夕霧side

「夕霧!考え直してくれ!」


私は家にある最低限のものを袋に仕込んだ。家具は持ち運びが難しいので、置いていくしかない。そして、のんべえの暖簾を通ると、一度だけ父さんの方を見た。


「今まで育ててくれてありがとう、父さん。次会う時は新也との子供ができた時ね」


「夕霧ぃぃ!」


私は意を決して、家を出た。二十八年間育ってきた家だ。思い出だってたくさんある。ここを出るのは少しだけ寂しさがあるが、それでも前に進まなきゃいけないことがあるのだ。


父さんが店の外まで追いかけてきた。ここまで想ってもらえていることはとても嬉しい。だからこそ、振り返るわけにはいかない。


「さよなら、父さん…!」


「夕霧ぃぃぃ!」


私、立派になってくるわ…!


後ろ髪を引かれるが、それをすべてかなぐり捨てて私は走った。










『いや、ド近所やんけwww』

『なんならすぐ帰れる距離www』

『茶番過ぎて草www』

『立派になるってなんじゃwww』


銀髪美女:『手足へし折ってでも止めんかい!』


『義妹ちゃん、どんまい』


偶々空を飛んでいたドローンが一部始終を捕えていた。


━━━


━━



「あれ、夕霧だ」


「おはよう、新也」


新也が外で野菜の手入れをしていた。朝早くだというのにご苦労なことね。そして、私が近づくと、新也は作業を止めて、私の方に来た。


「どうかしたの?こんな朝早くに」


「家出したのよ」


「え!なんで!?」


「花嫁修業のためにね。このまま家にいてはいけないと思ったの」


「ほぇ~立派だなぁ」


「それで、その、私をこの家に居候させてもらえないかしら…?」


新也は超絶鈍感だ。だから、『花嫁修業』という言葉を添えた。そろそろ私の想いを察してほしいものね。さぁどう?


『夕霧さん、積極的だなぁ』

『これは…大胆やな』

『きいいいいい!新ちゃんうらやましいいいいいいいい!』

『新ちゃん変わってくれえええええ!』


羨望と嫉妬のコメントが配信を埋め尽くす。が、


「え?それなら好きな人の家に修行に行った方がいいよ?実地訓練ほどためになるものはないからね」


「…」


『…』


銀髪美女:『兄さんにその手の揺さぶりは通じないで?ワイが十五年間アプローチし続けてもすべてスルーされるんやから』


(約一名を除いて)全員の心のコメントが消えた瞬間だった。ただ、夕霧だって、この程度のことは日常茶飯事。毎度新也をぶん殴りたくなるが、我慢した。


「…とりあえず上がらせてもらうわ」


「うん、どうぞどうぞ」


私は新也の敷地内に入る。美味しそうな野菜がたくさん植えられていて、料理人としては腕がなるところだった。


「朝ご飯は食べたのかしら?」


「まだだよ。野菜の手入れを終わらせて、日課の筋トレを終わらせてから食べようと思っていたんだ」


「そう、それなら私が朝ご飯を作ってあげるわ」


「え?マジ?それは助かるなぁ。夕霧のご飯は美味しいから朝から食べられるなんて運がいいよ」


「そ、そう。それじゃあ台所を借りるわね?」


「ほいほい」


私は実家から持ってきたエプロンを身に着け、台所に向かった。


「今までは夕食しか作ってこなかった…けれど、同棲すれば三食すべて私が作ることができるし、外の世界には『将を射んと欲すれば先ず男の胃を射よ』っていう言葉があるって聞いたことがあるわ」


『そんなピンポイントなことわざはありませんwww』

『まぁ間違ってはいないやろ』

『それな。というよりも普通に告白すればいいのでは?』

『これだから男子は。女っていうのは男から好きって言ってほしいもんなんだよ』


銀髪美女:『そこに関しては同感やな。兄さんに告らさせたい』


『うへぇ、女ってめんどくさ…』

『分かる』


食材も家からたくさん持ってきた。私がテーブルの上にをかざすと、宝箱の形状の異空間箱アイテムボックスが現れる。食材を扱う私には必須のアイテムだ。これがないと食材の鮮度が保てない。


