私を絡め取る糸
庭先 ひよこ
プロローグ
――左手の薬指には赤い糸が結ばれているらしい。
その糸は運命の相手と繋がっているのだそうだ。幼い頃読んだ絵本にはそう書いてあった。
だけど、そんなお伽噺を信じなくなったのはいつからだったか。
「……今日も代わり映えのしない一日ね」
少女は窓辺に立ち、決して手の届かない青空を見上げる。
少女にはこの部屋が世界の全てだった。
鳥籠に囚われた鳥のように、大人しく時が経つのを待ち続けるだけの日々。窓の外に広がる空に焦がれることすら過分な願いだった。
だけどもしも、あの空の下を自由に生きることができるのなら。
私は……。
「……私は、どうしたいのかしら」
少女はぼんやりと空を見上げた。空を自由に舞う鳥はどこまでも美しく眩しい。その自由さが一層自分の不自由さを思い知らせるのだった。
「……想像するだけ無駄ね」
薬指に糸が存在しないように、『もしも』なんてありはしないのだから。
そう言い聞かせながらも、青空から目を離せずにいることには気付かないふりをした。
そうして少女はまた、今日をやり過ごすのだった。
製薬事業で名を馳せた名家、ガーランド伯爵家。当主のガーランド伯爵には自慢の一人娘がいた。
彼女の名前はダフネ・ガーランド。国一番と謳われた美貌の持ち主で、結婚適齢期になると縁談が次々舞い込み、時の王太子からも求婚されるほどだった。
伯爵は嬉々としてダフネを王家に嫁がせようとした。しかし、あろうことか、ダフネは結婚前に父親も知れぬ子供を身ごもってしまったのだ。
未婚の娘の妊娠など家門の恥。伯爵は相手は誰かとしつこく問い詰めたが、彼女が口を割ることはなかった。
それからしばらく経ったよく晴れた春の日、ダフネは子供を産んだ。それはそれはダフネによく似た美しい娘だった。
しかしただ一点、その子には人とは違うところがあったのだ。
……それは、血のように赤い瞳をしていたこと。
この国にそんな瞳をした人はいない。伯爵は子供を見て忌避感を覚えた。
その上ダフネは娘を産んですぐに亡くなってしまったのだ。そのため、伯爵はこの娘を不吉な子供だと忌み嫌い、離れに閉じ込めてしまった。
そうして娘はこの部屋から一歩も外に出ることなく過ごし――十八年もの歳月が過ぎた。
彼女を知る者は彼女をこう呼んだ。
この国で最も美しく、最も醜悪な娘だと。
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