隻腕の剣姫 〜TS剣士はゲームの世界で苦悩する〜

海ねこ(アメウツツ)

序章

第1話 手記

俺は、自分の物語を間違えた。


まあ後悔はそこまでしてないと思う。


それにしても一度目も、二度目の人生も、死ぬには短すぎると神にでも悪態を吐いてみる。


ほんと……


なんでこうなったんだっけ……


前世は高校生一年生の時癌で死んだ。


今世もまた、今まさに十六歳の少女を処刑しようと観客は大盛況。


そんなに俺が憎いのだろうか。

見たところ関係すらしてない奴らが大勢いる。


奴らには俺が悪魔にでも見えているのだろうか。


しかし、こうして見ると人って醜いな。


人の死が、不幸が、彼らにはそんなに面白いらしい。

彼らに俺の手記でもプレゼントしたらそれはもう喜ぶんじゃないか?


醜悪地獄と称せるほどには胸糞な俺の人生を書き綴った手記。

お前らが大好きな不幸話を殴り書きしているから、見つけたら感想でも聞かせてほしい。


はあ、


俺が残虐な悪魔だというのなら、他人の不幸を望む彼らは一体何者なんだろう。


「懺悔しろ!」


観衆の一人が身を乗り出し俺に言った。


懺悔ねえ……

生憎、眉唾の神とやらを信じて謝るほどの殊勝な心は持ち合わせてない。


中指を突き立ててやるが、この世界では誰もこの意味を知らないだろうし意味ないか。


そんなことを考えていると目隠しをされ、首を下に押し付けられる。


「何か言い残すことは?」


処刑人というわりには、殺伐とした雰囲気は感じられない。


「何もない」


これで漸くこの世界エスタからおさらばかあ。

ほんと短いようで……うん、短かったな。



少女は最期まで悲鳴すらあげず、ただただ沈黙したまま斬首された。


今までの処刑では死刑囚が命乞いをして泣き叫んだり、首を切り落とすまでに至らずもがき苦しんだりしていたからか、その少女の死に様に観衆は面を喰らった。


自分が見たかったものはこんなものではなかった……と、


それと同時に、僅か十六という歳であのようにして死んでいった彼女に対し畏怖の念を抱いた。


同じ人間とは思えない怪物。


大国アーケインの王族貴族悉ことごとくを殺した少女、イヴ・レナク=サタナエラ


後に【隻腕の剣姫】と呼ばれ、エスタ史上最強の剣士の一人と称される。


ただそんな彼女の最期はあまりにも呆気なく、されどとても印象に残る死に様だった。





「先生、ここに地下室があります!」


「本当か!?」


歴史学者一同は、調査のため今は荒地で誰も近寄らない300年前に滅んだレナクの村に来ていた。


「これは、凄い発見だぞ!」


地下に降りると机とその上には奇跡的に老朽化していない手記が一冊置いてあった。

歴史学者達は手袋を着け慎重に手記を手に取り中身を確認した。


「……」


その手記は内容から鑑みるに恐らく、今まで謎に満ちていた隻腕の剣姫イヴ・レナク=サタナエラの歩んできた物語の詳細だろう。


イヴ・レナク=サタナエラは旧アーケイン国の王族貴族を単身で滅ぼしたとしか分かっていない謎多き人物。


レナクの村の文献も皆無だったため、手探りで探して数十年余り、漸く彼らはたどり着いたのだ。


その大発見は喜んで然るべきもの。

それなのに、彼ら一同は沈黙した。


その胸糞な内容に、途方もないやるせなさがあった。




◆◇______


誰かがこれを手に取ることを願ってここに自分の生涯を書き記す。


これはイヴという人間の物語モノローグ

少し長くなるが、付き合ってくれると幸いだ。



自分は戦争孤児だった。


親が殺され、俺は途方に暮れた。


スラム街で過ごす毎日。

木の皮を食べたり残飯をあさったり、雨の水を溜めたりして命を繋いできた。


本当に、猛烈な飢え渇きを感じて過ごしてきた。

それが確か三歳から六歳くらいだったかな。


栄養不足と病に伏して、今でも思うが、よく死なずに生き残れたと思う。


それからは孤児院に拾われ、レナクという村の村長の養子として引き取られた。


村の皆は陰鬱とした雰囲気を纏っていた。

