【創作怪談】墓地のあるトンネル横の公園に出る【赤いワンピースの女】を探すTさんという男

七瀬作

【創作怪談】墓地のあるトンネル横の公園に出る【赤いワンピースの女】を探すTさんという男

 長い髪がさらりと揺れる。前髪が風に揺られる。

 過去の美人画から抜け出してきて、そこそこ最近人気がでてきた現代の女優と融合したみたいな、物静かそうな美しい女性が、そこに立っていた。

 

 3月の、冬と春の間みたいな季節にはそぐわない、真っ赤なドレスを着て。

 顔は泥まみれで、目はうつろ。履いているハイヒールのピンは折れている。


「ねぇ、ねえ、あなた」

 彼女はぐるりと頭を回転させて、こちらを見て彼女が微笑む。彼女の歯は白い。

「私が見えてるんでしょ……?」

 

――彼女は、死んでいた。

 そしてTさんは春休み中だった。

 

 

 Tさんは彼女に会いに、生まれ故郷の竹藪のある廃トンネル前に、やってきていた。

 

 これはTさんの、実体験だ。



●  ●  ●  ●  ●


 

 ええと、じゃあ、喋りますね。

 なんだか恥ずかしいな……ええと……。

 

 僕が初めて人ならざる者と遭遇したのは、小学6年生のことでした。

 僕の住んでいた田舎では、当時、小学5年生になると竹馬に乗って遊ぶことを強要するような所があって。古き良き時代を受け継ぐためだの心を育むだの健康のためだのなんだのと、先生がたは言ってたみたいですけど、まあ実際、子供たちはけっこう竹馬を気に入っていたみたいですね。

 

 僕はちっとも気に入らなかったんですけど。

 

 

 だから放課後遊ぼうと言われても、竹馬もコマ遊びもする気がしなかったし、家に帰ってRPGのTVゲームをやりたかったんで、家の用事があるからと嘘をついて、僕はさっさと学校を出ました。

 

 帰り道のすぐ脇にはトンネルがあって、トンネルの横にはそれはそれは大きな墓地があるんですけど……。僕はその墓地に怖いという感情を抱くことはありませんでした。明るい場所だからですね。和やかな空気が流れてますし……。

 

 でも、幽霊というのがどんな姿をしているのか知りたいなと思ったことはあります。

 

 

 それで、なんとなく近道になるかなと思ってトンネルに入ると、薄暗くて、水たまりがときどきあって。

 

 汚い葉っぱや缶コーヒーの缶が不法投棄されていました。後ろから音楽プレイヤー端末で英語の教材だか音楽だか聞いている女子高校生が走ってきて、僕をチラッと横目で確認すると、無言で走り去っていきました。

 

 僕はトンネルの途中で、壁の中からお爺さんのような声がつぶやくのを聞きました。後ろから来てる感じがして、ああ、墓参りの帰りかなと思いました。

 

 でも振り返ると誰も居ませんでした。

 なにか念仏でも唱えているような声で、最初は墓地に誰か来ているからかなと思いました。だけどどこの宗派のものか分からない、聞き覚えのない念仏らしき声が、僕の歩みにそって後ろからついてくるんです……。

 

 

 僕は走って逃げました。怖かったし、嫌な予感がしたので。

 冷や汗が流れて、生まれて初めて幽霊の存在を感じて、怖いな、と思いました。

 

 でも。

 僕はあの時から、オカルトのたぐいを信じるようになったっていうか……、心霊番組は必ず録画してましたし、図書館にあった怪談の本はかならず読みました。

 

 

 大学生になった頃には、都会の古本屋で怪談の本を収集するだけでは飽き足らず、バイトで貯めたなけなしのお金を使って一人でさまざまな、なるべく住んでいる家に近い場所の怪奇現象が起きる場所や、心霊スポットに出かけるようになってましたね。


 え、それはどうしてって?

 ううん、分かりませんけど。

 未知との遭遇って、ロマンじゃないですか……。


 

●  ●  ●  ●  ●



 それで、Tさんは当時、春休みで地元に帰ってきていたそうだ。

 のんびりしているだけでご飯が出てくる生活というものの素晴らしさとありがたみを感じて、田舎の自然やスーパーで販売されている山菜だとか、コンビニのない不便さだのを満喫していた僕は、そうそうに地元でする事がなくなったそうだ。

 

 そして、Tさんお気に入りのサイト――心霊スポットが載っている会員制Webサイトを利用して、”とある女性”に会いに行くことにしたそうだ。

 そう、それがタイトルにもなっている、【赤いワンピースの女】である。

 

 

 幽霊の名前はヨウコという。真っ赤なワンピースとピンが折れたハイヒールを着ていて、不自然に泥や葉っぱまみれなのですぐに分かるそうだ。

 

 その”ヨウコさん”とやらは森で山菜を取ろうとして迷子になって死んだ都会の女性の霊だとか、DV彼氏だかDV夫に刺殺された幽霊だとか、交通事故で死んだ女性だとか、けっこう適当なことをそのWebサイトでは言われていた。

