救世の剣は世界樹の下に
朝霧
名無しの魔女
時間旅行の片道切符を手に入れた。
往復切符は何があっても過去を変えることはできないらしいけど、片道切符の場合だと変えることも可能らしい。
けれど当然過去を変えることは難しいし、かなりのリスクを伴う。
そして片道切符なので当然元の時間軸に帰ることはできない。
それでも私はこの片道切符を使うことにした。
片道切符で、どこまで遡るべきかを考えた。
一番の目的はこの歪な命の抹消、けれども現在、この世界には滅亡の危機の気配が仄かにある。
この歪なものが消えたところでこの世界が滅ぶというのなら、あの人達が結局不幸になるのであれば、あまり意味はない。
ならば世界を救う手立てを残そう。
一ついいことを思いついた、多分これなら問題ないだろう。
こんな歪な命はなくていいって思っているけど、別に世界が嫌いなわけではない、大切な人だって何人かはいる。
だから自分のこのどうしようもない願望を叶えるついでに、あの人達の役になる何かを、救世の一手を残しておこう。
そうすれば、自分の存在がほんの少しだけ許せるような気がした。
と、いうわけで遡るのは今から五百年前、世界最高峰の聖剣が歴史から消えたその時。
何故聖剣が消えたのかその原因は不明、壊れてしまったのかただ単に使い手が無くしてしまったのかもよくわかっていない。
だから、それを確保する。
そうして、どこかに保管して、最終的にあいつの手に渡るようにしておけばいい。
これをこの旅路の第二の目標とする。
そして第一の目標、これを果たすためには最低でも両親が結ばれるまで、つまりは第三次世界聖戦前か後くらいまで生き残る必要がある。
聖戦が行われたのは今から十九年前、その一年間。
両親が出会ったのはそれよりも少し前だという話を聞いたことがあったので、最悪の場合はその地点まででもいい。
つまり、片道切符を使った後、五百年近く生き延びる必要がある。
寿命に関しては問題ない。
自分は歪な命、妖精と人間の合いの子の父と魔物の母から生まれた化物なので、おそらく普通に私は長命なのだろうから。
魔物の方の親はもう千歳超えてるらしいし、自分もその程度は余裕なのだろう。
あいつにだけは受け取らせるものがあるため、少し事情を話した上でお別れの挨拶をした。
当然のように止められたけど、構うことなく片道切符を使った。
泣かれるとは思ってもいなかった。
そんなにすかれるようなこと、したおぼえないのになあ。
けどあいつは優しいから、きっと理由はそれだけなんだろう。
片道切符を使った先で、空を見上げる。
空の色は、五百年前も同じ色をしていた。
それでは私の戦いを始めよう。
まずは、世界を救う一手を。
聖剣を確保した。
まさか聖剣が第二次世界聖戦の最終決戦後、素振りをしていた使い手の手からすっぽ抜けて川にドボンしてそのまま行方不明になっていた、なんて思ってもいなかった。
なんかもっとすごい理由でなくなったのかと思ってた、というか多分、戦いでもなんでもない時にうっかりなくしてしまったというしょうもない理由だったから記録に残らなかった、残さなかったのだろうけど。
川に落ちた聖剣を確保して、何者にも感知されないように封印処理して、自分が根城にしている島に向かった。
五百年後の現代において名無しの島と呼ばれているその島は『なにもない』上にその島があるあたりの海も空も常に荒れているため、誰も近寄ろうとしない。
嵐の島、とかいう名前でも呼ばれていたような気がする。
そこを拠点にしたのは自分の力なら、そしてあいつなら容易に辿り着ける場所で、尚且つそれ以外が容易に辿り着けない場所だからだ。
現代において、名無しの島には『なにもない』とされている。
