第11話「未熟サキュバス、趣味します」

























 彼女は…モテるタイプの人なんだと思う。


 基本的には誰にでも優しくて、お人好しだから押しに弱そうで……だけど、心の奥底では頑なそうな意思を持ってるから、案外たやすく断ってくる。


 その、手に入りそうで入らない感じが…女心を刺激して、結果的に女性に好かれるタイプの人種になる。…こういうのを“沼にハマる”って、最近読んだ漫画にそう書いてあった。


 見た目も中性的で、人間の女にしてはかっこよくて高身長なのもまた、“沼らせる”要因のひとつなんだろうな。


 出会いたての頃よりも今は髪が伸びてきて、ショートカットではなくなってきてるものの、無造作な髪型はどこか粗雑な彼女によく似合う。いわゆる“顔面が良い”というやつである。


 スタイルはスラリとしてて細くて、胸はわたしより無いスレンダーな体型。…羨ましい。


 一方で、わたしはというと……


「ふ、太った…」


 人間界に降り立ってからというもの、スッキリしていたお腹もちょっぴりお肉がついてきて、二の腕なんかもちょっとばかしぽちゃっとしてきた。…なのに胸の脂肪は増えない。チッ…


 元の体重が痩せすぎてたから増えた今もそこまで見た目に変化はないんだけど……それでも、ポンコツなりにせめて見た目の可愛さだけは維持しようという気持ちが働く。


 精力だけなら太らないのになー…これは完全に、人間界の食べ物のせいだよね。


 でも人間界のご飯を食べるのはやめたくないから……とりあえず引きこもりがちなのをなんとかして、外に出て運動しなきゃ。


 そうと決まれば、さっそく。


「お外、走りに行きたい」

「…だめ」

「深澪おねがい…ついてきて?」

「…やだ」

「じゃあセックスしよ」

「は?」


 外出がだめなら…と、予め用意していたもうひとつの案を提示したら、深澪は驚いて椅子ごと振り向いた。


「…セックスしたい口実?」

「そんなわけないよ。ちゃんとした理由があるもんね」

「聞こうじゃないの」


 ふふん、今こそ筆記試験を見事に満点で合格したサキュバスの知識量の見せどきだよね。と、ドヤ顔で人差し指を立てて説明を始めた。


「セックスは家で出来る運動の中でも比較的楽で、カロリー消費も多いんだよ?」※諸説あります

「へぇ……どのくらい消費すんの」

「だいたい…30分ワンセットで男女問わず60〜70kcalくらい」※諸説あります

「なるほどな。でも女同士だと多分…そんな激しく動かないと思うよ」

「それでも大丈夫!女性はイッた瞬間が一番カロリーを消費するらしいから、連続イキすれば問題ないはず!」※諸説あります

「……そもそもお前、連続イキなんてできるの?」

「へへん、こう見えてもわたしだってサキュバス。きっとできるよ」※諸説も根拠もありません


 わたしの得意げな説明を聞いて、顎に手を置きながら「ほんとかぁ…?」と疑ってくる彼女には、とりあえずニッコリ笑いかけてみる。


 何かあれば最悪…土下座すればいいもんね。


 最終手段は残しておきつつ、その後も必死な説得を続けた結果、


「セックスするより…普通に筋トレした方が早くない?それ」


 話は、思わぬところに着地した。


「き、きんとれ…」


 この家の本棚にあった漫画で読んだことあるから、知ってる。


「えっちなやつだ!」

「ちげえよ」


 あれ。違うみたい。


「なんでそうなるんだよ」

「だ、だって…漫画だと筋トレしようって言って、そのままセックスしてたよ?」

「お前な……エロ本の内容を鵜呑みにすんな。そんなこと現実であるわけないじゃん」

「そうなんだ…」


 男女がよくセックスする絵が書かれた、エロ本ってやつはあんまり信用しちゃいけないらしい。…なかなか興奮するシチュエーションだと思ってたんだけどな。人間は見るだけで満足できちゃうのかな?


 どうせならしてみたいと思ってたのはわたしだけのようで、深澪は「ありえないから」と否定して、えろくない筋トレというやつを教えてもらえることになった。


「…はい、じゃあまずは横になって」

「……やっぱりセックスするの?」

「最後まで聞け。セックスはしない」


 促されるままベッドの上へと仰向けで寝転んで、膝を立てるように言われたからそうする。


 これからなにが始まるんだろ…?とドキドキした気持ちで待ってたら、深澪の腕が膝の下に入ってガッチリと固定されて、足の上に無遠慮に座られた。


「………拘束プレイ?」

「んなわけあるか。…ほら、体起こしてみな」

「う、ん…」


 期待はまんまと裏切られて、残念に思いつつも上半身を持ち上げる。


「もう一回寝て」

「ん」

「また起き上がって」

「んん…」


 これ今…なんの時間なんだろ。


 体をベッドシーツに沈めては起こす、という謎の動作をよく分かってないまま何回か繰り返して……そのうちにだんだんと、お腹の辺りが痛く重くなってきて体を持ち上げられなくなってきた。


