいの色気を醸し出せば、ワンチャン…セックスできるのでは?


 正直、セックスに対する渇望は以前に比べてまったくと言っていいほど無くなりつつあるんだけど…でも、できる事ならそりゃしてみたい。いつまでも処女なのはサキュバスとしてのプライドが許さないのもある。


 ゆ、誘惑してみちゃおうかな。


「あ…もう着くよ」


 企みかけたところで、声をかけられて、今はデートに集中しようと脳内の独り言を終わらせる。


 着いたのは駅前のビルの中にある猫カフェというところで、受付を済ませて手の消毒なんかをして、案内されるまま二重扉の向こう側へと足を進めたら、


「ね、猫さんが……こんなに…!」


 こじんまりした、くつろげそうなソファなんかが壁際に置かれた空間内で、猫さん達が自由気ままに過ごしていた。


 落ち着いた雰囲気のそこには本棚なんかもあって、今日は平日と呼ばれる曜日の昼間だからか人はわたし達以外にはいなかった。


 これは思う存分…人目を気にせず猫さん達と戯れるチャンス…!


 さっそく、嬉々としてそばでゴロゴロしていた無防備なその姿へと駆け寄ったら、どうしたか急にバッと起き上がって毛を逆立てて牙をむき出しにされた。…威嚇されてる?


「…天海は、動物に嫌われるタイプなんだね」


 ものすごく傷付く言葉が後ろから聞こえてきて、しょんぼりする。


「ま、ゆっくり仲良くなっていけばいいよ。あたしは適当に座ってるから猫と遊んでおいで」

「うん…」


 そう告げて、深澪は奥の方にあった寝転べそうなスペースへと向かっていった。


 落ち込みはするものの、さっきはたまたまかもしれないとまた猫さんに対する欲求を復活させて、意気込んで触ろう……と思ったけど、あれ?


 さっきまでそこら辺にいた猫さん達の姿が消えてる。…これは、もしや神かくしってやつ?


「はは……なんだお前ら、かわいいね」


 全然違った。


 腰を下ろした深澪の周りを取り囲むように猫さん達が集まってるのを見て、なんとなく悔しさを抱いて下唇を噛む。


 わ、わたしだって…触りたいのに。


「そんな集まってきても…おやつなんて持ってないよ。ごめんね」


 優しく伝えながら、甘えてくるその子達の顎を撫でる深澪を見てさらに悔しさは増した。


 わたしだって…触られたいのに!


 地団駄を踏みそうになった気持ちはどうにか堪えて、色んな意味での嫉妬心を疼かせまくりながら忍び足で近寄っていく。


「猫さん…!」


 じわじわと近付いて、手に届く距離に来てから飛びつくように触ろうとしたら……逃げられてしまった。


「おいおい…怖がらせたらだめだよ。可哀想に……な?びっくりしちゃったね」


 逃げた先は深澪の膝の上で、それを難なく受け止めた深澪は声をかけながら頭を触っていた。…く、屈辱。


 とてもじゃないけど勝てる気もしなくて、諦めて深澪の隣に腰を落ち着ける。ついでに荒れそうだった自分の心も落ち着けた。


「いいな…猫さんに好かれて」

「こういうのは自分から行かないで待つ方が来るもんなんだよ」

「むー……しかたない。待つか…」


 試しにわたしもおとなしくする事にして、しばらく猫さんと戯れる深澪を眺める時間を過ごした。


 自分から触ろうとはしないようにして数分。一向に、わたしの方に寄ってくる気配すら見せてくれなかった。…もしかしてサキュバスだから、人間とは違う何かって感知されてるのかも。


 だとしたらどんなに待っても絶望的だ。仲良くなれないの確定しちゃった。


「…深澪」


 寂しくなって、猫さんばかり庇うその人の服をつまむ。


「こっちも…撫でて?」


 甘えたくてお願いしたら、深澪の顔がこちらに向いて砕けた笑顔を返された。


「今のはちょっと、サキュバスっぽかったかも」


 苦笑する声の後で、頭にポンと手を置いてそのままニット帽越しに撫でてくれる。…今の、どこがサキュバスっぽかったんだろ。


 気になるけど…今はいいや。撫でてもらえることに集中しよ。


「…かわいいね、くらら」


 頬に降りてきた手にスリスリと顔を寄せたら、猫さん達にするのとはまた違った慈しむ表情で見つめられた。


 ドキドキ…する。


 前に「勘違いさせるような褒め言葉は言わない」って深澪なりの決めごとを教えてくれたけど、彼女は無自覚でこういうことをけっこう言う。


 それが、慣れないわたしにとっては心臓に悪い。


 別に相手がわたしの事を好きだなんて勘違いはしないけど、言われたら嬉しいことに変わりはない。でも…そういう言葉責めには弱いからすぐ濡れちゃう。困った。


「…あ」


 ひとりムラムラしていたら、不思議なことに一匹だけすり寄って膝に乗ってきてくれた子がいた。


「ふふ。かわいい…」


 待ってたら来るって、本当だったんだ。


 なるべくびっくりさせないように、柔い手つきでふわふわな体に触れる。…黒猫さんだ。


「あったかくて、きもちいい……猫さんは体温が高いんだねぇ…」

「…天海は、ほんとに猫好きだね」

「うん!こんなにかわいいもん、誰でも好きになっちゃうよ」


 上機嫌で深澪の方を向いたら、彼女はわたしの笑顔に比例して表情を暗くしていた。…どうしたんだろ。


「…そんなにかわいかったら、他のやつも好きになるよね」

「?…深澪、どうしたの」

「なんでもない。…おやつ買ってくるよ、そしたらもっと寄ってきてくれるから」

「え!いいの?」

「うん。ちょっと待ってて」


 結局、暗い表情の理由はよく分からないまま。


「きゃ~…ペロペロしてるのかわいい……んん、すき」


 深澪の買ってくれたおやつで猫さん達からの人気を獲得できたわたしは、目の前の可愛さに無我夢中で没頭していった。













 







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