しかし、未来人たる私の介入があったせいか、元々そうだったのかはわからないが、『なにもない』は偽りである。
この時間軸から約五年前、世界樹と呼ばれる強い力を持つ樹が存在した。
その樹はとある狼藉者の手によって燃やされた、私が知る現代に存在する世界樹は、燃やされた世界樹が最期にこぼした種子から芽吹いたものだ。
しかし、実は樹が燃え落ちる前にその樹から枝を折り逃げ延びた存在がいた。
世界樹の守り手、精霊と呼ばれる存在、現代において最初の世界樹の種子から芽吹いた二本目の世界樹を守る守護者以外全て絶滅したとされている彼らは、実は生き延びていた。
生き延び、世界樹の枝を根付かせる場所を探して世界中を逃げ惑い、そうして未来人たる私と出会った。
助けるつもりはなかった、けれど成り行きで私は彼らをこの島に逃してしまったのだ。
だからここが『なにもない』島であるというのは大嘘、本当は原初の世界樹から枝分かれした三本目の世界樹が根付く、精霊達の島である。
根付いた世界樹は少しずつ成長しているようで、きっと五百年も経てば立派な大樹となるだろう。
現代において一本しかないはずの世界樹がこの島にあると知られたら大騒ぎは必須、島が暴かれかねないので、『なにもない』ように見せかけるべく結構面倒な認識齟齬魔法を島全体にかけるハメになった。
余計な手間であるけどこの島は聖剣の保管場所、荒らされるわけにはいかないし、あいつが来る前に聖剣を持ち出されたら困るのだ。
聖剣を確保して百年、聖剣を保管するために作った小さな祠は何故か島の半分以上をしめる迷宮と化していた、どうしてこうなった。
精霊達が大事なものを隠すならと余計な手を加えてきたのである、半分以上遊びだったと思う、あれ。
あの馬鹿共、ロマンがどうとか言いつつ凶悪トラップ仕掛け始めるわ魔女さんの秘密のお部屋とか言って変な地下室作るわ、好き勝手しやがる。
だいたい秘密の部屋ってなんだ、この島の住民全員その在処がわかってるから全然秘密じゃない。
……とはいえ、その部屋の使い心地は結構よかったりもするのだけど。
島に引きこもって約百年、外部から島にやってくるものはいなかった。
聖剣は隠されたまま、世界樹はその存在を知られぬまますくすくと成長している。
過去への片道切符を使用した代償はいくつかある。
その中でも私にとって最も影響力のある代償は、記憶の摩耗だった。
過去の世界を生きれば生きるほど、元の時間の記憶がすり減り、消えていくのだ。
それ以外にも魔力の減少や肉体の衰えなんかもあるのだが、怪物である自分にはそちらは大して影響がなかった、普通の人間だったらもっと苦労したのだろうけど。
片道切符を使って二年、大切でない人たちの記憶が綺麗さっぱり無くなった。
片道切符を使って五年、自分の名前が思い出せなくなった。
歪な命の名前を残すつもりはなかったから、この時間軸で私は誰にも名乗らなかった。
だから、私の名前はきっとこの世界から永遠に消え去ったのだろう。
そうなればいいと思った。
片道切符を使って百年、大切な人達と過ごした日々の記憶が思い出せなくなってきた、島は何故か半分くらいが迷宮になった。
片道切符を使って三百年、大切な人の顔と名前はまだ覚えていた、彼らと具体的にどう過ごしていたのかはもうあまり思い出せない、島の全土が迷宮になった上、世界樹が予想外の成長力を見せた、どうしてこの時点で元の時間軸に存在していた二本目の世界樹のサイズを超えているのだろうか、精霊達のせいだろうか?
片道切符を使って四百七十年、もう両親とあいつの顔、そして彼らの名前と自分がここに来た二つの目的以外なにも思い出せなくなった、島はもうわけわかんない大迷宮だし、世界樹は島の全土を覆い尽くしてしまった、もう島じゃなくて世界樹が本体レベル、どうしてこうなった?
