隻腕の剣姫 〜TS剣士はゲーム世界で苦悩する〜
海ねこ あめうつつ
序章
第1話 手記は語れり
「先生、ここに地下室があります!」
「本当か!?」
歴史学者一同は、隻腕の剣姫という伝承にはあるが本当に実在した人物かどうかは分からない人物の調査のため、微かな情報を頼りに今は荒地で誰も近寄らない300年前に滅んだレナクの村に来ていた。
そんな中、歴史学者の一人が土に被った地下室と思わしきものを見つけ、扉をそっと開けてから下に降りる。
「これは、凄い発見だぞ!」
地下に降りると小さな個室があり、机とその上には奇跡的に老朽化していない手記が一冊置いてあった。
歴史学者達は手袋を着け、慎重に手記を手に取り中身を確認した。
◆◇
誰かがこれを手に取ることを願ってここに自分の生涯を書き記す。
少し拙い文章になるが、付き合ってくれると幸いだ。
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当時は戦争真っ只中で、戦争孤児が続出した。
自分もその例に漏れず親が殺され、行き場のなくなった俺は途方に暮れ戦争孤児になった。
やっとのことで流れ着いた先は、スラム街で、木の皮を食べたり残飯をあさったり、雨の水を溜めたりして命を繋いだりした。
それが確か三歳から六歳くらいだったかな。
酷い栄養不足と病気に苛まれて、今でも思うがよく死なずに生き残れたと思う。
今日寝たら、もう眠りから覚めないんじゃないかと毎日思うくらいには辛くて、それでも死ぬのが怖かったし、何より何もできないまま死ぬのが心底嫌だった。
なんとか藁をかき集めて、そこに寝転ぶ。
虫が湧いて、口や耳の中に入ってくる。
最初は寝ることも困難だったけど、だいぶ慣れてくるこの頃。
今考えてみると適応力だけは人一倍あったと思う。
それからは俺の記憶が正確じゃないから確かなことは言えないけれど、孤児院のような場所に拾われて、それからレナクという村の村長の養子として引き取られた。
村の人々は陰鬱とした雰囲気を纏っていた。
作物は全く取れず、畑で取れたものの殆どが徴収され手元に残ったのは一割にも満たない苦しい生活を強いられているのだから仕方のないことなのかもしれない。
当時は何処も苦しくて、何故俺を養子にしたのか全く理解できなかった。
それから家族になって、俺はイヴという名前を貰った。
その前にも名前があったような記憶があるけど、ようやく自分の名前ができて、此処が自分の居場所なのだと理解した。
苦しい毎日だったけど農業を手伝って、織物をおって、このご時世、護身術として剣術を習っていた。
それでけで本当に幸せだったと今でも思う。
しかし、戦争が激化したことで父を含む村の男のほとんどが国に徴兵された。
だから父がいない間、俺がなんとかするしかない。
しかし物資も無い、食料もない、金もない。
そもそも文字も金を数えるほどの知識も無かったからとにかくがむしゃらで自分が出来ることをやった。
しかし人手が足りなくなり作物の収穫も間に合わず枯れた実を地に落とすばかり。
神に呪えどそれが解消されることはないし、不作に募る今後の不安と、明日死ぬかもしれないという途轍もない重圧に耐える毎日を送った。
それでも、頑張らなければ明日は無い。
生きていれば、なんとかなると、本当に思って、自分の時間全てを費やした。
だが、この世界はそんなに甘く無かった。
母が流行り病に罹り、それと同時に父が戦死したという一通の手紙が届く。
生きればどうにかなるなどという理想との乖離が、俺の心身を蝕み憔悴に浸る。
だけど、そんなことをしている暇は何処にも無くて……
俺は自分の量の粥を減らして、気づかれないように母のお椀に多く入れた。
村に流行病が流行して、知識のない俺は迷信めいた予防しかしてこなかったから、同じように病に罹った。
思うように動けない。
働かないと……
しかし、この幼い少女の身体は言うことを聞かなくて、俺が治った頃には母が亡くなった。
親二人を失ったことで自分の居場所が何処にも無くなってしまった。
何のために、生きればいいのか、分からない。
これがしがらみから解き放たれた自由というのならば、こんな辛いことはない。
