第18話 『文化祭は波乱の予感』
文化祭が終わって数日が経った。あの賑やかな日々が嘘のように、桜花学園は平穏な日常を取り戻している――はずだった。しかし、僕たち冒険部の中では、どこかソワソワした気配がずっと続いていた。
「今回の文化祭は、本当に成功でしたね」
ゆりなが満足げに胸を張る。異世界雑貨の売上も予想以上だったし、何よりお客様の反応が忘れられない。
「『こんな素敵な雑貨は見たことがない』って、何人もの人に言われちゃった」
ひよりが頬を染めてうれしそうに微笑む。
「チームワークの大切さを改めて実感したな。みんなで協力したからこそ、あそこまでできたんだと思う」
僕が感慨深く言うと、こころが電卓を叩いてニヤリ。
「しばらくは部活動資金に困ることはありません!」
こころは自信満々だが、その瞳はなぜかキラリと不穏に光っている気もした。
放課後、僕たちは異世界での次の仕入れに出かけることにした。既に文化祭の余韻に浸る間もなく、部の活動は次のフェーズへと進み出していた。
「今度は、どんな商品を仕入れましょう?」
「布製品のラインナップを増やしてはどうですか?文化祭で特に人気でしたし」
「木工品ももっと種類を増やしてみたいな」
「新しい陶器も…!あの青い釉薬のやつ、目を引きましたよね」
みんなの目がキラキラしている。今では誰もが、“異世界のプロ”みたいな顔つきになってきた。
市場に着くと、相変わらずの熱気。商人たちの声が飛び交い、スパイスの香りや焼き菓子の匂いが混じり合う中、僕たちは四人それぞれに散っていく。
「あ、これは素敵な陶器ですね」
ゆりなはすでに目を輝かせて一点集中。
ひよりは木彫りの置物に「かわいい!」を連発。
こころは布の山に手を突っ込んで品定め。
僕は――みんなのそんな姿を見て、思わず頬が緩む。
商品選定が終わり、ひよりと一緒に市場を見て回ることにした。
「せっかくだから、たまにはのんびりデート気分で歩きたいですね」
「え、デ、デート!?」
ひよりのぽわぽわとした笑顔と、ちょっと照れた表情に、僕の心臓がドキッと跳ねる。
気まずさを誤魔化すように、珍しい果物の山に目をやる。
「これ、日本じゃ絶対見ないよな…」
「健太くん、一緒に食べませんか?」
その一言で、二人並んで果物を齧った。甘い香りとほんのり酸っぱい味――なんだか胸までほんのり甘くなる。
その後、全員合流。「健太とひよりだけ抜け駆けしてズルいですわ」なんて、ゆりながじと目で見てくる。こころは相変わらず僕の腕にくっついて、
「今度は四人で回ろうよ。みんなでわいわいが一番楽しいんだから」
と、さりげなくマウント(?)を取りに来る。
…なんだろう、最近こころのアピールが無邪気なのか計算なのか、よく分からない。
部室に戻ると、みんなで商品を並べては品評会が始まる。
「陶器の艶が違うわ」「木工の彫りが芸術的です」「この布、寝る時に包まりたい~」
どれも素晴らしい品ばかりで、次の販売が楽しみだ。
でも、ふとした瞬間、女の子たちの会話の“間”に不思議な空気が漂うことがある。
僕を中心に、誰が一番近くに座るか。会話のテンポや距離感。気付かないフリをしつつ、やっぱりちょっと意識してしまう自分がいる。
夜、家に帰って一人になると、今日一日の出来事をぼんやり思い返す。
「最近、こころとの距離が近いな…」
ひよりも、ゆりなも、それぞれに優しくて気がつくとそばにいてくれる。
だけど、やっぱり僕の中には“かのん先輩”の影が強く残っている。
目的は先輩を探すこと。でも、いつの間にか“今ここにいる仲間”が、僕の大切な宝物になりつつある――
少しだけ思いはせる。
〇
<三宅健太―独白>
みんなが帰ったあとの部室は、空気が少し薄くなったみたいに静かだった。文化祭の片付けも終わって、なんとなく現実だけが残る。
俺が“かのん先輩”を探してる理由――
正直、自分でもよくわからない。でも、あの人がいなくなってから、家の中がいつもより静かになったのは確かだ。
普段は気にも留めないような物音や、ふとしたときの笑い声、意味のないおしゃべり。
今になって思い返すと、あの人がいるだけで家の空気がどこか明るかった気がする。
家族の会話も減ったわけじゃないけど、先輩がそこにいるだけで日常がちょっと賑やかになっていたんだなと、最近やっと気づいた。
寂しいって、こういう感じなんだろうか。
思い出すのは、先輩のくだらない冗談とか、時々見せる意外に大人びた横顔とか――
あの時はただ鬱陶しいと思っていたのに、不思議と今は、ああいう時間が少し恋しい。
もしかしたら、先輩のことを特別な存在だって思っていたのかもしれない。
もちろん、そんなこと自分から口にする気はないけど。
みんなは、かのん先輩のことをどう思ってるんだろう。
俺だけじゃない、きっと。
いて当たり前だった人が急にいなくなると、なんだか自分の“家”まで形を変えてしまう気がする。
「……早く帰ってきてくれよ、先輩」
窓の外の夜景をぼんやり見ながら、誰に聞かれるでもなく、小さく呟いた。
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