四百七十年のうち、聖剣は私の秘密の地下室のすぐ近くの『剣の間』に保管されるようになった、部屋を作ったのは精霊達だが、その部屋にあいつ以外開けられないよう魔法をかけたのは私である。
島にかけた認識阻害の魔法も数百年かけて改良し続けた、その結果外から見ると完全に『なにもない』島のままに見えるようにはなっている、私がちょっとすごい魔法使いじゃなかったら多分どうにもならずにどこかで世界樹の存在が露見していた気がする。
片道切符を使ってから四百七十年が経った、そろそろ頃合いだろう。
この旅は、全てこの歪な命をなかったことにするためのもの、それを叶えるための時が来る。
精霊達にそのことは話していない。
ただ、戦うべき時が来た、とだけ告げて島を出た。
ついてきたがったものもいたけど、私の代わりに島を、聖剣を守れと言ったらおとなしくなった。
そうして私の戦いが始まった。
戦いは難航した、あのバカップル共、いくらこっちが引き剥がそうとしても謎のラヴパワー(笑)でことごとく切り抜けやがる。
私はあの二人が嫌いではなかった、こんな歪なものを生み出しやがってという恨みは多少あったのだろうけど、私の存在を消すためにどちらかを、もしくは両方を殺してしまおうとは絶対に思わなかった。
好きだった、大好きだった、幸せになってほしかった。
だから私は許せなかったのだ、こんな歪なもののせいであの二人が不幸になったのが。
歪なものには価値がある、そう言ってこんな私を欲しがった連中が、あの二人に傷を負わせた。
あいつだって、私のせいで余計な怪我をした。
顔、顔がもうよく思い出せない、けれどそのあいつの顔、綺麗だったその顔の醜い傷跡が自分のせいだったのは覚えている、まだ思い出せる。
両親を破局させるのは結構難航している、説得、説教、罠、策略、謀略、色々やってみたけど全部ダメだった。
間抜けな両親をよくわかんない魔物のヤバそうなビームから庇った直後、身体に限界が来ていることを悟った。
ビームは腹部を貫通した、痛いような痛くないような、痛覚ももうあんまり機能していないらしい。
ただ、少しだけ寒い。
どうして庇ったと怒鳴り声、お前は敵だろうという言葉に、笑う。
「私はあんたらに結ばれてほしくないだけ。子供を産んでほしくないだけ。ただそれだけ。死んでほしくないし、不幸になってほしくない。だから庇った、それだけ」
そう言うと、どうしてと問われる。
時間がない、多分今のは致命傷。
一つ目の目標が叶うかどうかは現時点で不明、二つ目の方は半分達成、けれども現状だと聖剣はあいつの手に渡らない。
なので、二つ目だけは確実に。
「これを恩だと思うなら、どうか子供なんて作るな。……それともう一つ、貸しを返してもらうために伝言を押し付けよう」
本当は別の誰かに頼むか、自分で直接伝えるつもりだった、けれどもう時間がない、だからこれは妥協だ。
「星歴2007年4月26日、それ以降にアドルファスという男に伝えろ……名無しの島の最も巨大な樹の根元に約束のものを用意した、と。いいか、星歴2007年4月26日以降だ、それ以前には、絶対に伝えるな」
それだけ言い捨てて、最後の力を振り絞って、空間転移魔法を使った。
島に戻ると精霊達の悲鳴が響いた。
もう長くない、手遅れだと言ったのに、精霊達は治療魔法を止めない。
「無駄だよ。もうどうしようもない。これは代償だ。五百年の時を遡った代償、時渡りの呪い。もうね、無理なの、身体がもうもたないの。もうすぐ、死ぬ…………死んだら、私の身体を灰になるまで燃やして海に捨てなさい。最後の命令、最後のお願いです。……どうかこんなものは残さないで……誰かに悪用とかされたら、マジで困る……」
そう言った後、目を開けていられなくなった。
やれるだけのことはやった、一つ目の目標は叶わなかったかもしれないけど、それでも救世の一手を残すことには成功した。
ならば、もう十分だ。
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