未熟サキュバス、恋します!

小坂あと

第1話「未熟サキュバス、拾われます」






























 わたしは下級悪魔の中でも、さらにまだまだ半人前の雑魚サキュバス。


 半人前の理由は……セックスの経験が無いから。


 いつもいつも処女であることをバカにしてくる他のサキュバスお姉さん達を見返すために、何よりサキュバスとして一人前になるためにも、何がなんでもセックスがしたい。


 そう野心を滾らせて舞い降りた、人間界。


 予め調べておいた情報によると…人間の多くは、中でも男は特に、明らかにえっちな格好をしてるよりも露出は控えめでおしとやか?そうな感じが性癖に刺さるらしい。

 

 だから今、わたしは真っ白な半袖のワンピースに水色の薄手のカーディガンを羽織ったまさにザ・清楚な格好で、人間界で言ういわゆる“ナンパ待ち”をするため駅前とやらにかれこれ数十分立ってるんだけど………


「誰も話しかけてくれない……それに…」


 ガクガクと、体が震えだす。


「さ、さむい~…!」


 たくさんの人が行き交ってるのに見向きもされない孤独感も相まって、刺さるような空気の冷たさに目に涙を浮かべて自分の肩を抱き締めた。


 そ、そういえば……降り立ったここ、日本?には四季というものがあって、確か今は冬と呼ばれる時期なんだった。


 人間界図鑑によると冬は凍えるような寒さで、だから人間達は服を何枚も着て素肌を隠すってあったっけ?


 外の空気は確かに冷え切っていて、そりゃこんな薄っぺらい布でどうにかできる温度じゃない。サキュバスとはいえ体の機能のほとんどは人間と同じ。当たり前にこんな服を着てたら寒いに決まってる。


「うぅ~……どうしよ?一旦、着替えに戻る?でもなぁ~、これでまた誰も捕まえられずに帰ったら笑われちゃうよね…」


 奥歯をガチガチ鳴らしながら、ひとり葛藤する。


 結局、ここで帰るのは半人前サキュバスにもあるプライドが許さないのと、こんなにも可愛い…はずの私がいるのに放置する人間達への見る目のなさに悔しく思って、その場に留まり続ける事にした。


 でも…やっぱり、こんな格好だからかな?


 チラチラとこちらに視線を向けてくる人は多いけど、誰も近寄ろうとはしない。…もしかして今の時点で、だいぶ辱め受けてる?それなら帰って笑われた方がマシ?


 また悩む。


 人間界で季節に合わない格好をして変人扱いで遠巻きに眺められて笑われもしない時間を過ごすか、素直に帰って大爆笑の嵐の中に自分の身を放り投げるか。


「うん、よし」


 帰ろう。


「…風邪、引きますよ」


 そう思ったタイミングで、ふわり…と肩に温かな分厚い布をかけられた。


「こんな冬に……痴女なの?」


 一番最初に聞こえてきた柔らかな声色とは全然違って、心底呆れた冷たい声に変わったことにも驚いて振り向けば、


「…………え……すき…」


 そこには好みドンピシャな、中性的で端正な顔立ちをした人間が立っていた。


 黒髪の、襟足長めなショートカットにクールなツリ目、綺麗に通った鼻筋、薄くて赤い唇……なにより、わたしより15cmは差がありそうな高身長。


 顔は完璧。声は…男にしてはちょっと高いかな?って思うけどハスキーな感じで、それもまた中性的で良い。体格は…ひょろい。人間の男ってもっと屈強なの想像してたけど、こんなものなのかな?線が細い感じ…まぁでも嫌いじゃない。むしろ好き。


 なによりも、この状況で話しかけてくれた上に、寒くないようにと布までかけてくれた優しさ。


 もう、この人しかいない。


 一目惚れついでに、精力貰っちゃおう。


「あ、あの!」

「はい」

「わたし……わたしと」


 勇気を出して、両手で握り拳を作って、


「えっちしてください!!!」


 大きな声で伝えたら、相手はポカンと口をあんぐり開けていた。


「は…っ?なに、ほんとに痴女なの?」


 だけどすぐ、呆れた声を出す。


「痴女でもなんでもいい!お願い、わたしに精子ください!」

「ヤバ女じゃん。…というか、ごめん」


 わたしの発言にドン引きした後で、人間は困った顔をしてポリポリと頬を掻いた。


「あたし、女だから。精子なんて出せないよ」


 衝撃的な事実に、呼吸を止める。


 え。


 は?