何も、何も無いのだ。
一体どうしてこんなことになったのか分からない。
何で自分の手には何も残っていないんだろう……
当時の自分は何もわからず、答えを探して、見つけたのが戦争という答えだった。
その瞬間、俺はどこかおかしくなっていったんだと思う。
自分が一体何をしたというんだ……と。
憎悪ばかりが膨れ上がっていった。
この戦争で切り捨てられた被害者なんていう誰かが望んだ筋書き、ぐちゃぐちゃに頓挫させてやりたいと思った。
この誰かが始めた戦争を滅茶苦茶にしてやりたかった。
その為にはただひたすら現実的に、自分が生きる術を、理由を模索して機会を待つことにした。
生きるためにこの身を奴隷に落とした。
奴隷になってからは傭兵の肉壁、暴力の吐口として生きた。
来る日も来る日も欠くることなく殴られ蹴られる。
毒味をしたり魔法地雷が仕込まれていないか確認するために先行を歩かせられたりした。
そして勿論彼らの吐口として犯される毎日を過ごした。
それでも傭兵のご機嫌を取り酒を飲ませて口を緩くして必要な情報を聞き出す。
その時に聞いた内容が、この傭兵たちは、軍に雇われていたらしく、戦争相手である貴族の領地を襲撃するということ。
それを気いた俺は貴族ともなれば色々な情報があると思ったから、なんとしても潜入できないものかと模索していた。
今は何よりも情報が欲しい。
そうして作戦当日。
敵領地まで遠征に行く傭兵一向。
その際にはこの国の偵察として軍人も付き添いできていたが、武功を上げれば金品が貰えると聞いた傭兵達は馬鹿正直に突っ込んでいって自滅した。
ハナからあの傭兵達は囮だったということらしく、あっけらかんとしている軍人達。
敵の規模や対応力をおおよそ測るには丁度いい駒だったのだろう。
俺は混乱の最中に乗じて領地に潜入しようとするが見つかって捕まった。
まあ結果的に潜入することには成功した。
その際、左腕を切り落とされたのは誤算だったが……
その時、鏡に映る自分を見たのだが、自分の容姿を正確に知ったのはこの時だった。
なるほど、汚いことには目を瞑るがそれを加味しても可愛らしい顔をしている。
これならば貴族を誘惑をすればいけるのではないかと本気で考えた俺は貴族と面を合わせた時に何処までも貴方に尽くしますと取り入った。
そうして機会を待って、隙ができたことを確認して書斎に入り込み地図を手に入れた。
大当たりだ。
これさえあれば、どこに向かえばいいのか目星がつくなんて考えていた。
今思うとその時はまだ自分が地図の読み方を知らなかった気がする。
とりあえずそれは置いておこう。
そうして夜、籠絡した貴族を殺した。
片腕しかない小娘だから警戒が薄れていたのだろう。
剣をくすねた俺は対抗手段をようやく手にして楽々と貴族の婦人も使用人も騎士も殺すことができた。
やることも終えた時に丁度、軍人達が攻め込んできて、俺は保護された。
そうして再び養子として迎えられて、次の親は男の軍人だった。
ああただこれだと、父親が二人で見分けがつきにくくなるからその親のことを師匠と呼ぶことにするか。
俺はその師匠に剣術を習った。
それとサタナエラという姓を貰った。
“名前”
そんなもの誰かにとってはただの記号かもしれない。
それでも俺に取って名前は、この世界に生きる理由であり証だった。
この幸せも
その日から俺はイヴ=サタナエラとして生きた。
俺は学業や訓練に明け暮れ、敵を欺く術を、奪う術を、殺す術を、研ぎ続けた。
そうして一年の間で、この国の軍人で剣術において最強と言われる師匠に剣術で勝てるようになった。
しかし、戦争を壊すにはどうしたらいいだろうか。
敵を全員殺せばとも考えたが現実的じゃない。
ならその対象を絞って王族や貴族などの上の位にいる者に絞ったらどうだろうか。
国を壊滅させるならこれだけでも充分だと思った俺は早速計画を考える。
当事、まあ今もそうだけど、凡そ真人間のような思考はもうどこにも無かったと思う。
そうしてイカれた思考の中、考えた手をいくつか並べてみた。
気づかれずに毒を盛る。
屋敷を焼いて、混乱に生じて殺す。
弓で遠距離から狙撃する。
貴族の家臣が反逆を企てていると噂を流して自滅を狙う。