 

 

 Tさんが子供の頃に、あの大きな墓地が横にあってお爺さんの念仏が聞こえたトンネルの、すぐ反対側のトンネルの横にある公園と山の間に出てくるそうだ。


 まずヨウコさんは、こちらに気がつくと、おいでおいでと手を振ってくる。そして「私が見える?」と尋ねてくるそうだ。

 

 なにか回答すると取り憑かれると噂だった。また、彼女は返事をさせようと必死に色々な恐ろしいことをしてくるそうだ。悪魔憑きのように唸ったり、首をぐるんぐるん360度回してみたり、血を吐き出したり、泣き出したり、情に訴えかけたりするという噂だった。

 

 返事をしたら、取り憑かれて、最後には死んでしまう……そういう噂だった。

 

 

 だからTさんは当初、見るだけ見たら、すぐさまダッシュで逃げようと思っていた。

 

……が、しかし。目の前に現れた、よく見ると足元に影がない、ワンピースを律儀なことに裏返しで反対向きに着た彼女は、たしかに泥や木の葉をかぶって薄汚れてはいるものの、ものすごくTさんの好みの顔をしていたという。

 

 

●  ●  ●  ●  ●



「ねぇ、あなた、見えてるでしょ。みえてるんでしょ。私がみえてるでしょ。ねぇねえねえぇねえぇえ、私が」

「あの、ご趣味は?」

「…………。…………。…………。……え……?」

「というか名前は?」

「…………」

 しばらく無言が続いた。

 幽霊相手に何をしてるんだとTさんの友人Aが居たら間違いなく止めただろうとTさんは語る。悪ふざけは大概にしろ! と筋肉質なスポーツマンの友人Bが居たら、彼も間違いなくTさんを止めただろうと言う。でも当時、Tさんは一人だった。

 

 僕のこの胸の激しい鼓動が示しているのは、恐怖なんかじゃなくて、間違いない。……一目惚れだ。そう、Tさんは確信したという。



「……な、なに。なんで? なんで? なんで? なんで……」

 幽霊が、不安そうに後ろに下がる。

 なぜ怖がらないのだ、と言いたげな彼女の怯えた瞳は、不信感でいっぱいの顔は、最高に可愛いとTさんはますます胸が高鳴るのを感じたという。

 

「応えて下さい。名前は? 年齢は? 出身校は? ご趣味は? 最近ハマってることは? 好きだったTV番組は? 好きな動物は? 血液型は?」


 普段ならそんな質問の仕方はしないのだが、なぜかその時ばかりは衝動を抑えきれずにTさんはそう矢継やつぎ早に質問していた。彼女が後ずさりをした。まるで初対面の人間を警戒した猫のようだとTさんは感じた。

 

「あ……うああ……うあ……」

「どうして亡くなったんですか? あとワンピース裏返しですよ。あとで直したほうが良いと思います」

「……うあ……ぐああ……」

「でも赤色似合いますね! 春っていうよりは夏の幽霊って感じですけど、髪型も幽霊らしい髪型なのに、お顔立ちが華やかだから、あんまり怖くないですね! あ、すみません、口説いている訳じゃないんですけど」

「……ぐ、うう……う……」

「あの、僕は返事をしちゃったんで僕に取り憑いたりするんですかね?」

「…………。……あ……あ……あ……」

「実家は広いけど、千葉のアパートは狭苦しいけど大丈夫ですか? ていうか男と二人暮らしって大丈夫ですか? あ、もちろん僕は紳士なので何も変なことは」

「…………。ぁぁぁぁぁあ!」

 幽霊の女性は走って逃げた。

 Tさんは追いかけた。

 けれど彼女は消えてしまった。

 

 

●  ●  ●  ●  ●

 

 

「いやぁ、僕もどうかしてたんですよ」と言って、Tさんは快活に笑う。

 その姿からは、彼が重度のオカルト好きだという事や、おそらく間違いなく幽霊の女性に、一目ぼれして口説こうとしていた事は、けっして推理することはできないだろう。


 どこからどう見ても健康そうな男性だ。嘘をついているようにも見えず、また、素直そうな表情をしている。もちろん、こちらをからかっている可能性が無い訳ではないが……。



「いやぁ、でも、今だったら、あんな言い方はしなかったなぁ……」


 それから、彼女を見かけた人は居なくなってしまい、あのトンネルの怪談も無くなってしまったそうだ。目撃情報はゼロになってしまったらしい。

 

 けれど。


「今なら、もっと回数を重ねてから、顔なじみになった所で口説くんですけどね」


 それだけが大きな後悔だという。

 Tさんは、彼女を今でも探しているそうだ。

 その幽霊の女よりも、人間のこの男のほうが恐ろしいと思ってしまうのは、私だけだろうか……。

 

(完)

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