「お、女…?」

「うん。どっからどう見ても女じゃん」

「う、うそだ!」

「こんなことで嘘つかないって」


 目の前の人間が、嘘を言ってるようには見えなかった。


 え。でも、あれ?おかしいな…


 わたしの知ってる人間の女は、もっとこう…サキュバスお姉さん達と同じ感じで、胸もあって滑らかなフォルムのシルエットの体型をしてて髪の長さに関係なく女らしい色気を含んでる感じなんだけど…


 どうやら女だという一目惚れの相手は、胸もぺちゃんこで大柄で、全体的なシルエットも曲線なんかない感じで、女の色気みたいなものは皆無で……どっからどう見ても女には見えなくて、人間界図鑑に載ってた女とも一致しなかった。


 それに、男じゃないって…ことは。


「お…お○んちんついてないって……こと?」

「うん。当たり前じゃん」

「その見た目で?」

「この見た目で。…失礼なやつだな、お前」


 せっかく運命的な出会いを果たせて、ようやく人間の精力にありつけると思ってたのに……そんな。


 絶望に近い感情に支配されて、次第に浮いてきた涙によって視界が滲む。


「うっ…う、ぅうう……!」

「は?ち、ちょっと…なに泣いてんの?」


 人目も憚らず泣き出したわたしに、オロオロと慌てふためいた彼女は気が動転してたのか…それとも痴態を晒してるわたしの姿を人間の目から隠してくれるためか、強く抱き締めてくれた。


 その優しさにも、また泣けてくる。


 なのに……こんなに優しくて、顔もタイプで、運命感じちゃったくらい一目惚れした相手なのに。


 まさかの、ちん無し。


「じゃあどうやってえっちすればいいの~…!」

「お、落ち着けって!事情は分かんないけど、とにかくヤバいこと言うのはやめとけって!」

「だって……だって!わたし、どうしてもあなたとセックスしたいの!それなのに…どうしてち○こ生えてないのー…!うぅう…」

「ちょおい!?こんな人前でそんな大声でセッ…とかちん…とか言うなってバカ!」

「っん、ぅうう~」


 泣き喚いた口を手で覆われて、それでも涙は止まらなくて、ひたすら喉を鳴らしながらポロポロと涙を流す。


「と、とりあえず…うち来る?ここじゃ、あれだから…」

「行くぅ…」

「ほら、上着これ羽織っていいから。行くよ」


 ご丁寧に分厚い布⸺上着に腕を通させることまでしてもらって、運命の相手に連れられて歩き出す。


「…ほ、ほんとヒヤヒヤした。今も色んな人に見られてるから、なるべく顔上げんなよ」

「うん……わかった…」

「家までほんとすぐだから。耐えて」


 耐えるも何も……わたしは一周回ってもう恥ずかしくないからいいんだけどな。むしろ、目の前にいる彼女以外の人間なんて、どうでも良くなっちゃった。


 まるで捕らえられた罪人みたいに首と頭を垂らして、コソコソと歩きながらすぐ近くらしい家⸺マンションと言われる建物の一室まで連れて行かれる。人間図鑑に乗ってた通り、マンションは大きな建物だった。


 中は外観と違って意外にも狭くて、部屋の数はひとつで、営みには絶対あってほしいベッドも小さめだった。…あの上で、できるかな?大人ふたり寝転がるのがやっとみたいな大きさしかないけど……いわゆるセミシングルってやつ?


 室内はシンプルな家具達で揃えられていて、物は少なめで……中でも目立つのは壁一面を覆い尽くすほどの本棚だった。…なるほど。これがあるせいで、なんかより狭く感じるんだ。


「はぁ~…まじでビビッた。まさか痴女拾ってくることになるなんて……あ。お茶用意するよ。そこ座ってて」


 家に着いてすぐホッと胸を撫で下ろした彼女は、ベッドのそばにあった小さなテーブルの前にわたしを座らせて、キッチンがある空間へと出て行った。


 …やっぱり優しい。


 その間、暇だから改めて周りをキョロキョロする。


 部屋の隅には、机と椅子が置いてあって、そこは見るからに作業スペースと分かる。…お仕事、なにしてるんだろ。


 人間はほぼ毎日、会社っていうのに出勤するのは知ってる。満員電車に揺られて、怒鳴られながら仕事をこなすみたい。だから基本的に…みんなドMなのかな?


