第13話 暗雲

◆◆◆ ウィステリア実家のベルターニ伯爵家タウンハウス◆◆◆


 夜半には皇都の空は雨となっていた。

 ゴロゴロと不吉な雷鳴が響く。


 伯爵家の上空でも、ひときわ不吉な黒い雲が広がっていた。

 雷鳴と共に、伯爵の怒号がサロンに響いた。



「なんだと!? 化け物公爵の怒りをかっただと!?」

「だってお父様、ウィステリアのくせに高級衣装室にいて綺麗なドレスを着て、姉である私を侮辱したんですよ!」


「あれでも今は一応、公爵夫人だぞ! どうして我慢できないんだ!」

「あの子、ウィステリアは無能のくせにあまりにも生意気になっていたから!」


「どうしましょう、私のかわいいイレザが化け物公爵に呪われたら、死と破滅を呼ぶと言われているんですよ」


 母親たる女は長女のイレザの心配しかせず、出来損ないと言い放つ下の娘にはほどんど情らしきものが見えない。

 自分の人生の汚点であるとしか思っていなかった。


 長女のイレザは、その目に暗い怨念の炎を宿し、ついに口にする。

 血のように赤い唇で、


「……ねぇ、いっそあの二人を殺してしまえばいいのではないの? 噂によれば公爵はあちこちで恨みをかってるそうよ」 


 死を招く言葉を。



「ああ、私も聞いたことがありますわ。あの公爵、普段は他者にかかわらず引きこもりであるにもかかわらず、皇城に出向いた後にほぼ必ずと言ってもいいほど、汚職貴族の誰かが罪を暴かれて粛清されるから、皇帝に密告をしているのではないかと」



「どのようなやり方で横領、脱税等の汚職貴族を見つけ出しているのか分からないけど、なにしろ化け物らしいから」

「化け物なら退治するしかないな、このままでは被害者が増える、縁戚まで何かあっては遅い。ちょうど他国の賓客を招いての狩猟大会がある」

 


 伯爵はまるで正義の為に戦うとでも言いたげだった。

 化け物退治をする英雄だと思い込もうとするが如くに。



「そこでなら……魔物もいるし、事故があってもおかしくはないわね」


 イレザは不吉に笑った。


「でも社交しないブラード公爵が出てくるかしら?」


 母親は首を傾げた。


「そこは他国の賓客の前で誘って断われなくすればいいかもしれないわ、ウィステリアの方も呼び出して……そうすれば」


 イレザは社交界で仕入れた知識と情報で策をねる。



「大人しくウィステリアが出てくるかしら?」

「そうだ、お母様、うちの乳母よ」 

「当家の乳母は病気で死んだでしょう」


「だからね、昔あの子がただ一人優しくしてくれて懐いていた乳母の形見を返してあげると言えば、来るんじゃないかしら」



「ああ、そう言えば……乳母には心を開いていたせいで、あれが亡くなった時はたいそう泣いていたわ」

「私が嫌がらせで形見を一つもあげなかったから、余計に泣いていたわ」


 その時、落雷の大きな音が響いた。


「きやっ、凄い音がしましたわね、あなた。近くで落ちたのかしら?」  

「まあ、うちは大丈夫だろ。ではウィステリアに狩猟大会への招待状を送らねば」

「私が誘いの手紙を書くわ、乳母の形見を餌にして」



 イレザはメイドを呼んで筆記用具と手紙を用意させた。



 空に暗雲は立ち込め、次はどこに落ちるだろうか。

 苛烈なる雷は。



 ◆◆◆ウィステリアサイド◆◆◆


 買い物デートから四日後。

 エドはまた朝から城に呼ばれてたので、慌ただしく出かけて行った。


 なのでまだ私もタウンハウスにいたし、そこで彼の帰りを待つことにした。

 北部への帰還用転移スクロールは高価なので、一緒に使うのだ。



「今日は雨が止んでよかったわ」



 数日間は雨だった。

 その間はほのかの物語を思い出しながら原稿を書いていた。

 そしてようやく晴れて、まだ少し庭がぬかるんではいたけど、お陰で穴は掘りやすくなっただろうと、私は使用人にお願いして木の棒をタウンハウスの芝生の庭に立ててもらった。


 藁を巻き付けたカカシのようなものを作ったのだ。

 それはつまり剣士などが訓練に使うものと同じようなもので、棒を差し込んだ後は土魔法が得意な騎士に頼んで棒の根本をしっかりと固めてもらった。



 そしてその間、買ってきたズボンに着替えた私はしばらくは雨の影響のない渡り廊下をダッシュ&ジャンプをしていたが、困難に気がつき、庭の芝生の上に移動した。


「やはり飛び蹴りは難易度が高いから、普通に蹴りにしましょう。とうっ!」



 バシッ!

 足の脛部分でカカシに蹴りを入れた。

 そして二回、三回と蹴りを入れた。

 


「お、奥様! おやめください! そんな事をして、足に痣などできたら」

「痣……棒に藁は巻いてるけど?」

「でもそんなに何度も蹴ればできますよ!」 



 乙女の柔肌と言えど、私の足に痣ができたところで……私の寝所にて裸を見にくる夫はいない。

 エドとはずっと白い結婚のままなのだ。

 とはいえ、この体は元はウィステリアのものだ。

 少しは気を使うべきなのかも?



「うーん、だとすると靴の裏で蹴るのがいいのかしら」


 踵があるのと無いのはどちらが蹴りやすいかしら。やはりぺたんこ?

 でも尖ったヒールはそれはそれで攻撃力ありそう。刺さるから。

 


「蹴りを諦めませんか? 足を上げるのは淑女の行動ではありませんし、護衛騎士もいますし」

「でも私には魔力がないし、いざというときの護身にもなるし」

「だからそのための護衛騎士ですよ!」


 その護衛騎士はエドがいるとなかなか近寄って来ないしなぁ。


 御守りはあるけど、連続使用はできないかもしれないし、あの後も公爵がまた魔力を石に注いで充電みたいな事をしていたし。


 そんな事を考えてると、執事が手紙を手にして近寄って来た。



「奥様、ベルターニ伯爵家からお手紙が届きました」


 確かに手紙の封蝋は伯爵家のものだった。


「ベルターニの実家から……私宛か」


 渡された手紙の宛名の筆跡は姉のものだ。

 私はなんだか胸さわぎがして、手紙の封を乱暴に手で開けた。







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