1-2: 爆弾投下
「ごめんね、梅津さん。あとでこの子にはきつーーーく言っておくから」
「ちょっと、ナミ」
まさかのアングルから攻撃が飛んできた。
昔から習字をしていて達筆なナミは、高校に入っても書道部を選んだ。そんな彼女は、普段はおとなしいというか大人っぽい雰囲気で柔和な印象だけれど、時と場合によってはものすごく澄み切った眼差しを向けてくることがある。今が、まさにそれだった。
――これは、ちょっと反省しておいた方が、身のためなのかもしれない。このあとさらに攻撃が飛んでくるといろいろと厳しいことになりそうだ。
そんなことを思いながら、このタイミングでもまだ口を開いていないアストの顔を見れば、彼はいつも通りのふんわりとした笑みを浮かべていた。これは、きっと大丈夫な
「……」
「……ん? ユミ、どしたの?」
用事は終わったはずのユミがまだ居た。何やら思案顔で、この場にいる四人の顔をぐるぐると見回している。何か変なことでもあるだろうか。
「いやー、……ね。アハハ」
そうしたあとで、何故かはぐらかそうとするユミ。
「そんなに勿体振った感じで言われたら、余計に気になるんですけどー?」
「んー。まぁ、そうまで言われたら……、ねえ?」
とっておきのモノでも取り出そうとするようなユミの言い方に、フウマ、ナミ、アストの三人が一斉に怪訝な表情になった。もちろんアタシもそうだ。アタシたちだけが知らない秘密のようなモノを暴露系配信者に晒されるみたいな恐怖感。それが静かに、ただ静かに襲いかかってくるような口調と表情だった。
「……言ってイイの?」
「うん」
引き延ばされても面倒くさいし。
タイムラグをほとんど作らずに答えると、ユミはにっこりと笑って、人差し指の軌跡で私たちをひとりずつなぞりながら――。
「……どういう組み合わせで付き合ってるの?」
――そんなことを言い放つから、一瞬だけ、教室の中が静まりかえったような気がした。
ユミをじっと見つめると、そのままじっと見つめ返される。そのままの状態で数秒が経って、やっと瞬きができた。
「付き合ってるって、……何が?」
「ハイハイ、そういう天然ぶった感じは要らないから。ってか、この辺のみんなもそう思ってんじゃないの?」
え、と思いながら周りのクラスメイトたちを見るけれど、一様に視線がぶつかりかけたところで身体の向きごと逸らされてしまった。変なところで団結力みたいなモノを発揮しないで欲しい。
ちょっと。どうしてくれるの、ウチのクラスのこの空気。ユミは自分の教室に戻るから全然構うこともないんだろうけど、当事者にしてみたらすごく困る。
「反応、めっちゃ薄いけど」
――そういう理解をした、という設定にしておく。たぶん、この話に関わりたくないというか、めんどくさいというか、そんな感情のような気がするけれど。
「細かいことは気にしないっ。それでそれで? どういう組み合わせになってるの? こう? それともー……こっち?」
「はいはい、そういうんじゃないから。ガヤ芸人さんは退散してくださーい」
それでも懲りずにアタシとフウマを繋いでみたり、ナミとフウマを繋いでみたりと、いろいろ適当に線引きをしようとしたユミの背中を強引に押して、そのまま教室の外へと送り出す。めんどくさいのでそのままドアも閉めてやった。
「……ほんっとに、めんどくさいんだから」
「お疲れさま」
「ん、ありがとね」
ほんの少しだけ苦笑い気味にアタシを労ってくれたアストには、もう少し笑顔を返しておきたかったけれど、彼に伝染してしまったように苦笑いになってしまった気がする。そこまでアタシはポーカーフェイスができるタイプじゃないから、その辺は仕方が無いと思う。
「とりあえずさっさと食べよーぜ」
見れば、フウマの弁当箱はほとんど空っぽになっている。
――っていうか、ちょっと待って。今フウマが食べてるそれ、その唐揚げってアタシのお弁当でしょ。
許さん。絶対に許さん。明日はお弁当を開けた直後に、フウマのところから何かを強奪してあげよう。食べ物の恨みは大きいんだ。
「そだね、早く食べ終わっておかないと、次の授業で眠くなっちゃうからね」
「え。何、アスト、そんなこと考えてんの?」
「むしろ、それを考えてないの?」
「おお」
寝る気満々なコメント。全くもって、フウマは不真面目の塊みたいなヤツだった。
「……ナミも食べよ?」
「え? あ、うん。……そだね、アストくんの言うとおりだね」
何となく惚けたような感じになっていたナミが少しだけ気になったけれど、それよりもアタシの意識はフウマに強奪された唐揚げに向けられていた。
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