第1章 幻の5階
この春、ビジリアン高校に通っている私は3年9組になった。
先日、私の母に
「もう高3やし、来年大学に通うのだから、学生寮を探しておきや」
と言われたので、私は安くで済む寮を探しているところだ。
この日、4月10日の17時のこと。
「亜依、1人で何しているの?」
私は自分の名前を呼ばれて振り返ると、去年の友人、紗理がいた。
「ああ、学生寮を探しているんだよ」
「そうなん?実はあたしも寮を探しなさいと母に言われたから、一緒に探さない?」
そういうわけで、私は2人で学生寮を探しに行くことになった。
30分後、小腹が空いたので、学校の近所にあるデパートに寄ることにした。
目の前にあるデイリーデパートは4階建てで、下から食料品、衣料品、家具、雑貨が売られている大規模なデパートだ。
早速中に入ると、去年のクラスメイトの侑馬と貴弘とバッタリ出会った。
「ここで会うとか偶然だね」
私はブレザーのポケットに手を突っ込む。
「まあ、そうだけどお前、何しに来たんだ?」侑馬は買ったばかりのサイダーを開栓すると「いや、お腹が空いたから買いに来ただけ」紗理はお菓子売り場に駆けつけた。
「おい、待てよー」
貴弘たちも紗理を追いかけた。
私と紗理はチューイングキャンディーを買ったあと、せっかくなので四人でデパート内を散策することにした。
「俺、初めてここに来たけど、たくさん売っているなー」
エスカレーターに乗っている貴弘は辺りを見渡す。
「学校からあれだけ近いのに?」
私は腕を組む。
「だってさ、家は反対方向にあるんだぜ」
貴弘に言われて私は納得した。
4階に着いたあと、普通は柵があって落下を防ぐのだが、何故か青紫色の空間があった。
「こんな空間ってあった?」
紗理は目を丸くする。
「……知らない」
侑馬はその場で突っ立っている。
「いや、無かった気がする。私、休日にこのデパートに寄ることが多いけど、こんな空間は初めて見た」
私は時計回りにゆっくりと動く空間を見つめる。
「ママー、ここに変なやつがある―」
私たちはその声を聞いて後ろを振り返る。5歳ぐらいの幼稚園児が空間を指してその子の母に話しかけている。
「何?何もないじゃん。ほら、早く帰るよ」
「でも、本当にあるんだよ」
その少年は母親に引きずられ、エレベーターの中に入ってしまった。
「どうやら、子どもしか見えないようだな」
貴弘はポケットから黒い杖を取り出して、杖から浮かび出てくるルーンを解読する。
「でも、中には何があるんだろうな?」
侑馬の目線は再び空間に移す。
「入ってみよう。気になるんだったら」
私は自ら空間の中に入った。
「おい、福田!」
貴弘たちも空間の中に入った。
空間の中は宇宙空間だ。後ろを振り向けば、私たち住んでいる青く綺麗な地球が見える。
「ちょっと、地球から遠ざかっているけど、一体どこに向かっているの?」
紗理は震えながら地球を見る。
その声に、私は向かっている先に顔を向けて
「よくわからないけど、何か建物が見えるよ」
と言った。
「とりあえず、先を急ごう」
侑馬は目的地に向かって走り、私たちもあとを追う。
目的地に着くと、体は浮いている。正真正銘の宇宙空間だ。
「通路の左右にたくさん扉がある……」
紗理は驚く。
左を向けば、受付があったので、そこに駆けつける。
「すみません、ここはどこですか?」と紗理は聞くと「デイリーデパートの幻の5階の学生寮です」と受付の女の人が迷うことなく答える。
「幻の5階……学生寮……なんですか、それは」
私は首をかしげる。
「ここは20歳未満とデパートの従業員しか見えない空間の中にある学生寮です」
(だから幻の5階と言うのか)
そう納得した私はさらに質問をする。
「ここは1か月でいくらですか?」
「無料です。もちろん、夕食代や朝食代も必要ありません」
「このままでは倒産するのでは……」
紗理は学生寮の経済面を気にする。
「デイリーデパートの売り上げの3割が学生寮に使われているのでご安心ください」
こんな学生寮に住んでも良いのかと私は思ったが“無料”と言う言葉に目を光らせて
「じゃあ、この学生寮で生活しても構いませんか?」
と聞く。
「かしこまりました。お客様の部屋番号は26番です」
従業員はすぐに受け入れて、私たちに鍵を渡した。
「ありがとうございます」
私はそう言って銀河の形をしたカードキーを4枚受け取った。
「容易にここに住んでも大丈夫かな?」紗理は心配しながらカードキーを見つめると「でも、寮が見つかったんだから、それで良いじゃん」と私は笑顔を見せる。
「実は、俺も寮を探していたんだ」
「えっ、貴弘も探していたの?」
私は彼に顔を向ける。
「オイラも探していたよ。母に来年に備えて早く寮を見つけなさいって」
侑馬も私を見る。
「みんな、親に同じことを言われていたんだ」
紗理は少し安心した。
部屋の中に入ると驚くほど広く、リアルに描かれた流れ星の壁にアンドロメダ星雲が描かれた床、ドアの向こう側には開放出来ない大きな一面の窓があり、宇宙が見える。
壁にクローゼットが用意され、4つの椅子と長方形のテーブル、ベッド、台所、風呂場やトイレ、さらに勉強机や本棚があり、きちんとした生活ができるようになっている。
「宇宙って凄いな」
貴弘は玄関で靴を脱ぐ。
「本当に。でも、今日から4人で同居するからヨロシク」
私は敬礼する。
「こちらこそ」
紗理たちも敬礼した。
「それにしても、この学生寮は凄いなあ。40畳ぐらいあるんだぜ」
侑馬はテーブルの上に置かれた紙を手に取る。
「この部屋で無料で過ごせるとか考えられないくらい」
私はこの学生寮に感謝した。
19時、夕食の時間が来た。
ガチャっと扉が開くと、受付の女性が部屋の中に4人分の夕食を運ぶ。
「みなさん、いかがですか?」
従業員は私たちの顔を合わせる。
「あ、はい、良い感じです」
私は突如入ってきたので驚いている。
「私の名前は薙良 真莉奈。みんなから
「……よろしくお願いします」
私たちは曖昧な返事をした。
「これが本日の夕食です。食べ終わったら、ドアの向こう側にある食器置場があるので、そちらに置いてください。引き取りに行きますので」
「わかりました」
私たちは箸を手に取ろうとすると、ドアのノックが聞こえた。
「はい」と返事をすると、男性が部屋の中に入った。
「おい薙、イケたか?」
「はい、何とか……」
薙さんは従業員の方を向く。
私たちは何事かと思い、驚く。
「君たち、驚かしてすまないね。僕はこの寮の従業員の和泉 薫」
「…………」
しばらく黙り込んだあと、私は「何かご用でしょうか?」と聞く。
「薙は研修生だから、様子を見に来たんだ」
薫さんは微笑んだ。
なるほどと言う空気になったあと、薫さんは薙さんに指摘した。
「ただ、部屋に入るときはノックをしてから入ること。そうでないと寮生が驚いてしまうからな」
承知しましたと薙さんはしっかりと返事した。
この日から、私たちはこの学生寮で生活するようになった。
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