第23話 流行病① 狙われた少女の母

 俺はアンと共にフクジュソウを探している。


 ノエルやジェラルド達は先にアンの住む村、ククル村に行ってもらった。アンが俺以外に懐いていないのもあるが、毒草を薬だと偽る理由を調査してもらう為に。


「お兄ちゃん、これかな?」


「うーん、似てるけどちょっと違うかな」


 本物を持っていく必要もないが、もしかしたら本当に薬にする方法があるのかもしれない。僅かな期待を込めて俺はフクジュソウを探している。


「あ、きっとこれだよ」


「やった! これでお母さんの病気治るね!」


「そうだね。あ、待って」


 アンがフクジュソウを摘もうとしたので制止した。


「大事なお薬だから、この布に包んで持って帰ろう。俺が持っとくね」


 万が一、アンの口にでも入ってしまえば大変だ。そう思って大事にポケットに閉まった。


◇◇◇◇


 ククル村に到着すると、ノエルとエドワードが待っていた。


「お兄様、見つかりましたか?」


「うん、あったよ。で、何か分かった?」


 エドワードがチラリと俺の腕の中に収まっているアンを見たので、少し声のトーンを落として言った。


「大丈夫。今寝てるから」


「そっか。流行り病の原因は分かってないんだけど、フクジュソウが治療薬になるなんて誰も聞いたことがないって」


「だよね……ところで、ジェラルドとリアムは?」


「村長のところに流行り病について聞きに行ってるよ。先に宿はとってるから、そこで落ち合うようになってる」


「了解」


 話がひと段落した頃に、ちょうどアンが起きたようだ。


「んん……着いたの?」


「ごめんね。起こしちゃったね」


 アンをヨイショと抱っこし直しながらノエルとエドワードに言った。


「俺、少しアンのお母さんの様子見てくるよ。二人は先に宿に行ってて」


「分かりましたわ。あ、お兄様、宿の前にギルドに寄って下さいますか? 冒険者は村に入ったらギルドに申請が必要みたいなのですわ」


「うん。分かった」


 俺は再びノエルとエドワードと別れ、アンの家に向かった——。


◇◇◇◇


 暫くアンと歩いて感じたことがある。


「人が少ないね」


 初めに行ったポポロ村は、どこを歩いても人で賑わっていたのに対し、このククル村はチラホラとしか人が見えない。


「うん。みんな病気になっちゃって……でも、お薬見つかったから治るよね!」


 アンが期待の眼差しを見せるのでニコリと笑って応えた。


「治るよ。アンが一生懸命探したんだもん」


「だよね! あ、うちここだよ」


 そこは家というより、小屋と呼んだ方が正しいのではないかと思うほどに小さな家だった。


 中に入るとアンの母はボロボロの布団に横たわっていた。顔はやつれ、青白かった。そんなアンの母が今にも切れてしまいそうなか細い声でアンの名前を呼んだ。


「アン……?」


「お母さん、お薬とって来たよ! これで良くなるよ! お兄ちゃん早く」


「うん……」


 アンに手を引かれながら、アンの母の枕元まで行って膝をついた。


 俺がフクジュソウを中々出さないからか、アンは不思議そうな顔で俺を見てきた。


「お兄ちゃん?」


「ごめんね。この薬はそのままじゃダメなんだ」


「え? すぐ治らないの? どうしたら良いの?」


「ちょっと待ってね。薬が出来上がるまでの応急処置しとくから」


 俺は両手をアンの母に向けて詠唱した。


「大地に宿る小さな命よ、我に力を、汝の病を癒せ、治癒ヒール


 白い光がアンの母を包み込んだ。続けてもう一つ詠唱した。


「大地に満ちたる生命の息吹よ、汝に精気を、再生リーフ


 次は青白い光がアンの母を包み込んだ。


 これは治癒と同様、対象を癒す効果もあるが、生命力や活気を取り戻す効果もある魔法だ。


 魔法同時掛けで効果倍増してくれたら良いなという淡い期待を込めたのだが、どうだろうか。


「お母さん……?」


 アンの母はゆっくりと起き上がって、その場に座った。


「アン。身体が動くよ。あたし、どうしたんだろう」


「お母さん!」


 アンは母に抱きついて、母もしっかりとアンを受け止めた。


「治ったの!? お兄ちゃんが治してくれたの!?」


 俺自身正直驚いている。完治していたら良いなと思ってアンの母をじっと見つめた。すると、困惑した顔でアンの母は応えた。


「さっきよりは動くけど、身体のあちこちが痺れて、立ち上がったりは難しそうだよ」


「そうですか……」


「そんな……お兄ちゃん、薬は? 薬はどのくらいで出来上がるの?」


 そうだ、フクジュソウが治療薬だと偽った人を見つけなければ。何の為に毒薬を治療薬と偽るのか……しかも、アンの母は俺が魔法をかけなければ今にも死にそうなのに。そんなに急いで殺す理由……殺す?


「えっと、聞きにくいのですが……命を狙われていたりしませんか?」


「いや、そんな覚えはないけど」


「そうですか。アンは誰からこれが薬になるって聞いたの?」


「知らないオジサン。私がお母さんの看病してたら家にやってきたの」


「家に……?」


 わざわざ家まで来て教えるということは、その男はアンの母が流行病にかかったことを知っている人物だ。


「お母さんが病気になったのを知ってるのは誰がいる?」


「近所の人はお母さんより先に病気になってたから、私が伝えたのは、お医者さんとお母さんの職場の人だよ」


「お母さん働いていたんですか?」


 アンの母は困った顔で頷いた。


「父親が早くに亡くなってね。あたしが一人でアンを育ててるんだよ」


「そうだったんですね」


「金属を加工する工場が最近出来てね、働き手を大量募集してたんだ。あたしも賃金が良いからと思ってこの間転職したところだったんだ」


 もしかして流行病と関係があるのだろうか。そうだとすれば……。


「あの、もし誰か訪ねてきても、今まで通り寝たきりで喋らないでもらえますか? 親しい人でも絶対に」

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