『夕霧さんも異空間箱アイテムボックス持ちか』

『普通に神話級のアイテムをホイホイ使われると困るんだが…』

『何を取り出すんだろ?』


金剛姫:『異空間箱アイテムボックス!?というかなぜ鬼族が配信に映っているのですか!?』


『金剛姫!?』

『なんでこんな配信にSランク冒険者が!?』

『本物!?』

『大変やああ!』


配信のコメント欄がSランク冒険者の出現によって大いに盛り上がる。そんなことは露知らず、夕霧は朝ご飯の準備に取り掛かる。


「ふふ、店の食材がすべて入った異空間箱アイテムボックスをくすねてきて正解だったわ」


『ちょっと待てえええwww』

『盗難やんwww』

『目的のために手段を選ばなすぎやろwww』

『店どうすんのwww!?』

『この辺りは義妹ちゃんと似てるんだよなぁ』

『盗撮配信とか完全に自己満足やしな』


銀髪美女:『は?ワイとあのクソ鬼を一緒にすんなや』


金剛姫:『盗撮…?あの気になることがありすぎるのですが…』


『とりあえず、URLを貼っておきますので、こちらのスレを読んでいただくのが良いかと』

『そうですね。ここにいるアタオカな義妹ちゃんが何をしているのか知っていただくのが先決だと思います』


金剛姫:『わかりました』


夕霧は異空間箱アイテムボックスから必要な食材を取り出す。新也を堕とすために最高の食材をチョイスしなければならない。


台所に現れた食材はスッポン、イカ、マムシだ。


『うん、狙いが一瞬で分かっちゃうな』

『朝から盛ってるなwww』

『新ちゃんに仕込む気満々だなwww』


食材の準備が終わる。後はテキトーに美味しくなりそうな調味料を加える。


「こんなあからさまな食材だと新也に変態だと思われちゃうかしら…?いや、それもありかもしれないわね…」


銀髪美女:『このド淫乱が!清楚って言葉を一回辞書で調べてこいや!』


『ブーメランやで?』

『おまいう?』


極大なブーメランが刺さっている沙雪がそんなコメントを見ることはないし、気づくことはない。すると、画面では料理が進む。


「できれば、食べた瞬間に私に襲い掛かってきてほしいもの。となれば、やるしかないわね。『毒魔法』発動」


『え?』

『今、魔法って言った?』


私が手をかざすと、何もない空間に禍々しい紫色の液体が現れる。そして、それを何種類か作って、コップに分けていく。


「醤油、みりん、ポン酢、塩酸、硫酸、硝酸、青酸カリ、に、王水、ってところかしら」


『ん?何かヤバイ名前が入ってなかった?』

『気のせいやろ…』


気のせいだと流そうとしたが、


金剛姫:『間違いありません!あの鬼族は毒魔法と言っています!あの人と連絡を取る手段はないのですか!?命の危険が迫っています!』


『やっぱりか!』

『いや、でも、これ盗撮配信やから…』

『義妹ちゃんが連絡取れるんじゃないかな?』


毒を作り終えた私は鍋の中に食材と毒をすべてぶち込む。そして、


「スキル『調理』発動」


スキル『調理』は最善の料理手順を頭に思い浮かべてくれる。ただ、料理をするのは私だ。どれだけ完璧なレシピが思い浮かんだとしても、料理をする私がそれを再現できなければ意味がない。


最高の料理は0.0001mmのずれが命取りになる。馬鹿と天才は紙一重という言葉があるように絶品とゲテモノも常に表裏一体なのだ。


そして、十五分の死闘の末、料理が出来上がった。ご飯とメインディッシュを皿に添えてお盆に乗せる。


「新也~、できたわよ」


「おっ!待ってました!」


『アカン、新ちゃん!それ毒入りやで!?』

『死んじゃ嫌だ!』

『義妹ちゃん!何で黙ってるんや!』


夕霧は新也の前に朝ご飯を配膳すると、そのまま向かいあって座る。新也を好きな者として、不味い料理を出せない。そんなわけなので、夕霧にとって料理を出すことは戦争に近い緊張感を持たせていた。


