第13話 追憶

 表層二十階。


 遊里は、いつものメンバーで攻略を進めようと思っていたが、今回は一人ずつしか入れない階層らしい。


「これ、どうするのが正解なんだろ……」


 とりあえずクエストを確認するために一人送ろうと考えたのだが……


「え、十九階クリアしてないとこの階層入れないんだ……」


 前の階層までは、例えその愚者アレフが攻略していなくても誰かがその階層を攻略していれば入れる使用だった。


 しかしそれが封じられた今、まだ育っていない弱い愚者アレフを犠牲にしてクエストを確認できない。


「まじか、対策打てないから初見でクリアするしかないじゃんか……」


 とはいえ、結構レベルも上がって育っているからいけなくはないのかな。


「表層二十階の適正レベルは四十、うん……大丈夫なはず」


 覚悟を決めて、優里はイヴを送り出した。



【その愚者アレフが思う、最も強い相手と決闘します】


「え、これ…大丈夫なのかな」


 最も強いって曖昧すぎて誰が、何が現れるのかすら把握できない。


 イヴの前に、軍服を着た長身の男性が現れた。


 それが一体誰なのかすら遊里には見当もつかなかった。










「はは、マジかよ……性格悪いなぁ」


 表層二十階のクエストはイヴが思う一番強い人物との対峙。


 そこに現れたのは、イヴが最も慕っていた存在。


「師匠……」


「や、久しぶりだねイヴ」


 その仕草、雰囲気、声音、どれをとっても師匠にしか見えなかった。


「じゃあ、いつも通り、稽古しようか」


 懐かしいな。


「分かりました」


 普段とは違い丁寧に返答するイヴ。


 そうして二人は互いに、静かに雅に、剣を構える。


 語ることはない。


 これでいい。


 二人の呼吸が合わさり、剣閃が交差する。


 それは絶えず繰り広げられ、剣の軌道が無数に彩られていき、果てには一つの絵画のように、夢のように移り変わっていく。



 嗚呼、相変わらずお強い。


 そうイヴは心の中でそう思った。


 一瞬の澱みもなく、隙もなく、ただただ目の前には避けることすら敵わない無尽の剣閃が自分を追い詰めてくる。


 師匠と対峙する時程に片腕しかないことを呪ったことはない。


 自分にもう一つの腕があれば、良かった。


 そうイヴが思った瞬間幻肢痛に駆られる。


 それでも、この身体が止まることはない。


「イヴは苦しそうなのに、なんだか嬉しそうだね…」


 師匠が剣を繰り広げながら、そう言ってきた。



「そうですか?」


 よく分からないが、師匠が言うのならそうなのだろう。



 談笑をする二人。


 しかし、そこで繰り広げられているのは人地の及ばない剣の戦場。


「本当に、よく片腕だけで防げるね」


 その言葉と共に、更にこの攻防は加速する。


 呼吸すら挟む隙がない。


 この世界に来て、弱い奴としか戦ってこなかったから腕が鈍ったか……?


