3-2: しかし、これはダブルデートではない
休みの日と言っても時間帯が中途半端なせいか、電車の中はほとんど混んでいなかった。タイミングが悪いと結構混んだりするのだけど、今日はそれなりの音量でこの後の予定を話し合っても文句は言われない程度だったのは運が良いと思う。
駅に待ち合わせ場所を選んだあたり、市内では遊ばないんだろうなとは思っていた。実際問題、高校生がこの界隈で遊べるような場所はそこまで多くない。映画館こそあるけれど、そうすると映画を見た後の予定が全く埋まりそうにもないという問題が発生する程度には退屈な街だ。
中学生くらいまでならギリギリ許容できるかな、くらいのゲームセンターみたいなところはあるけれど、当然ながらそういう場所で一日の予定が埋まるはずも無い。この街に暮らして十五年ほどが経つこの四人全員が、口には出さなくても薄らとわかっていたことだった。
「んじゃあまぁ、街の方でも行きますかね」
「そうしよう」
街とはここから電車で二十分ほど行ったところにある
こうなることも計画の範囲だったのか、だいたいの行き先候補はナミが決めていてくれていた。ナミは「今日の言い出しっぺは私だから」と笑っていたけれど、こういうときに率先して動いてくれるのはいつもナミだ。先に言い出したのはアタシのようなときでも、いっしょになって考えてくれたりもするくらいには、しっかりしている
とはいえ、最初の予定が決まったのは、目的地である
「しっかり自分の『推し』は言わなきゃダメっしょ?」
「そーだね……」
「まさか、フウマが嫌がるとか思ってた?」
「……実は」
だろうなぁ、と苦笑いしてしまう。
いろいろと候補を羅列していく中で、当の本人は気付いていないかもしれないけれど、時々フウマが明らかにめんどくさそうな顔をするタイミングがあって、その中のひとつによりにもよって映画があった。基本的にフウマは、落ち着いて座っているよりも身体を動かしたり遊んだりするのが好きなヤツだ。たしかに映画なんて、彼の嗜好とは正反対かもしれない。
もちろんさすがにそこはデートなんだから、カノジョの好みも察してあげないといけないとは思う。だけれど、それをアタシが直接言ったところで聞く耳を持たなさそうだとも思っていた。
□
『だったら、ボクは博物館がイイかなぁ』
そんなときに、不意に候補を突っ込んできたのはアストだった。
『ええ?』
もちろん露骨に嫌な顔をするフウマ。たしかにこれもフウマの嗜好とは対極な位置にあるような感じだ。しかも映画よりももっと遠いところにある感じ。
『でも、今の時間からだったら二者択一でしょ? 映画か、博物館か』
『……だったら、映画だわ』
『ハイ、じゃあ映画で決まりね』
フウマが心変わりをする前に、アタシが最後の一押しということで強引に目的地を決めてしまう。これで無事にナミの希望が通ったというわけで――。
□
「せっかくなんだから、自分を二の次にしちゃダメ」
「はぁい」
わざとっぽい雰囲気で間延びした返事をしたナミといっしょに、ちょっとだけ笑う。嬉しそうな顔を見る限り作戦は成功だったらしくて、アタシとしても一安心だった。
「……それにしても」
そのままナミ越しにフウマの横顔をじっとりと見つめる。
「なぁにが『お前も同類だろ?』よ。……ったく失礼なヤツ」
博物館とか美術館とか、という話をしているときにかったるそうな顔をしたフウマを笑っていたら、フウマがそう言い放ってきたのだ。ホントに失礼な話。落ち着いて展示物も見られないような高校生は、ここにはフウマくらいしか居ないってのに。
「アタシだってさぁ」
「行ったことあるの?」
「……自分ひとりで、っていうことは無いけど」
そして、実際問題。アタシもフウマを否定できるほど、ああいう落ち着いたような荘厳なような雰囲気が得意な方ではない。行ったとしても親に連れられてとか、学校の社会見学とかそういう機会くらいだ。あまりにも静かだと眠くなってしまうし。絵だってそういう知識とか教養があるわけじゃないから、どう楽しんでいいかもよくわからない。ウチの高校の校舎にも、今は高名になったとかいう芸術家の作品が展示されているけれど、何をどう見たら感動できるのかなんてアタシにはさっぱりわからない。
ただ、それでも、ああいう言い方をされるのは納得がいかないわけで――。
「……ちょっと羨ましいな、やっぱり」
「え?」
ぽつりと、ナミが何かを言ったような気がした。そんな気がしたのは、それと同時に電車のブレーキ音が響いたから。小さく囁くようなナミの声は、時々大きく揺れながら終点の駅に滑り込む電車の音でかき消されてしまって、アタシの耳にハッキリとは届かなかった。
