終わらない計画衝動的遺体無き殺人事件

ろくろわ

男は殺されなければならない

「やっぱり私には出来ません」


 日当たりの良い南向きのワンルーム。広さ六畳程の部屋に後悔する声が漏れる程、私は追い詰められていた。そんな私に詰め寄る赤崎あかさき 一平いっぺいは、声を荒げる事無く、淡々とした口調で、繰り返し私に行動しろと静かに、だけど力強く告げる。


三咲みさきさん。いい加減、その男を殺してください。貴方が決めたことでしょう?」

「赤崎君。確かにそうなんだけど。だけど彼には愛着も出てきたしやっぱり殺さなくても」

「駄目ですよ。その男を殺さないと計画が先に進みません。それにもう時間がありません」


 淡々とした赤崎君の言葉遣いには、私に彼を殺させる強い意思を感じ、私は促されるまま机の上に転がされている彼を見た。

 確かに彼は都合が良く、嫌な男だった。甘い言葉で沢山の人をたぶらかし、不幸の底へと突き落としていった。だけど長い間付き合ってきた私には彼の良い所も沢山知っている。

 身動き一つ取れない彼は、視線だけで生きたいと訴えているような気がした。


 私はもう一度赤崎君を見たが、もう何も言ってはくれなかった。そしてそれが赤崎君の答えだと分かった。


 そっかぁ。

 やっぱり殺さなきゃ駄目かぁ。

 それならちゃんとしなきゃ。


 私は机の上の彼と向き合った。なるべく苦しませないようにとか、そんな事はしない。

 まな板の上の鯉のような彼に切り口を作り、私はスゥーとそこから大きく深く広げていった。

 全く酷いものだ。あんだけ出来ないと思っていたのに、いざ作業を始めるとやっぱり捗るものだ。時間を忘れ彼の最期を盛り上げていく私はサディスティックなのかもしれない。或いはそれで喜ぶマゾヒスティックの両方なのかもしれない。


 どのくらいの時間をかけたのだろうか。すっかり辺りが暗くなり始めた頃に、私はようやく作業を終えた。


「お疲れ様です。三咲さん、後は私の方でしておきますので水でも飲んで少し休んでください。それとニヤケ過ぎですよ」


 赤崎君に言われて、私は初めて飲まずに作業していたこと。そして自分がニヤケている事に気がついた。


「赤崎君、私は少し家に帰りますので宜しくお願いします」

「分かりました。あっ、三咲さん。一つ良いですか?毎度の事ですが、この事は誰にも話さないでくださいよ?」

「分かっています。それでは赤崎君。後はお願いします」


 私は赤崎君に後の事を任せると、汚れた部屋から外に出た。

 すっかり日が落ち、辺りを暗い光が照らす夜は、まだ興奮冷めやらぬ私の火照った身体をゆっくりと現実へと戻していった。


 それから数日して新聞の隅には、彼が殺された事が小さく連載されていた。



 ◆


 酷い喉の乾きで目が覚めた。

 今日は赤崎君が家に来る日だった。

 あの新聞を見た日から更に数日が過ぎ、私は彼を殺してしまった事への後悔に苛まれていた。

 彼を殺すことは最初から決まっていた。殺さなければ矛盾が生じてしまう。だから念入りに計画し後は進めるだけだった。だけど、いざ彼を殺し終わりが見えた時、私に残ったのは消失感だけだった。そんなモヤッとしている私のところに赤崎君が訪ねてきた。


「三咲さん、前回はお見事でした。長年の計画が見事果たされましたね。今日は最後のお仕事です」


 赤崎君の表情は晴れ晴れとしていた。


「赤崎君。実はその事なんだけど」

「どうしたんですか?」

「やっぱり、彼を殺してしまったことを後悔しているの」

「何を言っているんですか?三咲さんが決めたことじゃないですか。それにあの酷い男が死んでようやく終わるのですよ?」

「そうなんだけど、でも彼が実は酷い男じゃなかったら?もし実は彼に騙された人たちの方が悪かったり、彼のして来た事が良いことに繋がるとしたら?彼に対する皆の印象も変わるんじゃないかしら」

「確かにそうかもしれません。しかしもう手遅れです。彼は先週殺してしまったじゃないですか?」

「そう。確かに殺してしまった。だけどこうしたらどうかしら?」


 私は赤崎君にあの後に書いた彼が実は殺されておらず、更に実は善人だったという話の続きを見せた。

 赤崎君は私が渡した原稿を読み込むと静かに目を閉じた。


「確かにこれなら、先週の彼が殺された話の後でも矛盾が無く生きていて、しかも今までに無い新たな展開に読者を引き込むことが出来るでしょう。だけど」

「えぇ、分かってます。それでもこの話を完結させるためには彼を殺す必要があります」

「その通りです。『いつも新聞』で連載している三咲さんの小説は彼が死ぬことで完結するようになっています。今回のように衝動的に彼を生き返らせても、いずれはまた殺さなければならない」

「それでも!」


 赤崎君は少し悩んだようだったが「分かった」と一言答えると、私から新たな原稿を受け取り本社へと帰っていった。


 次の『いつも新聞』の三咲の小説で、実は男は死んでおらず、更に実は善人であったとの衝撃的な展開に読者は食い付き、講読者が増えた。更に度々殺されそうになる男が、中々死なないと言う展開を楽しむ人が増えるのは、もう少し後の話である。




 了

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