「紅茶でいい?」


 と、聞かれても……それが何か分からない。


 部屋に戻ってきた彼女の方を見て、とりあえず頷いておく。彼女はわたしの反応を見て、テーブルの上におぼんを置いた。

 おぼんの上には…なんか赤茶色な液体が入ったコップがあった。写真で見たことあるかも……綺麗な色。それに、


「わぁ、なにこれ…いい香り」

「アールグレイだよ。あんまり飲んだことない?」

「う、うん…初めて飲む」

「どこにでもある茶葉なのに。珍しいな……ま、せっかくだから味わって。熱いから気を付けろよ?」


 気さくな感じで促されて、初めてのアールグレイ?をおそるおそる啜り飲む。


「ん…!おいしい!」

「はは、気に入ってもらえてよかった。…はちみつちょっと入れたから。程よく甘くていいでしょ?」

「う…うん!」


 飲んですぐお気に入りになったそれは、ちびちび味と香りを楽しみながら飲むとして…


「で、どうしてあんなとこでそんなバカみたいな格好で突っ立ってたの?」


 事情を説明しようとしたら、ありがたいことに向こうから話題を振ってくれた。


「あ、あの…実はわたし、サキュバスで……未熟者だから早く誰かとセックスしたくて、ナンパ待ち?してたの」


 正直に全てを話したら、謎の沈黙が流れた後に彼女はおもむろにスマホを取り出した。


「こういう時って…警察?それとも救急車?」

「ちょ、ちょっと待って!それ今わたしとんでもなく頭おかしい扱いされてる?」

「当たり前じゃん。いきなりサキュバスとかセックスとか……頭おかしい以外の何者でもないけど」

「ほ、本当なの!信じて!」

「えー…でも、見た目どっからどう見ても人間じゃん。どこがサキュバスなの?」

「あ…っ、そ、それなら」


 危うくどこかに連れ去られそうだった気配を察して、それを回避するためにわたしは“擬態能力”を解いた。


「ほ、ほら!見て?この角と尻尾!あと羽も!」


 そして必死にサキュバスポイントをアピールしていったんだけど、


「え………ちっさ」


 ものすごく、プライドが傷つく事を言われた。


 彼女の言う通り、サキュバスにしては小さすぎる…髪に埋もれて隠れちゃう角と、5cmもない尻尾と、自分の握り拳ほども大きさのないピョコピョコ動く羽は、とてもじゃないけどサキュバス要素が薄すぎた。


「わたしはまだ…セックスしたことないから……魔力が足りないせいでこんな惨めな姿なの…」


 シクシクと、あまりに惨めすぎて穴があったら入りたくて、半泣きの顔を隠す。


「へ、へぇ…そうなんだ。大変だね」


 あからさまに返事に困った彼女は、当たり障りない言葉を選んで投げて、それにもまたなんとなく傷付く。


「まだ信じてないんでしょ…」

「そりゃあ…いきなりそんなこと言われましても」


 指の隙間から睨んだら、困ったように頭を掻く姿が見えた。


「でも、まぁ…困ってるなら力になるよ」


 だけどすぐ、優しい顔でそう言ってくれた。


「ち○こないと無理らしいし、セックスしてあげることはできないけどさ、男探しとか…あたしに手伝えることはあると思うから」

「…やだ」

「え?」


 せっかくの好意なのに…嬉しさよりも、寂しさが勝つ。


「わたし……あなたとセックスがしたいの」


 泣きそうになりながら体を前に倒して距離を縮めたわたしを、彼女は動揺を隠しきれずに目を泳がせて見ていた。


「っで、でも、あたし女だから!ち○こないよ?」

「分かってる!それでも…あなたがいいの」


 立てられていた膝に手を置いたら、ビクリと相手の肩が跳ねる。


「おねがい…わたしと、えっちなことして?」


 女同士ではたして、できるのかどうか。


 分からないまま突き進んだ結果、


「いや、無理…です」


 あっさり、断られてしまった。


「な、なんで?」

「逆になんで?どうして今の流れでイケると思ったの?バカなの?」


 彼女の言う通りバカなのかもしれないわたしなりに、どうしたらイケるのか思案する。


 …誠実さが足りなかったとか?


 よし、それなら。


「お願いします!セックスしてください!この通り!後生?ですから…!」


 人間界図鑑で呼んだ、日本では最大級に屈辱的で誠意的な行為⸺いわゆる土下座の体勢を取って、もう一度懇願してみた。


 そしたらこっちはちゃんと効果抜群だったようで、


「わかった!分かったから、そこまでしなくていいから!顔上げて……怖いって」


 慌てた様子の彼女によって、ようやく許可を得ることができた。…うん、“土下座”は今後も使えるお願いの仕方リストに加えておこ。


 だけど流石にその場で今すぐっていうのは許してもらえなくて、


「まずは…友達から始めようよ」


 とりあえず、“お友達”から…わたしたちの関係は進むことになった。























 














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