第13話 『市場争奪戦』

 エルフィリアの市場は、今日に限ってざわめきが止まなかった。空気はいつもよりどこか刺々しく、店主たちの視線の先には“日本商品”を謳う見慣れない屋台が立ち並ぶ。その新参者たちに群がる人だかり。

 僕――三宅健太は、違和感を覚えながらも、自分たちの小さな屋台に視線を戻した。

 ひよりが不安げに言う。「なんか、向こうのお店、うちの真似してない?」

 「そう見えるね……でも本当に日本の商品かな」僕は警戒心を滲ませる。


「おや、今日は随分と競争が激しいね」

 馴染みの商人、ガルドが駆け寄ってきた。

 「君たちが日本の商品を売ってるのを見て、他の商人たちも真似を始めたんだ。だけど、本物を仕入れるのは簡単じゃない。あっちは偽物が混ざってるぞ」


「偽物…?」ひよりが眉をひそめた。「どうして、あんなに堂々と並べられるの?」


「見抜けないお客さんも多いからさ。外見だけで騙されてしまうんだろう」

 ガルドは遠い目で市場全体を見渡した。「実は、こういう“本物VS偽物”の争いは昔からあってな。市場に訴えが出れば、管理官主導の“品質コンテスト”が開催されるのが決まりなんだ」


「それって……」ゆりなが声を潜めた。「よくあることなんですね」


 その時、どこからともなく重厚な声が響いた。「君たちが“日本商会”か」

 背後から現れたのは、きらびやかな服を着た男――ヴィクトル・ゴールドマン。その背中には取り巻きの部下たち。自信に満ちた微笑で、僕たちを見下ろしている。


「私は黄金商会のヴィクトル。君たちの噂は耳にしている。だが、今日からこの市場は我々のものだ。なぜなら、我々は“最高の商品”を安く提供できるからだ!」


「最高の商品……?」こころが怪訝な顔をする。「それ、どこで仕入れたんだ?」


「細かいことは気にするな」

 ヴィクトルが鼻で笑った。「お客は安さと見た目で選ぶ。そちらは時代遅れだ」


「お客さんを騙す気?」ひよりが言い返す。「見た目だけなら本物の価値は伝わらないよ」


 ヴィクトルは挑発的に言う。「騙されたくなければ、品質で勝負してみるか?」


 ガルドが場を収め、「市場管理官に訴えれば、品質コンテストが開かれるぞ」と助言する。

 僕たちはすぐに管理事務所へ駆け込んだ。


 管理官の部屋は、年季の入った木の机と大きな帳簿で埋め尽くされている。厳格そうなエルフの老人が待っていた。


「またか……。偽物騒動は市場の歴史でも繰り返されてきた。こういう時は伝統の“品質コンテスト”で白黒つけるのが掟だ」

 管理官は淡々と言い放つ。「告発した以上、君たちも覚悟しておけ。全商人と客の前で品質が試される。勝てば市場の信頼は揺るがないが、負ければ……」


 管理官は静かに語る。「正直な話をしよう――市場には“本物”を求める客もいれば、“安さ”や“雰囲気”だけで満足する客もいる。偽物でも“十分”という人も多い。だが、品質や誠実さを重んじる伝統は、この市場の“矜持”だ。だから、証拠があれば“品質コンテスト”で勝負する。それが我々のルールだ」


 ヴィクトルもすぐに話を聞きつけ、管理官の元へやってきた。「いいだろう、受けて立とう!」


 その翌日、市場の中央広場には、歴史的な“品質コンテスト”を一目見ようと人が集まっていた。広場には管理官、各商人、町の名士、一般客、子どもたちがぎっしりと陣取っている。

 空気はピリピリと張り詰めて、僕たちの心臓も高鳴る。


「では、第一競技――筆記用具部門!」

 管理官の宣言に、観客たちがざわつく。


 僕たちの本物の日本製ボールペン。

 ヴィクトル側の“似て非なる”偽物ペン。


 審査員として選ばれた主婦、学者、鍛冶屋、子ども代表が、ひとつずつ手に取って比べ始めた。


「すごい、これ……全然力を入れなくてもスラスラ書ける」

 学者の男性が驚く。「漢字も崩れず書けるし、紙も汚れない」

 隣で主婦が試すと、「色も鮮やかだし、手も汚れないわ」


 反対に、ヴィクトルのペンは……

 「ん? インクがかすれて、途中で止まった」「あれ、手が黒くなったよ?」

 子どもが困った顔で袖を拭う。「ねえ、こっちのはすぐ壊れた」


 観客がざわつく。「あの子の手、まっ黒じゃん」「やっぱり違うのか?」


「やはり“本物”は違うな」

 管理官が頷く。


 続いて、ライター部門。

 僕たちが差し出したライターは、一発で「カチッ」と火がついた。観客がどよめく。

 ヴィクトルのライターは何度も火花が飛ぶだけで、火はつかず。審査員の手が熱くなり、「危ないじゃないか!」と文句を言う。


「これで本物を見極めてほしい」

 ひよりが声を上げる。「見た目や値段じゃなくて、実際に使ってみてください!」


 観客の一人が手を挙げる。「前にヴィクトルのところで買ったやつも、すぐ壊れたぞ!」

 客同士のあいだでもざわめきが広がる。


 最後は文房具セット部門。

 こころが子どもたちと一緒に色鉛筆を並べて、「どうぞ、好きな絵を描いて!」と呼びかける。

 色鉛筆を手にした子どもたちが、競うようにお絵描きを始める。


「お姉ちゃん、こっちの色鉛筆すごい! 色がいっぱい出る!」

 別の子が「もう一本貸して」と駆け寄る。「芯が折れない!」

 反対に偽物セットは「折れた」「色が薄い」「紙が破けた」と苦情が相次いだ。


 観客はざわめき、管理官が高らかに宣言する。

 「これで結果は明らかだろう。本物の品質は使えばすぐわかる」


 ヴィクトルは焦りの色を隠せない。「こんなもの偶然だ! 審査員が買収されている!」


「違う!みんなの目の前でやったんだ!」

 僕も一歩踏み込んで言い返す。「商売は信頼で成り立つ。目先の儲けじゃなくて、お客さんの“満足”が一番大事なんだ!」


 観客たちから賛同の拍手と歓声。「そうだ!」「本物が一番だ!」


 管理官が静かに告げた。「“日本商会”の勝利。黄金商会は本日限りで市場からの退出を命じる」


 ヴィクトルは顔を真っ赤にして言葉にならず、悔しそうに荷物をまとめて市場を後にした。


 その夜、僕たちは夕暮れの屋台で売上を数えながら、胸の奥に小さな自信と、絆の強まりを実感していた。


「今日みたいに、みんなで力を合わせて乗り越えた経験が、本当の宝物だと思う」

 ゆりなが微笑む。

 「何があっても、もう怖くないね」

 こころが拳を振り上げる。

 「でも油断はしないようにしよう。次も正々堂々、ね」

 ひよりが真面目に念押しする。


「うん」

 僕はみんなの顔を順番に見て、はっきりと言った。「本物の商売は、誠実さと絆の積み重ねなんだ」


 市場の片隅には、夕日が差し込んでいた。

 僕たちは新しい自信と共に、フィリア地方への旅に向けて、さらに一歩前進していくのだった。



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