第2話 教授ちゃん

 ロアはイヴにとても興味があった。

 

 ロアは歴史学者であり、自身の師匠が隻腕の剣姫の手記を見つけた有名な学者であるため、ロアもまたイヴについて調べていた。


「なんなのですか、あなた」


 いつものようにイヴをストーキングしているエイフィとそれに加わるロア。


「歴史的な人物ですから観察するのは当たり前です」


 そう言われても何のこっちゃと思うエイフィ。


 それに観察とはいうが、ロアの顔には眼が無いからそんなことできるのかとエイフィは思ったが、これほど正確に体を動かせて、ここまで生き残ってこれたのだから、何かしらで見えてるのだろう。


「うう、これが学会に発表できないのがとても悔しいです」


 涙をこぼし悔しそうにするロアに、エイフィはなんて変な人なんだと思った。


「それで、貴卿は何用です?」


「幼い顔と体なのに丁寧な言い回ししてるのがチグハグすぎじゃないですか?」


 エイフィがそうツッコミをすると、ロアは無い胸を張って、“これでも飛び級ですから”と言った。


「まあ私はイヴ様のおそば、とはいかずとも近くにいるのが使命なので」


 エイフィの言う通りイヴは見張ってないと寝ることも食事を摂ることも無いので、こうしてエイフィが付きっきりで監視しているのである。


 そんな事情を知らないロアは、


「……変な人なんですね」


 心酔しているかのようなエイフィに若干引きながら言った。




「それにしても人間とはあのような動きができる物なのですね。ロアも格闘術を嗜んでおりましたが……あれはあまりに人間を辞めてます」


 ロアは訓練場で剣を振るうイヴを見てそう言った。


 片手という圧倒的なハンデを背負って、それでもなお、剣の通に進んだのが見て取れる。

 

 復讐で国を崩壊させたという肩書きの方が、隻腕の剣姫というイメージは強いが、剣士としての面ももう少し見て学ぶべきだったと、学者としての矜持もあり後悔した。


「それにしても万年筆が欲しいですね、筆もいいのですがやはり、外では中々に扱いづらい」


「まんねんしつ、ですか?」


 ロアがイヴの行動をいつでもどこでもメモ書きしたいと思ってそのようなことを口にすると、エイフィは知らない単語に首を傾げた。


「ああ、万年筆というのはとても便利な金属などでできた筆です。中にインクが入っていて紙に簡単に書けるんですよ」


「そんなものが未来ではあるのですね……」


「ですです」


 そうしてロアがツァディーに頼んでプレゼントしてもらうのは、また後の話。


「そういえば貴卿の名前を聞いてませんでした。ロアはロアと申します。こんな見た目ではありますが学院で歴史学の教授をしてました」


「エイフィです。今はもう信仰していませんが、第一宗教の枢機卿と異端審問官をやっておりました」


 そう挨拶する二人。


 なんとも個性的である。


「あ、もしかして、宗教崩落の時代のエイフィ=コーラン卿ですか?」


「……はい。よく知っておられますね」


「これでも歴史学者ですから」






◆◇






 ロアには恋人がいました。


 所謂許婚というやつで、相手の方は大企業の御曹司でとても誠実な方でした。


 それに、自分の仕事に専念しても許してくれました。


 本当に素敵な人だったんです。


 ただ、本性を知った時にはもう何もかも遅かったんだなと、昇級のクエストを通して知りました。



 あの人には眼球の収集癖があって、ロア以外にも沢山の恋人がいたそうです。


 その人たちは全員行方不明になっていて、どう言うわけかそれを記事にしようとした記者も姿を消して、業界ではタブーになっていました。


 ロアはそんなことも知らず、幼かったために初夜の相手にもならなかったため、好きなようにできたのですが……


 そんな生活を送っていると、彼に呼び出されたんです。


 何だろうと思いながら行ってみると、そこで意識は途切れていて、身を覚ました時にはロアの両目はどこにもありせんでした。


 それからは監禁されながら、真っ暗闇の世界で何もできない日々を怯えながら過ごして、目がないから感覚は冴えるばかり。


 隣の牢屋に監禁されている女性の悲鳴。


 目がない分、余計に聞こえるんです。


 しかし、パタリとその悲鳴はやんで、静寂な世界になりました。


 その理由がロアが殺される直前になって分かりました。


 殺処分です。


 ロアが監禁されている間食べていたドロドロの生臭い肉は、ここに監禁されていた人のものでした。


 

 ここに来てから、昇級試験のクエストでその全貌を知ってしまいました。


 ロアの身体もまた、名前も知らない監禁されていた少女のご飯になっていたようです。



 美味しかったならば幸いです。


 お父さんとお母さんも、元気にやっていればいいのですが……


______

____

__



 どこか壊れている。


 エイフィはロアと喋ってそんなことを感じた。


 薄氷のような空気感と、容姿に見合わない口調。


 そもそもとして、ここに来る人たちはどこか一部が壊れていて……



 戦争を生きたイヴは憎悪に


 何者にもなれなかったサーニャは失意に


 力を欲したアルデンは渇望に


 母に憧れたアリアは無垢に


 最愛の娘を失ったイスラは自責に


 主人を守れなかったジャンヌは求心に


 師の教えを継いだアーロンは慈善に


 何かに縋らないといけないエイフィは信仰に


 他者に心を破壊されたロアは空虚に




 死んでも生きる彼女たちは、どこか壊れて歪んだ指針を持っている。


 それでも生きようとする彼女たちを超人と呼ぶのか、はたまた……


 だからこそ愚者と呼ぶのかはさておき。


 奇人や変人の類であることに違いはない。

 

 とはいえ相違点があるとすれば、自覚してなお、止められないのか、自覚していないのか。


 エイフィは自分が前者であることを知っているし、ロアは後者で、あれは本当に心が壊れてるのだと理解できた。


 まあ、自覚しない方が幸せなのかもしれない。

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