第47話 その後の二人<婚姻申込の行方>
ニキアスの応接室にアイラとトウ国の使者が二人やってきた。
アイラがルーカスの姿を見つけ、すぐに寄って来ようとしたところでニキアスから待ったがかかる。
「アイラ王女、まずはそちらにお掛けください」
出端を挫かれた形になったが、アイラとしても今日の本題が自国から送られている婚姻申込書の件だとわかっているからか大人しく椅子に腰掛けた。
「王女もおわかりのことかと思いますが、今日この場を設けたのは他でもない、トウ国から届きましたこちらの婚姻申込書の件でお話があったからです」
ニキアスの言葉にアイラが若干身を乗り出す。
「もったいぶっても仕方のないことですので端的に申し上げますが、この申込みをお受けすることはできません」
「…なっ!」
本人にとっては予想外だったのか、アイラの柳眉が吊り上がった。
「なぜですか!?」
「逆にお伺いしますが、なぜ我々がこの婚姻を受け入れると思えるのでしょう?」
「それはもちろん、私と結婚すればルーカス公にとっても利があるからです」
「利ですか?」
「そうです。トウ国からは王女の降嫁としてさまざまな支援が見込めますし、ロゴス国の公爵家としては子の数の問題に対して対策をとっていることを示せるでしょう?」
アイラが言葉を言い募れば募るほど、ルーカスは腹の中に言い知れない不快な思いが溜まるのを感じる。
「ルーカス公はトウ国からの支援を求めていません。また、ロゴス国の公爵家の問題は他国民であるアイラ王女とは関係の無い問題です」
ニキアスが淡々と告げる言葉にアイラは納得できない顔をする。
そもそも、もし本当に婚姻の申込みを受けるのであればそれは国同士の契約となり、ニキアスの応接室ではなく国王同席の下謁見室で話すべきことだ。
この部屋に呼ばれた時点で結論はわかりそうなものだが、なぜ理解できないのか。
今回婚姻を断るに当たってルーカスは自らの言葉で告げるつもりだった。
しかしそれではさらに事を荒立てかねないということで、結果としてニキアスがアイラに伝えている。
それは賢明な判断だったのかもしれない。
アイラの様子を見る限り、ルーカスから断っていたら大人しく話を聞いてくれなかったかもしれないからだ。
「ニキアス殿下とお話ししていても埒が明きませんわ」
しかしアイラはそれで引っ込むような性格ではなかった。
「ルーカス公、婚姻のお断りというのはニキアス殿下の独断ではないのですか?」
この後に及んでそんな発想が出てくるアイラはルーカスにとって本当に理解に苦しむ相手だ。
「アイラ王女。正式な婚姻申込に対してニキアス殿下はそんないい加減なことはなさいません。殿下からきちんと話を伺った上で私がお断りさせていただきました」
「私からの申し入れを断るなんて納得できませんわ」
強情なアイラの様子に、ルーカスは大きなため息をついた。
「アイラ王女、以前より何度も申し上げておりますが、私は妻を愛しております。妻以外の女性を愛することはありませんし、もちろん娶る気もありません」
「…っ」
ルーカスの言葉はアイラにとって受け入れ難い言葉だったのだろう。
悔しげに唇を噛み締め、それでもアイラは続けた。
「では子どもの問題はどうなさるおつもりですか?今のままでは問題は解決しませんし、ロゴス国内の他の令嬢を娶るくらいなら王女である私の方が良いでしょう?」
がんぜない子どものように言い募るアイラはルーカスの逆鱗を踏みまくる。
「それ以上お言葉を続けないことをお勧めします。もし妻との間に今以上に子どもが生まれなかった場合、血縁より養子を取る予定でおりますのでご心配には及びません」
「養子?」
「そうです。王女が問題とされている公爵家の子どもについてですが、血縁であれば直系の子でなくても問題はないのです。幸い我が公爵家には血の繋がりを持つ子が他にもおりますので、万が一私と妻の間に子どもが増えなかったとしても、わたしが妻以外の女性を迎え入れる必要はありません」
ルーカスは自分の要求を通すことばかりを言い続けるアイラに対して、好意を持つどころか逆の感情を抱きそうだと思う。
この性格がトウ国でなぜ問題視されなかったのか。
他国に出して両国間の軋轢を生むと思わなかったのかが甚だ疑問だった。
もしくは、王女は自国ではまともなのだろうか。
いずれにせよ、ルーカスの気持ちは最初から微塵も変わらない。
自身の心はすべてアリシアに捧げている。
そして親としての情はクラトスに。
さらにはこれから産まれてくるであろう愛しい我が子にも愛情を注ぎたい。
そのためにも雑音は排除しておかなければ。
だから、たとえ相手が他国の王女であったとしても容赦はしない。
「このことについて申し上げるのはこれで最後です。あなたとの結婚はありえない。お断りいたします」
ルーカスの言葉が、応接室内に響いた。
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