第11話 『噂の検証』

 魔法の練習を始めてから一週間が経った。ひよりの魔法は徐々に上達し、今では手のひらサイズの炎を安定して出せるようになっていた。


「すごいじゃない」

 部室でひよりの魔法を見ながら、こころが感心したように手を叩く。

「もう立派な魔法使いね」

「でも、まだまだよ」

 ひよりは少し照れたように笑い、手のひらをじっと見つめる。

「もっと大きな魔法を使えるようになりたいわ」

「焦らない方がいいですよ」

 ゆりなが穏やかに忠告する。

「急に強い魔法を使うと、危険かもしれません」

「そうだね」

 僕も頷きながら、心のどこかで“自分も魔法を使えたら”という淡い期待を捨てきれずにいた。


 そんな日々のある午後、僕たちは異世界の市場でガルドに呼び止められた。


「おい、ちょっと来てくれ!」

 ガルドが珍しくそわそわした様子で僕たちを呼ぶ。

「いいものが届いたぞ。手紙だ、君たち宛だ」

 差し出された封筒には、異世界の文様と一緒に、見慣れた日本語で僕の名前が記されていた。


 急いで開封すると、中から現れたのは『アルカディア魔法学院』の紋章付きの公式レターと、先輩らしい柔らかな丸い字で書かれた便箋。


――『みんな元気?私は今、フィリア地方のアルカディア魔法学院で特別講師をしてます。毎日魔法を教えていたら、生徒や周囲の人にやたら持ち上げられて、人生で一番ちやほやされてる気がします。最近は“伝説の美人魔術師”って呼ばれてて、なんかすごいけど、まぁ元気にやってるので心配しないで。みんなもまた遊びにおいで。いろんな話、会った時にしようね。』


 ひよりが「先輩、ほんとに元気そう……」と目を細め、ゆりなは「これで確定ですね」と深く息を吐く。

「やっぱ、先輩すごいな!」

 こころが目を輝かせて言う。「魔法学院の先生なんて、私も一度授業受けてみたいな」


「先輩、もう日本に帰る気はなさそうだなぁ……」

 僕がポツリと呟くと、ひよりが少し寂しそうに「向こうの生活が楽しそうだから」と返す。

「でも、私たちのこともちゃんと気にかけてくれてるよ」

 こころがそう言って、手紙を大事そうに読み返す。



「これで先輩の居場所が確定したわけですね」

 ゆりなが、さっそくアルカディア魔法学院までのルートを確認しはじめる。

「フィリア地方って、ここから馬車で三日くらいかかるんでしたよね?」

「そうだよ」

 ガルドが地図を広げて説明する。

「でも道中は平和じゃない。森を抜けるときは気をつけな」


「でも、行くしかないですね」

 ひよりが強い口調で言う。「せっかく先輩の手がかりを掴んだんだもの」


「そうだな!」

 こころが拳を握る。「この日のために、筋トレもしてきたしな。荷物は任せてよ!」

「ゆりなさん、準備は大丈夫?」

「問題ありません。資金も商売で十分貯まってますし、ガルドさんが紹介してくださった防具屋さんで必要なものは揃います」


 商人として顔が広くなった僕たちは、市場でも少しずつ名前が知られるようになっていた。

 各自が旅の準備を進めていると、自然と話題は「先輩にどんなお土産を渡すか」に移っていく。


「私は日本の根付けを選びました」

 ひよりが小さな袋を手にする。「こういうの、先輩も好きだったし」


「向こうの生徒にも配れるお菓子、買っていこうよ」

 こころがにかっと笑う。

「賑やかなお土産パーティになるといいね」

「うふふ、それも良いかもしれません」

 ゆりなが小さく笑った。



 準備を整えた帰り道、僕はなんとなく空を見上げる。

 日本ではありえない色合いの夕焼けが空に広がっていた。

 異世界と日本を行き来しながら、少しずつ、僕たちの冒険は現実のものになってきている――そんな不思議な実感があった。


「ねえ、健太」

 ひよりが僕の隣に並ぶ。

「本当に、いよいよだね」

「うん」

 僕はうなずく。

「きっと先輩は、昔と変わらず僕たちを迎えてくれると思う」

「だといいな……」

 ひよりがふっと笑って、歩幅を僕に合わせる。


 こころは大きな声で「絶対楽しい旅にしような!」と叫び、ゆりなは「皆さん、気を引き締めて参りましょう」とみんなを引き締める。

 先輩に会うための新たな旅が、静かに、そして確実に動き出そうとしていた。



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