作物は全く取れず、畑で取れたものの殆どが徴収され手元に残ったのは一割にも見た無かった。


そんな状況で自分がきたのだから、養う相手が一人増えたと村の者たちは考えたのだろう。


道理も知らぬ孤児、それも六歳の小娘だ。

彼らに取っては何もできない御荷物に等しかった。


だからなのか、とても冷たく、俺に強く当たる村人が多く、石を投げられたこともあった。


しかし、自分を引き取った両親は優しかった。

俺はイヴという名前を貰った。

初めて自分の居場所ができたような気がした。


苦しい毎日だったけど、それでけで幸せだった。


農業や織物を手伝うようになって、その合間には自分の身を守るための剣術を独学でやっていた。


嗚呼、苦しい生活だったさ。


困窮絶えず、餓死する村も多い中、それでも俺たちは命を繋いできた。


しかし、運命の神様は俺たちを道連れしようと躍起になったのか、父を含む村の男全員、ついに国に徴兵された。


父が出発する時、俺を優しく撫でてくれた。


父がいない間、俺がなんとかするしかない。

しかし物資も無い、食料もない、金もない。


人手が足りなくなり作物の収穫も間に合わず枯れた実を地に落とすばかり。


神に呪えどそれが解消されることはない。


不作に募る今後の不安と、明日死ぬかもしれないという途轍もない重圧に耐えながら、それでも生きてきた。


生きていれば、なんとかなると、本当に思ってたから。


そんな甘い希望は、この世には無かった。


母は流行り病に罹った。

そして父が戦死したという一通の手紙が届いた。


生きればどうにかなるなどという理想との乖離が、俺の心身を蝕み憔悴に浸る。


でも、まだ母がいる。

その一心だけで、まだ足掻ける。


俺は自分の量の粥を減らして、気づかれないように母のお椀に多く入れた。


しかし、


俺も流行り病に罹った。


思うように動けない。

働かないと……


しかし、この幼い少女の身体は言うことを聞かなかった。


俺が治った頃には……


母が亡くなった。


俺は、俺は、

一体どうすれば……


何のために、生きればいいのか、分からない。


これがしがらみから解き放たれた自由というのならば、こんな辛いことはない。


まだ夢に、希望に、縋って、

誰かに、何かに、酔って、支配されてもらった方がマシだ。


だけど、ありもしない神や悪魔に祈るほど馬鹿じゃなかったから、自分の生きる道を自分で決めた。


この戦争で切り捨てられた被害者なんていう誰かが望んだ筋書き、ぐちゃぐちゃに頓挫させてやりたかった。


だからただひたすら現実的に、自分が生きる術を、理由を模索した。


だから俺は生きるためにこの身を、奴隷に落とした。


奴隷になった俺は、傭兵の性奴隷、肉壁、暴力の吐口として生きた。


来る日も来る日も欠くることなく殴られ蹴られる。


毒味をしたり魔法地雷が仕込まれていないか確認するために先行を歩かせられたりした。


そして勿論性奴隷として犯される毎日を過ごした。


それでも傭兵のご機嫌を取り、情報を探った。

酒を飲ませれば、奴らの口も緩くなる。


そうして得た情報は知らないものばかりだった。


まあこの世界のことを勉強する暇も機会もなかったから仕方ないとも言えるけれど……


自分が生まれたこの国はアナンと言うらしい。

そしてこの戦争を仕掛けてきたのは敵国アーケイン。

そしてこの傭兵たちはアナンに雇われた者たちで、もうすぐ敵貴族の領地を襲撃するとのこと。



好機だと思った。

貴族ともなればこの戦争にも関わっているだろう。


今は何よりも情報が欲しい。

こんな一介の傭兵が持っている情報なんてたかが知れている。


そうして作戦当日。

敵領地まで遠征に行く傭兵一向。


その際にはこの国の軍人も付き添いできたからか、傭兵たちから暴力を受けることはなかった。


そして、俺を残して貴族の屋敷まで馬鹿正直に突っ込んでいって傭兵団は自滅した。


ハナからあの傭兵達は囮だったということだ。

敵の規模や対応力をおおよそ測るには丁度いい駒だったのだろう。