そのためには何より敵の動向を常に知る必要があるが現実的では無い。
なんとかできないものかと考えた末に魔法という存在を知り、固有魔法と言われる属性を伴わない魔法、千里眼を開発して敵の情報を探ってみる。
大体見当がついたので、民衆を利用して噂を流してみることにした。
曰く、とある臣下が謀反を企てている……だとか。
その噂の種が身を結んだのか騎士の警護が増えていきなんとも陰険とした雰囲気が立ち込めていて、連日で警護させられる騎士たちは疲弊していく。
こうして心の余裕というものを削った騎士を殺すのは容易なことだった。
その騎士達の死体を放置して話題性を強くさせる。
それが民衆にも広がっていく。
不信感が最大値に達したのを確認するとその貴族は他領地の臣下達を粛清し始めた。
しかし臣下も黙ってはいなかったようで、他の貴族の力を借りて内乱を起こした。
理想的な展開だ。
俺はその混乱に乗じて他貴族達を殺して回る。
まさかこんな小娘が犯人とは思わないだろうから俺はこの姿を最大限利用した。
次に俺は戦争の最前線である国境に向かい、警戒の目を掻い潜り食料物資を爆発させた。
わずかな兵糧攻めだが敵に矢を射り、足を怪我させ更に負担になってもらう。
こうして怪我人を量産させ、物資の減りを加速させる。
指揮をしている目標の貴族は案の定逃げていくが位置は千里眼で把握済み。
野宿しているところを奇襲し騎士を皆殺しにしてから貴族を生かして俺は立ち去った。
その貴族を生かして返した方が、嫌がらせになると分かったから。
その貴族は癇癪を起こしてばかりで指揮が全然駄目で家臣たちからあまり信用されていないように見えた。
無能な敵は生かしておいた方がいい。
後々、足を引っ張る材料になると思ったから。
一番嫌な展開は国に団結されることだったから、一枚岩にはさせない。
思う存分、無能さを披露して味方を掻き乱して欲しい。
そうして着々と貴族どもを殺し時には生かして掻き乱し戦況は大きく傾いて、敵は戦争どころではなくなった。
ようやく戦争が終わりに近づいていく。
そんな矢先に師匠が戦死したと聞かされ、遺書を渡された。
信じられなかった。
自分が知る中で、師匠は最も強い軍人だったから。
これで親を亡くしたのは記憶の薄かった幼少期を含めると五回目。
なんでこんなことになったんだろ……
策など弄じることなく真っ先に王族を始末すれば良かったのだろうか。
もう考えなど何も浮かばず、俺は剣を持って対象を殺して回った。
今思えば本当に呆気なかったと思う。
俺のような小娘一人に残された騎士団全てを壊滅させられ大国と呼ばれていたなんて、あまりにも滑稽だった。
小細工なんて、ハナからする必要は無かったんだなと今では思う。
そうして、戦争が終わりかの大国は今はもう見る影もなくなった。
しかし他国が介入してきて俺という手駒が欲しくなったのか“死にたくなければ従属せよ”なんて言われた。
ただ新たな戦争の道具にされるよりかは死んだ方がマシだと思ったから断った。
これからどうしようかな、なんて考えてもみたが何も思いつかない。
やることもないので今まで起きた全貌をこうして書き記している訳である。
指名手配されてるから、生きようにも疲れそうだし……
もうやりたいこともやったから最後は形だけでも償おうかと思った。
俺の処刑。
彼らはそれを望んでいる。
俺も散々我儘を貫いたから彼らの我儘を聞いてあげるのも一興だ。
さて……
これにて俺の物語はお終い。
もうすぐ十六歳の誕生日。
処刑という幕引きで盛大に迎えようと思う。
なんと言うべきか、長々と語ったつもりだったが俺の人生はこの手記に収まるほどには、短かったな。
後悔は、多分していないと思う。
全く持って不幸な人生だったが。
◆◇
「これは隻腕の剣姫の手記、ですよね……」
「ああ、そのようだな……」
彼らは途轍もないやるせなさに襲われた。
隻腕の剣姫。
現在ではイヴ・レナク=サタナエラとも呼ばれており、大国を独力で崩壊させた人物としてあやふやに知られている。
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