忘霊

 「まぁこんなんで分かったら苦労しねぇよな…」

 軽く文句とため息を吐いて、オレは残滓の回想から抜け出した。

 

 ぱっと視界が開けて、今まで見ていた景色に彩りが足されていく。ウザかったチラつきも消えた。 

 パチパチと片目だけの瞬きをして少しボヤけた視界をハッキリさせる、オレは信号真下の歩道に突っ立って光に触れていた。

 顔を上げて目の前を見ると回想の中でトラックに轢き殺された女子高生が不思議そうにオレのことを見つめていた。


 「あの…どうでした?白咲ハクヤさん、私のこと何か分かりましたか?」

 名前を呼ばれてようやく聴覚もハッキリしてくる。

 「い〜や全く…あの時周りに知り合いでもいればと思ったんだけど……な〜んにも手掛かり無いな…」

 「あぁ〜やっぱり…」


 「なぁ、オマエが死んだっていう事故って4日前に起きたんだっけ?」

 すぐ横の電柱に添えてある弔いの花束に目を向ける。この幽霊に向けたものだ。

 「はい…死んでから日の出を4回見たので多分4日前です」

 「う〜ん、4日でこれならあと1週間くらいもつか?」

 会話と覚えてる記憶の割合、冷静具合などからあとどれくらいこの幽霊が記憶を保ってられるか推察してみる。名前で呼ばないの?って思うかもだけど名前が分からない。


 「あっあの、記憶を完全になくしちゃったら、私どうなるんですか!?私、どうやったら成仏出来るんですか!?」

 なんかすっごいグイグイくるなこの幽霊ひと…ってそっか、さっき「幽霊は記憶がどんどん消えていって、記憶が完全に消えるまでに成仏させないと面倒」みたいな中途半端な説明で終わってたっけ、そりゃ気になるか。

 「え〜っと…まず、オマエの記憶が完全に亡くなると、幽霊から、忘霊っていうのに変わっちまうんだよな」

 「忘霊…?」

 「そう、記憶と、それに連なって心が亡くなる、要は何もかんも忘れちゃう訳ね、だから忘霊。で、その忘霊ってのがタチ悪くってさ…バケモノみたいになって理性とか自我とかも無いから妖怪とか悪霊みたいに人襲って殺すようになるんだよな〜…」


 ……こういうこと多いからもう慣れたけど周りの目が妙に気になる、まぁ普通の人は幽霊とか視えないから傍から見たらオレが何もないところに喋りかけてるってことになるんだよな、たしかにちょっとシュール。

 それはそうと幽霊カノジョの反応を見てみる。

 青ざめて絶句してた、そりゃそうか。ていうか幽霊も青ざめたりするんだ?

 「な…なんで忘霊はそんなことを……?」

 「さぁな、死んだこと無いから分かんねぇ。まぁよく〝自分は何者か知りたがって彷徨ってる〟みたいな話は聞くけど。そんな話聞いたこと無い?」

 「…覚えてないです」

 あぁそっか、どっちにしろ覚えてないか。

 なんか更に青ざめて信号の周りウロウロしてるんだけど…あれか?自分の未来を重ねて想像してるパターン?




 「で、でも!白咲さんが私を忘霊になる前に成仏させてくれるんですよね!?」

 うわっと、急につめられてちょっとたじろいじゃった。

 「出来たらやりたいんだけど、成仏出来ない原因が分かんないんだよな〜」

 「原因?」

 少し後ろに引きながら幽霊の質問に答えていく。

 「まぁだいたい此の世への未練とかなんだけど、本人が覚えてないのにしっかりそういうのあるから面倒なんだよ…」

 「…たしかに、なんだかずっとやり残した事があった気がして、胸が落ち着かないんです…」

 胸を抑えてうつむいている。そういや幽霊って思念体みたいなもんだから心の痛みみたいなのが余計にデカいとかあるんだろうか?今までも幽霊と接してきたのに今更感あるけど。


 「事故現場に残滓があったから視てみたんだけど…手掛かり無し!」

 「〝ざんし〟ってさっき触ってた、電柱にくっついてたモヤモヤした光のことですよね?」

 今度は電柱に目を向ける。そこには今幽霊が言ってたモヤモヤの光がこびり付いていた。

 頭上ではオレたちが会話してる間にも、信号が定期的に色を変えて自分の仕事をまっとうしている。

 「そう、残滓ってのは誰かの記憶の残りカスみたいなもんで、アレはオマエの残滓、アレで人の記憶視て手掛かり探したりするんだけど…見事に手掛かりゼロだった」


 「どうしましょう…私、自分の名前も家も思い出せないのに…」

 なんか感情豊かな幽霊だな、普通もっとボ〜っとしてたり情緒不安定だったりするんだけど。

 奥に見えた通行人の無表情がコイツと対象的すぎてちょっとウケる。

 「まぁ完全に手掛かりゼロってわけじゃねぇ」

 「?というと?」

 「その服だよ、学生服」

 ビシッと幽霊が着てる制服を指さした。赤黒いブレザーとスカートのチェック模様が特徴的。 向こうも何したいか何となくわかったっぽい。

 「あぁ!制服から私の学校を探すんですね!」  

 「そゆこと」

 「でもそこから私のこと色々探っていくんですよね?そんな探偵みたいなこと出来るんですか?」


 オレは余裕の笑みを浮かべて答えた、尚虚勢である。

 「オイオイナメんなよ?オレ退魔師だぞ?怪異や霊の専門家だぞ?こういうの慣れてんだよ」

 「おぉ退魔師…!………それって陰陽師的なあれですか?」

 幽霊が目を輝かせながらこっちを見てくる。ホント元気ね?あとなんで陰陽師だけ覚えてんだよ。

 まぁ実際陰陽師みたいなもんだし、神術とかも使えるけど…な〜んか違うんだよね。

 「そうそう、宗派とか無いから正確には別物だけど」「ふ〜ん…」

 「じゃあここにもう用ないしオマエのこと調べてくるわ」

 コイツがして欲しがってた説明も粗方終わったしさっさと調査したいから話を切り上げて立ち去ろうとした。

 「あっはい!色々ありがとうございます!」

 コイツは地縛霊だからここから離れられない。

 一応夕方くらいに様子見で一回ここ戻ってくるつもり、それまでコイツがオレのこと覚えてたらまだ余裕あるな。

 「じゃな」とオレはさっと軽く手を振ってそそくさと路地を曲がる。

 少し歩くと、幽霊も、あの横断歩道も、建物が死角になって見えなくなった。





 さて………学校まで突き止めたとして…その後どうやって学校内部調べよう……人間関係とか名前住所とかも知りたいから絶対学校には入りたいし……

 でも潜入めんどくさそうだな〜…この髪と眼(ほぼ眼帯)のせいでめっちゃ目立つし……

 快晴の空の下、もう一回オレは大きなため息をついた。

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