2-2: いつも通りにならない
一体何が原因かなんてわからない。シンプルにあまりにもその原因の候補が多すぎる。
おかげで、今日の部活は散々だった。とにかく集中力を欠いてしまっていて、コーチやキャプテンからも軽く怒られてしまうくらいだった。
最終的には同級生や先輩たちにも心配をされてしまう始末。どうにかその場は取り繕えた気がするけれど、実際のところはわからない。余裕というものが、今のアタシには全く無かった。
道具の片付けをしながらもため息をついてしまう。みんなが何となく空気や雰囲気を読んでくれているのか、ラッキーなことに今日はアタシの傍に誰もいない。誰もいないからこそこんなテンションになってしまっているんじゃないか――というふうにも言えそうだけど、こんな沈んだ気分になっている自分は、あまり他の人には見せたくないと思っていた。
まだ残っていた部員に挨拶だけは元気にしてから部室を出れば、すでに良い時間になっていた。いつも乗っているスクールバスの時間にも今から走っていけば間に合うだろうけれど、今日は全然そんな気分じゃない。最終便はさすがにぎゅうぎゅう詰めになる可能性が高いので、そのひとつ手前くらいでいいかもしれない。そんなことを思いながら一度校舎に戻ることにした。
また何か飲み物でも買ってからバス乗り場に行こうか――。そんなことを考えていたところで、アストが階段を降りてくるのを見つけた。声をかけようとしたのとほぼ同じタイミングで、アストもこちらに気が付いた。
「おつかれさま」
「セナもお疲れさま」
「帰るとこ?」
「うん」
アストといっしょに歩いてきていた吹奏楽部の子たちが、こちらを見ながらやたらとにんまり笑っているのは少し気になったけれど、とりあえずアタマの片隅とか言われるような場所に追いやっておく。
きっと気にしすぎは良くないはずだ。――きっと。
「最近多いね、一緒になるの」
「言われてみればそうかもね。確実に中学のときより増えてる気がする」
「たしかに」
互いの家はそれなりに近い場所にあるということはもちろん知っているけれど、それぞれの部活の活動時間もあっていっしょに帰る機会というのは、とくに中学校に入ってからは多くはなかった。ウチの中学は吹奏楽部顧問の指導がなかなかに厳しく、部活での練習もかなりギリギリの時間までやっていた記憶があった。テニス部も遅い方ではあったけれど、それでも吹奏楽部には敵わない。それもあってアストとは一緒に帰れる状況になったことがほとんど無かった。
最近一緒に帰れているのは、アタシとアストがハードワークを課す顧問やコーチに恵まれた結果なのかもしれない。
「……セナ、今日ちゃんとお昼食べた?」
「え?」
この前と同じように売店で飲み物を買う。キャップを開けようとしたところでアストが訊いてきたのは少しだけ想定外の内容だった。
「あの後ボクも図書室に行ってたからわからなくて」
「え、あー……うん。食べた、食べた」
一応は食べた。ただ実際には、『むりやり胃袋に落とし込んだ』という表現の方が正しいかも知れない。ここまで味気ないお昼ご飯は、学校というものに通うようになってから初めての経験だったような気がするくらいだった。
あの後――何かに突き出されるように慌てて廊下に出たけれど、だったらいっそのこと教室ではない違う場所で食べてしまった方がラクなのではないかと思い直したアタシは、しばらくしてから教室に戻ってお弁当だけ持ち出して、玄関ホール近くにあるベンチで食べていた。ホールは広くてのびのびとした空間のはずなのに、どうにも疎外感のようなものがあってのんびりなんて出来やしなかったけれど。
「……っていうか、食べなきゃこんなに部活やってられませんって」
「あ、それもそうか」
ラケットケースを揺らしながら自分で笑い飛ばしておくことで、危うくまた下がりかけていたテンションを元に戻す。アストも納得してくれたようで一安心だった。
「でも、アレって、わざとだったんでしょ?」
「……うん、まぁ、ね。そりゃあ、ね」
アレとは間違いなく、お昼休みのタイミングであのふたりから離れたことだ。アストがずっとアタシを見ていた辺り気付いているかもしれないと思ってはいたけれど、やっぱり気付かれていた。
「やっぱりね……。そういうふうに言われたら、アタシだってちょっとは考えちゃう」
苦笑いしつつ言えば、アストも同じような顔をしていた。
「ボクは、迂闊だったなぁって思ってさ」
アストは、アタシとはまた違った理由での苦笑いだったらしい。
「あまりにもあのふたりがいつも通りだったから、つい……。セナの反応見てようやく気付いたくらいなんだよね。だからボクはできるだけ早く食べ終わって、さっさと図書室に行ったんだけど」
「そうだよねぇ……」
アタシが余計な気を回さなければアタシたちは『今まで通り』に昼休みの時間を過ごせていたはずで。そうすればアストも慌ててお昼を食べ終わらせる必要も無かったはずだった。そうすれば、あんな『カップル・プラスワン』みたいな状態にアストをひとり置いてしまうこともなかった。
「……ごめんねアスト」
アストの声を聞いているうちにちょっとずつそんな考えが浮かんできて、どうしようもなくなって彼に謝った。
「ごめん、って……何のこと?」
「……ううん、何でもない」
だけどアストはアタシを咎めたりしなかった。そうなんだ、叶野翌音とはそういう人だ。
そんな彼の横顔を視界におさめつつ、話題を変えたい雰囲気を少しだけ出しながら、アタシはさっき買ったスポーツドリンクをひとくち飲んだ。それを見たアストはいつもと同じレモンティーを飲むと、少し考えながら口を開いた。
「個人的には、ボクらもいつも通りでイイんじゃないかな、って思うんだよね」
「……というと?」
んー、と小さく悩んでから、ゆっくりとアストは語り出す。
「あのふたりが変わることを求めてないんだったら、ボクらがわざわざ変えようとする必要は無いんじゃないかな、ってこと」
言われてみれば、たしかに。お昼を一緒しようと誘ってきたのはナミだったし、フウマもそれに対して異を唱えることもなかった。
むしろ、ナミとフウマをふたりにして、それを自分はジャマしたりしないように、あるいはそんな光景を見ないようにしようと思って――――。
――――?
「……あれ?」
「セナ、どしたの?」
「あ、いや。ごめん。何でもない」
予想もしていない、考えたこともないような疑問のようなものがゆっくりと浮かび上がってくる。
――『見ないように』って、どういうことだろう?
何を? それとも、誰を? あるいは、どんな光景を?
断片的な疑問に対する答えは、何故だかどれも同じようにも思えてきて、アタシは何度も首を横に振る。
そんなことはない。きっとそんなはずはない。
あのふたりの恋の行方を見たくないなんて、そんなはずはないんだ。
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