○
「……思ったより楽しかったなぁ」
「でしょ!」
中央駅直結のシネコン。直結というよりは、駅ビルの中にあるという方が正しいかもしれない。そんな超絶便利なシアターから出るなり満足そうに呟いたアストに、ナミが楽しそうに笑った。
「アンタは?」
「……悪くない、と思う」
「その感想はビミョーね」
「じゃあ、お前はどうなんだよ」
「ナミー、次はどーすんのー?」
何やら喧しく突っかかってきそうな気配しかしないフウマを適当に
時間も時間だし、どこかで軽くお昼にしようということになり、流れでそのままファストフード店へ向かうことになった。ポップコーンもやや大きめのサイズをふたつだけ買って、ふたりでひとつにしていたので、それほどおなかは膨れていない。これはアストのアイディアだったけれど、これは間違いなくグッジョブな判断だったと思う。ひとりでひとつなんてことにしてたら、きっと今頃ランチタイムにはなっていないはずだった。
「なぁ、アスト?」
「ん?」
歩き出そうとしたところで、フウマがやたらとアタシに視線を送ってきつつアストに話しかけた。何を言い出すつもりだ、コイツは。
「お前、腹減ってないのか?」
「それなりには減ってるけど、それが?」
「いや、アイツにポップコーンガッツリふんだくられたんじゃねーか、……って痛いんだよさっきから!」
「アンタが失礼なこと言わなければ、痛い目になんて遭わないんですぅ!」
座席順はスクリーンに向かって右からフウマ、ナミ、アタシ、アストの並び。自然とふたつのポップコーンのバーレルは男女一組にひとつの割り当てになるわけで、アタシはアストとのシェア。どうせフウマはアタシがほとんど食べきったと思っているんだろう。
「くだらないこと言ってないでさっさと前に行く!」
「ホンットに、口より先に手が出るヤツ……」
ごちゃごちゃと言いながらも、少し先を歩いていたナミのところへ寄っていくフウマ。それを見遣りつつため息をつく。そんなアタシの隣にはアストが来てくれた。
「むしろ、ボクの方が食べてたよね?」
「んー……」
曖昧な声をアストに返すアタシ。
――ゴメン、アスト。アストが思っているより、アタシけっこう食べちゃってたと思うよ。
○
ファストフードの定番のど真ん中とも言えるハンバーガーショップは、地下街の外れにある店を選んだ。メインストリートから少しズレた場所にあるということもあってか、時間帯を考えても比較的空いている。四人で余裕を持って座れる程度だったのはラッキーだった。今日のアタシたちはいろいろとツイているらしい。
適当に選びつつ、何気なくシェアしつつ。そんなことをしている間に三十分くらいは経っただろうか。全員が何も言わずに、だけれど何となく「そろそろ出ようか」という雰囲気になり、揃って席を立つ。店を出てほど近いところにある化粧室に、ナミといっしょに入ることにした。
「さて、と」
男子ふたりの姿が見えなくなったところで口火を切ってみる。するとどうだろう。予想通りというか何というか。ナミが少しだけ緊張した、それでも何らかの決意は見え隠れするような面持ちでこちらを向いた。
ああもう、どうしてこの娘はこんなにカワイイんだ。
元々可愛かったけど、ここまで彼女を可愛らしくしたのは、たぶんアイツなんだろう。何だか負けた気分になる。ただ、それと同時に、やっぱり心の何処かに細波が立ったような気がしてならなかった。
「じゃあ、この後は予定通りってことで」
「おっけー」
軽く微笑んで返すと、アタシの顔を見たナミも笑ってくれた。
作戦は至ってシンプル。ここまではいつも通りの四人で過ごしてきたので、ここからはナミとフウマのカップルをカップルだけにしてあげようという魂胆だ。ナミはナミでフウマとだけで行きたいところがあるらしかったし、フウマにも何処か寄りたいところがあるというのはアストが既に調査済みだった。だったら状況的にも何も問題は無い、ということで計画を実行に移すことにした、というわけだ。
――どうもナミとしては、アタシとアストのセットを作りたかったがためにアタシの提案に乗ってきた感じもあるけれど、それは結果オーライということで良しとすることにした。アタシの目的が遂行されればそれでイイのだ。きっと。
そう。すべてはナミの初デートのため。それ以外には何もない。
その思いには、きっと何の揺らぎも、少しの動揺もないはずだ。
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