第1章: 恋することのプロローグ

1-1: 気楽な関係


 高校生としての生活が始まってからだいたい二週間ほどが経った。


 それなのに何となく不思議なモノで、中学生だった頃と比べてもアタシは想像以上に『変わっていない感じ』を覚えていた。


 もちろん着ている制服は全然違うし、通学にかかる時間も今までよりそれなりに長くなったし、中学校のときには無かった施設もあったりする。最寄りの市立校に通うだけだった小学校・中学校と同じだった子たちもそれほど多くは居ない。


 とはいえ勉強の内容はまだまだ中学校の振り返りみたいな内容のところもある。勉強道具とかに加えて、部活動で使うラケットバッグを持ってきているのも同じ。道具については中学校のときから全く変えていない。


 細かいところを見ていけば当然違うところがあるのだけれど、結局やってること自体はあまり変わらなかったりするせいだろう。


 それに、何よりも――。


「おべんとたべよー!」


「おー」


「うんっ」


「おっけー」


 教室の中いっぱいに響き渡るくらいの声を出せば、聞き慣れた声がやまびこみたいに返ってくる。これこそが中学の頃から全く変わらないことだったし、だからこそアタシが今までとあまり変わらないと感じる原因なのかもしれなかった。


「相変わらず、ナミのお弁当はおいしそーだよねー」


「ありがとー」


 アタシがそう言うと、ナミが綺麗なロングヘアを小さく揺らしながらにっこりと笑って答えてくれた。


「しかも自分で作ってるんだもんねー」


「一応だよ、一応。下ごしらえが必要なのとかはお母さんがやってくれてるから」


 きっと照れ隠しだろう。アストがアタシの後を継ぐようにして彼女を褒めれば、にっこりとした笑顔がさらに蕩けた感じになった。


「すげえなぁ。……それに引き換え」


「うっさいのよ、アンタはいちいち」


「へいへい」


 ナミのお弁当を見て、直ぐさまアタシに視線を寄越すのはフウマ。ビシッと強めに言い返せば、フウマはガリガリとめんどくさそうにその短髪ごと頭を掻いた。


 ええ、そうです。料理なんて昔からそんなにやってきたわけでもないし、朝だってそこまで強くないアタシが、毎日のお弁当をしっかりと作ってこられるわけもない。まるっとしっかり、母に頼り切り。アンタに言われるまでもない。ナミとの差はしっかりと自覚してございます。


 ――と、そんなわけで。


 あけさか

 叶野かのうあす

 はねふう

 そして、アタシ――しらみず


 なじみすぎることでおなじみな感じさえあるこのグループが、アタシに『高校生になった感』を思わせてくれない何よりの『原因』。思い返せば小学五年生のときにこの四人が同じクラスになってからずっとこんな感じだ。


 幼稚園の頃から仲良しとか、そういうことではない。実際、それまでの四年間は同じクラスになったことは無かった。誰かと誰かは同じクラスだったということもなく、それぞれがそれぞれで違うクラスだった。しかも、五年生になった直後であっても、とくに席が近かったりするわけではなかったので話をするようなこともなかった。


 仲良くなったきっかけは、たまたま同じ班分けになって、総合的な学習の時間の一環として、調査学習と称してクラス全員で小学校近くの図書館へ行ったときだろうか。いろいろと調査をして、その内容を大きな模造紙にレポートとして書いて、学級内での発表会で何故か好評になってそのまま学年全体での発表もして――。


 そんなことがきっかけになり、それこそ本当に小さい頃から付き合いがあったみたいに、アタシたちは『仲間』になったわけだ。


「星凪ちゃーん」


「ん? ……あ、はーい」


 廊下の方から声がかかったようなので、手を思いっきり振りながら答える。そこにはいたのはアタシと同じく硬式テニス部に所属する子だった。


「あっぶね。……バカセナ、少しは周りを気にしろ」


「ハイハイ、『周り』じゃなくて『オレを』って正直に言ったら謝ったげるわよ」


「……ンのやろぅ」


 小声で悪態を吐いたフウマには、頭頂部に軽くデコピン――おでこには当ててないから、何ピンというのが正解なんだろうか、などとどうでもいいことを思ったりはするけれど――をお見舞いしておく。そんなことをしている間にアタシを呼びに来た子たちは、待ちきれなくなったのかアタシの席まで来てくれた。


「さっきコーチから『白水に渡しておいてくれ。アイツ、朝の内に来なかったから』って」


「……あ、やっば。忘れてた」


 部活仲間のうめにさらりとしたロングヘアーを揺らしながら言われて、アタシはようやく思い出す。昨日の部活終わりに『明日の朝に渡すモノがあるから、登校し次第撮りに来てくれ』と言われていたのに、びっくりするほど忘れていた。


 ふんわりと朝を迎えてのんびりと支度をして、まだ時間あるなーとか思いながらのほほんとしすぎたせいで、いつもどおりに慌てて学校に着いてみたら、そんなことはすっぱりとアタマの中から消え失せていたらしい。


 忘れ物は無いかと訊かれて「無い」と答えたのに。やっぱり忘れ物というものは、頭からごっそり抜け落ちているから忘れるのだ。


 似ているのか似ていないのか何とも点数の付けづらいモノマネをしてくれたユミからプリントを受け取る。


「しっかりしなよー? そこまでは怒ってなかったけどさぁ」


「ごめーん」


「……ダメダメ。コイツはそんな言い方じゃ全然反省しないから」


「フウマは余計な口出しするな」


 案の定、ここぞとばかりにフウマが茶々を入れてくる。どうせそうくるだろうと思っていたので然程腹も立たないが、ここはようしゃなくシャットアウトしておいた。




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