そして俺は、軍に保護された。


俺は、あんな傭兵よりももっと上手く殺せると言った。

しかし彼らは冗談だと思ったらしい。

苦笑しながらそんなことを言う必要は無いと俺を諭す彼ら。


何より、殺す覚悟があるのかと問われた。


冗談じゃない。


冗談じゃ、ない……



魑魅魍魎を余すことなく処刑台に立たせるそれだけが俺の生きる理由だ。

覚悟なんて、とっくのとうに出来ている。


そうして俺は安全な所から抜け出して貴族にこう言った。

“アナン国の軍の情報を知ってる”と、


予想通り俺は捕まった。


その時に左腕を切り落とされた。

途轍もない痛みに悶える俺を牢屋に入れ、今度は騎士の性欲の吐口となった。


どうやら具合が相当良いと評判になったらしく、俺は貴族に呼び出された。


俺は演じた。

何処までも貴方に尽くします。と、


そうして信頼を得た俺は隙を探りアーケインとその周辺国がびっしりと書かれている地図を入手した。


大当たりだ。


これさえあれば、どこに向かえばいいのか目星がつく。


そうして夜、籠絡した貴族を殺した。


片腕しかない小娘だから警戒が薄れていたのだろう。


楽々と貴族の婦人も使用人も、俺の左腕を道楽で切り落とした貴族の娘も殺せた。


悲鳴がうるさくて粗相をする様は見るに耐えなかった。


やることも終えた所に俺を保護した軍人が此処の領地を占拠し始め、俺は貴族を殺した犯人として捕まった。


しかし、俺を咎めることはしなかった。


後になって分かったことだが、以前会った軍人が上部に進言したから俺はなんのお咎めも無く解放されたらしい。


俺はその人に剣を習った。


父や母みたいな、この世に数少ない良心を持った人だった。


俺はその人を師匠お父さんと呼ぶようになった。

それと同時にサタナエラという家名を貰った。


名前。

そんなもの誰かにとってはただの記号かもしれない。


それでも俺に取って名前は、この世界に生きる理由であり証だった。


この幸せもいずれ無くなるのは分かっているけど、それでも名前は残り続ける。


その日から俺はイヴ・レナク=サタナエラとして生きた。


翌る日も、俺は訓練に明け暮れ、敵を欺く術を、奪う術を、殺す術を、研ぎ続けた。


そうして一年の間で、師匠に剣術で勝てるようになった。


でも足りない。

これでは、あまりにも足りない。


敵は大国だ。


どうすれば、王族貴族を全て殺せるのか必死に考えた。


気づかれずに毒を盛る。

屋敷を焼いて、混乱に生じて殺す。

弓で遠距離から狙撃する。


貴族の家臣が反逆を企てていると噂を流して自滅を狙う。


そのためには何より敵の動向を常に知る必要があるが現実的では無い。


なんとかできないものかと考えた末に編み出したのが固有魔法と言われる属性を伴わない魔法、千里眼だった。

その頃俺は十四歳になっていた。


睡眠時間を削りに削り一週間に一度、一時間のみ眠る。

それ以外は研究に時間を割く。


そして、師匠が最前線に向かっている間にまずは内乱を誘う為の噂を流し、敵国貴族に不信感を募らせる。

そして騎士が警護する時間が増え疲労を蓄積させていく。


そうして絶好の機会を得て、俺はただの街の娘として巡回する騎士たちに飲み物を提供した。


何の疑いもなく騎士はそれを飲んだ。


すぐに首を貫き、死体をそこに放置した。


そうして、更に貴族は焦る。

不信感が最大値に達したのを確認すると、彼らは他領地の臣下を粛清し始めた。


理想的な展開だ。


そしてその粛清の結果、何の関連もしたいないと判明したらどうだろう。


混乱するだろうか。

嗚呼混乱するだろうさ。


そうして思考を悪循環に落とし憔悴しきった奴らを、暗殺するのは容易かった。


十数を超える貴族を同時に処分できた。


まさかこんな小娘が犯人とは思わないだろう。

俺はこの姿を最大限利用した。


次に俺は戦争の最前線である国境に向かい、警戒の目を掻い潜り食料物資を爆発させた。

わずかな兵糧攻めだが敵に矢を射り、足を怪我させ更に負担になってもらう。