「相変わらず、微かに乱れた所をつくのが上手いねイヴは」


 響き渡る金属音。


 この空間全てが二人の色に染まっていく。


______

____

__


「もっとイヴとは、会話したいけど、ちょっと、苦しくなってきたかな……」


「微塵もそのように感じませんよ」


「はは、そっか」


 楽しい。


 この駆け引きが、たまらず愛おしい。


 できることならば一生この時間が続けば良いのにと、本気で思うほどには……


 でも……


「終盤に入りましょうか、師匠」


「……そうだね」


 汗が頬から顎へと伝い、落ちる。


 その光景が無限に感じるほどにはゆったりとした時間が流れだす。


 思い出してきた。


 自分の命を賭けた戦いと言うものを。


 イヴが段々と昔の感覚を思い出し始める。


 そうして、初めは拮抗していた状況が傾いていた。


 師匠の表情が苦悶に歪む。


 それからは、無言。


 ただひたすらに剣が重なり合う音だけがこだまする。


 滴る汗と、いつのまにか流れていた涙で、視界も見えなくなってきたけれど、イヴには師匠が何処にいて、何をしようとしているのか分かっていた。


「あは」


 乾いた笑い声を出すイヴ。



 剣は、縦横無尽に、どこまでも……


 そうして始発点から終着点へ移り変わっていく。


「嗚呼」


 もう、この戦いも終わりなのか、と……


 その名残惜しさは計り知れないものだった。


 寂しい。


 イヴは、そう思った。


 誰も、誰もいない。


 自分は孤独なのだ。


 それが堪らなく寂しくて、それが自分に課せられた運命なのだと、呪ってしまう。



「まだだよ!」


 しかし、この戦いが終局するその瞬間。

 師匠の声が、耳に響いた。


 そして、自分の掌に凄まじい衝撃が伝わった。






 終われない。


 このままでは、イヴがまた一人になってしまう。


 それだけは、絶対に避けたい。


 独りにさせないって、イヴの師匠として、最期にそれを伝えたい。


「し、しょう……?」


 師匠、ミハイル=サタナエラは己の片腕を切り落とし、イヴと対峙した。


「さあ!やろうか!」


 たった一人の家族なのだ。


 血は繋がっていないが、最愛の娘なのだ。


 それをイヴに、伝えなくちゃいけない。


 だから、ミハイルは彼女の境遇に立つために、寄り添うため、己の左腕を自ら切り飛ばした。



 世界で誰よりも温かいその決意に、イヴは何とも言えないものを感じとって……


「はい!」


 そう応えた。



 

 たった一人のための物語に愛を紡ぐために……


 剣で詠うのだ。


______

____

__



「もう、最後だね」


「そう、ですね……」


 阿吽の呼吸。


 何の打ち合わせもなく、美しく合わさり続ける剣舞の如き二人の戦い。


「最期に、師匠らしいことを、しよっか」


「師匠はいつも師匠でしたよ」


「はは、そっかあ、嬉しいことを言ってくれるねイヴは」


 柔らかい笑顔を浮かべながら、傷だらけで片腕という慣れない状況のはずなのに、凄まじい攻撃を放つ師匠。


 途轍もない精神と技量。


「いくよ」


 その声がした刹那、師匠が消え、見えない一つの剣閃が飛来した。


「……っ!」


 はは、これは……


 なんて凄まじい……


 攻撃されたことにすら気が付かず、辛うじて避けたとはいえ耳が斬り飛ばされていた。


 理解不能、当時世界最強の軍人と言われた、ミハイル=サタナエラの全力。


 イヴは、その攻撃を機に、立ち尽くしてしまった。


 しかし、師匠から攻撃されることは無く、気がつけば……


「やっぱ、イヴは、すごいなぁ」


 息絶え絶えの師匠はそう言ってパタリとその場に倒れた。


「イヴも、これを身に、つけてたら更に、強く、なれるんじゃ、ないかなぁ」


 師匠の心臓の鼓動が、こちらにも聞こえてくるくらいには、響いてくる。


 この人は、なんでこんなにも自分に道を示してくれるのだろう。


 自分を、独りにはしてくれない。


 自分は、愛されてた。


 そう思うイヴだった。



 そうしてその場に倒れた師匠は荒い息を整えて、昔話を語った。


「僕は、孤児を過去にたくさん殺してきたんだよ、上の命令でね、それはもう罪悪感を抱えていたんだよ」


「師匠が……?」


 初めて知った。


「まあ、簡単に言っちゃうと償いだね」


 あっけらかんとそう言う師匠。


 そんな過去があったからイヴを拾って養子にした。


「でもね、僕は、どこまでいっても君の師匠で君の親だ」


 だから……


「愛してるよ、イヴ」


 その言葉を聞いたイヴは、何故か涙をぽろぽろと流していた。


 なんで泣いているのか、自分でもわからなかった。


「こっちにおいで、イヴ」


 倒れていた師匠が、上半身を上げてそう言う。


 イヴは言われるがままに、師匠のすぐ側まで近寄って……


「ほんと……イヴはあたたかいね」


 片腕で力強くイヴを抱きよせてから、優しく頭を撫でる。


 それが、なんとも心地よくて、それなのになんで、涙が溢れるんだろ……



「じゃあ、そろそろ僕は行くね」


「はい、師匠も、お達者で……」




 そうして、表層二十階は終わった。

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