 それでも、深澪の「はい次」の声は止まなくて、途中からはもう唇を噛み締めて上体を起こした。


「っんぅう~……は、っは…も、もうむり…かも」

「まだまだイケるよ。ほら」

「ぅっぐぐ…」

「いいね。まだイケそう」

「も、っもう……イケな…っ」

「イケるイケる、イッてみよう」

「ぅんん……っく、ふ…イケ、ない…っもうイケないです!深澪さん…!」

「最後一回…イッたら終わりね」

「ふっうぅ~…ぐ…き、きつい…」

「…なんでだろ。お前サキュバスなのにエロくないな」

「失礼な!…っはぁあ~もうだめ…」


 こっちは必死で、もうお腹が攣りそうなくらい頑張ってるっていうのに、とんでもなく傷付くことを言われてやる気と一緒に体の力も抜けていく。


 荒くなった呼吸を整えることもせず、肩で息をしてぼんやり天井を見上げた。気が付けば汗もかいていて、これは確かに良い運動になりそう……えろくないって言われちゃったけど。


 これが筋トレ…思ってたのと全然違う。


「今度は、プランクやってみよっか」

「…あー!あのお○んちんみたいな食べ物?」

「それはフランク。…変な覚え方すんな」

「だってあんなのどっからどう見ても形状省略おちん○んじゃない…」

「形状省略お○んちんって。もっと他に言い方あったろ」


 吹き出すように苦笑して、深澪はわたしの足元から一旦退いた。


「…うつ伏せになって」


 ベッド脇に移動した後でまた指示されて、ヘトヘトな体を動かしてうつ伏せになる。この体勢…次は寝バック?


「両肘…立ててみて」

「う、うん……こう?」

「そうそう。で、膝をつけないように腰を軽く持ち上げて」

「んっ…んん…?」


 言われた通りの体勢になったら、これまたかなりキツい。全身…主に腕がプルプルしてくる。


「その状態で30秒ね」

「え!?そ…そんなに?」

「じゃあ、いくよー。いーち…に…」


 静かな声でカウントを始められたけど、正直もうしんどい。息ができないくらい力まないと、すぐに腰が楽になりたくて落ちてくる。


 た、耐えねば…!


 グッと歯を食いしばって全身に力を入れて、自然と顎が下がって自分のおへその方を見る形で俯いた。


「く、う……~っ」


 どうしても楽になりたくてベッドシーツへと落ちてきちゃう腰を、なんとか上へ持ち上げたら、

 

「腰…もっと下げて」

「んんぐぅ……っむ、り…」


 深澪の手が腰に当てられて、軽く体重をかけられてせっかく上げたのにまたしんどい体勢に戻されてしまった。


 息、できな…っこれ、むり。


 ガクガクと震え出した腕はもう限界で、自然と下腹部が下がっていく。


 するり、と。それを許さなかった手がおへその辺りを支え持った。あぁ……もう!そこ触られると余計に力抜けちゃうのに…


「…まだ。あと5秒」

「ぅう~…!んぐぐ、ま…って、むり、むり…むりです…っ」

「はーい、おっけーでーす。…初めてでよく30秒持ったね、すごいすごい」


 終わりの合図が聞こえた瞬間にベッドシーツへと全身を預けて、大きく息を吸い込んだ。…つ、疲れた。


 あ…だけど。


 じんわりと自分の皮膚の表面を包み込むような熱い温度と、大きな達成感と、未だ息が詰まるほどの疲労が程よく気持ちよくて、やってる時は嫌だったけど終わった後の感じは嫌いじゃなかった。


「頑張ったね、天海」


 あと頭を撫でて褒めてもらえるのも…いい。最高。


「これが筋トレ。まだまだ色んなやり方あるけど…どうする?」

「ちょ…ちょっとだけ、休ませて…」

「わかった。水持ってくるよ」


 心地いい余韻により没頭するため、目を閉じる。


 この、じんじんじわじわ熱を持って汗ばむ感じ…えっちかも。


 濡れるほどの快感はないけど、いくばくかの性欲は発散できた気がした。体を動かすって、こんなにも気持ちいいんだ。


 ……セックスは、これよりもっと気持ちいいのかな?


 まだ見ぬ未知の領域に思い馳せて、気が付けばわたしはそのまま眠っていた。


「これから毎日、一緒に筋トレしよ?」

「…………わかったよ」


 起きてから、深澪の健康のためにもそうお願いしてみたら、思いのほかすんなりと了承してもらえた。


 そして無事に、数日後には体重も元に戻ることができて。


 ダイエットって…楽しい!筋トレ最高…!


 こうしてわたしに、人生で初めての趣味と呼べるものができた。





















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