こうして怪我人を量産させ、物資の減りを加速させる。


それに追撃するようにうちの国の軍隊が来た。


指揮をしている目標の貴族は案の定逃げていく。


逃げていく位置は監視魔法で把握済み。


僅か十数人の騎士を引き連れて逃げていったが

その程度の数では俺に取っては無いに等しかった。


野宿しているところを奇襲し騎士を皆殺しにしてから貴族を生かして俺は立ち去った。


その貴族を生かして返した方が、嫌がらせになると分かったから。


指揮も駄目。

愚痴ばかりを上司に吐く家臣から読み取るに信用されていないのだろう。


無能な敵は生かしておいた方がいい。

後々、足を引っ張るスパイスになるから。

一番嫌な展開は国に団結されることだったから、一枚岩にはさせない。


思う存分、無能さを披露して味方を掻き乱して欲しい。

俺という幻影に怯えて、狂ってくれると幸いだ。


そうして着々と貴族どもを殺し時には生かして掻き乱し戦況はアナンが優勢になった。


そのうちアーケインに勝利してその王族も裁かれるだろう。


俺の役目も、これでお終い。


それ以上やれば師匠に迷惑がかかる。

自分の手で殺せないのは残念だが、充分だ。


その時までは俺はそう思っていた。



しかし、


師匠が戦死したと聞かされ、遺書を渡された。

信じられなかった。

自分が知る中で、師匠は最も強い軍人だったから。


これで親を亡くしたのは五回目。


なんで……


分からない。


どうして……


これが因果応報というのなら、何故奴らは未だに生きている?


戦争を望み、他国を侵略した帝国主義の畜生どもは今なおのうのうと過ごしている。


だから……


戦争を始めた彼らのせいで生まれた俺という魔物悪意をどうか甘んじて受け入れて欲しい。


全ての責任と代償を払わせてやる。


そうして気がついた時には、俺はアーケインの王族や貴族、その騎士の悉く殺していた。


今思えば本当に呆気なかったと思う。

俺のような小娘一人に残された騎士団全てを壊滅させられ大国と呼ばれていたなんて、あまりにも滑稽だった。


小細工なんて、ハナからする必要は無かった。


そうして、戦争が終わりかの大国は今はもう見る影もなくなった。


しかし他国が介入してきて俺という手駒が欲しくなったのか“死にたくなければ従属せよ”なんて言われた。


ただ新たな戦争の道具にされるよりかは死んだ方がマシだと思ったから断った。


だから、最後の心残りを払拭する為に、今はもう見る影もない誰もいない廃墟の村レナクに赴いた。


あの時は出来なかった墓を建てて、俺は今まで起きた全貌をこうして書き記している。


俺は残虐非道な罪人として指名手配されているし、もう生きる理由も無くなったから捕まりにいく。


確実に処刑かな?


火炙りは勘弁して欲しいが。


嗚呼、それから……


机の中の更に奥に師匠の遺書が書かれてるはずだ。


俺は最期まで読むことができなかった。

何を書かれているのか怖かったから。


さて、


これにてイヴ・レナク=サタナエラの物語はお終い。

もうすぐ十六歳の誕生日。

処刑という幕引きで盛大に迎えようと思う。



なんというか、長々と語ったつもりだったが俺の人生はこの手記に収まるほどには、短かった。


後悔は、多分していないと思う。


全く持って不幸な人生だったが。






「救われないな」


「そう、ですね……」


手記を読み終えた彼らはやるせない気持ちになる。


「そういえば、この机の奥に、あった……」


手記の最後にあった、彼女の師匠の遺書。


【ねえイヴ。君には戦争とは関係なく幸せに生きて欲しい。

それと、短い関係だったから君はあまり分からないかもしれないけど僕はイヴを我が子のように愛してるよ】


そう書いてあった。


「………」


しかしイヴは幸せにはならず死んでいった。


本当に…

誰も救われない物語だ。

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