「いただきま~す」


『ああ…』

『さよなら新ちゃん…せめてあの世で幸せに暮らしてくれよ…?』


金剛姫:『くっ、いつか…!いつか…私が仇を討ちますから!』


コメントは新也が死ぬというような様相を醸し出していた。しかし、


「うん、うまい!」


『『『え?』』』


新也はコメントの言葉の予想を裏切って、夕霧の作ったご飯を美味しそうにむしゃむしゃと咀嚼した。苦しんでいる様子は全くない。すると、


銀髪美女:『おまいら馬鹿やろ。ワイのお兄は『赤龍の涙』っちゅう阿保ほど毒成分の入った酒を飲んでピンピンしとるんやで?』


『あ』

『そう言われてみればそうや』

『ワイは気付いておったけどなwww』


銀髪美女:『阿呆共が兄さんの手のひらの上でじたばたしてる姿は最高にメシウマやったわ!この調子で頼むでwww?』


『くっそwww』

『腹立つわぁ』

『痛い目に遭ってほしい』


「朝から夕霧の美味しい料理を食べられるなんて、最高に幸せだよ。毎日食べたいくらいだ」


「え?」


銀髪美女:『兄さん!?』


「そ、それなら毎日三食作ってあげてもいいわよ?」


「え?それは悪いよ。花嫁修業に行くんでしょ?」


「…」


「痛い痛い!?」


銀髪美女:『はいざまぁ!夕霧どんまい!』


『なんというか人生楽しんでるなこの人…』

『新ちゃんの手のひらで一番踊ってるのは義妹ちゃんだよなwww』

『違いない』


金剛姫:『あの、全く事態がつかめないのですが…なんであの人は毒が効かないのですか…?』


『早く配信を見返してください』

『今の詳細が知りたいのなら今日の〇時くらいを見ていただければわかると思います』


金剛姫:『分かりました』


そこからは飯を食べる新也を甲斐甲斐しく世話をするという夕霧に嫉妬した沙雪がネットで暴れるだけだった。


━━━


━━



『そういえば、このドローン、さっきから夕霧さんしか撮ってないな』

『義妹ちゃんがそういう設定をしたんじゃないの?』


銀髪美女:『いや、ワイも困惑しとるねん…どうなってるんや?』


『え?マジな話?』


銀髪美女:『マジよ。夕霧見たってワイの得にならんやろ?』


『確かに』

『これ以上ないくらい説得力がある』


今、配信されているのは夕霧が皿を洗っているシーンだった。もう三十分くらいになる。新也は外に出て、野菜の世話をしていた。すると、


「はぁ…新也と結ばれて同棲することになったのは良かったけれど、精力剤が効かないなんて…アレを飲めば一か月はムラムラが収まらないはずなのに…」


銀髪美女:『結ばれてないわ。頭腐ってるんちゃうん?』


『辛辣やなぁ』

『それよりあの毒で精力剤を作っておったんかwww中身可笑しいやろwww』

『毒のインパクトで忘れていたけど、マムシとスッポンとイカを仕込んでおったんよな』

『確かにwww』


「父さんも知らないけれど、新也には子供の頃から毒をスキル『調理』で美味しく食べさせてしまっていたから、毒耐性が付いちゃったのよね。後、肉体も人間離れして強くなってしまったわ……まぁ私の毒料理を食べていなかったら『赤龍の涙』を呑んで死んじゃう運命だったからそこに関しては良かったけど、余計に毒が効かなくなっちゃったのは考え物ね…」


はぁと溜息をつく。私の計画では朝から盛った新也と夜まで毎日盛ることだったのだけれど、全くうまくいかない。新也は私の計算を毎回裏切ってくる。


「ふふ、まぁそうでなければ私の夫は務まらないわね」


銀髪美女:『じゃかましいわ!後、夕霧。今の発言でワイの兄さんがなぜここまでバグっているのかようやく分かってきたわ』


『え?マジ?』

『聞きたい聞きたい!』


銀髪美女:『これはワイが村に引っ越す前の話やから半分推測になってしまうが大方合ってると思うわ。ノブさんとの修行に耐えかねた夕霧は兄さんと仲良くなってから、兄さんに飯を食わせていたんや。これは前のスレでも話したよな?』


『うむ』


銀髪美女:『で、その時に夕霧はスキル『調理』と毒魔法を組み合わせて、お兄に毒を食わせ続けていたんや』


『え?それってまずくないの?』

『死んじゃうと思うわ』


銀髪美女:『ところがどっこい。スキル『調理』っていうのは極めるとどんなものでも食えるレシピを作れるようになるんや。極端な話をすれば無機物だって食わせられると思うで』


『それは知らんかった』

『一般スキルだけど、極めるとそうなるんか』

『ということは、新ちゃんは夕霧さんに子供の頃から猛毒を喰わされ続けていて、それでバグったってこと?』


銀髪美女:『ほぼ確定やと思うで。だって普通の人間が身体能力で、鬼と並べるようにはなれんし、なんなら出会った時から兄さんのステータスはチートやったからな。これしか考えが浮かばない』


金剛姫:『なるほど…まとめると、鬼族の夕霧に幼少期に毒を盛られ、成長期も相まってとてつもない身体能力になったと。そこに第二次成長期で夕霧の父親であるノブの『赤龍の涙』でより強くなったということですか?』


銀髪美女:『ワイの前で兄さんのことでイきるなや、ドМ』


『Sランク冒険者に噛みつくんじゃないよwww!』

『ってかドМって最低やなwww』

『初対面であっても、噛みつく義妹ちゃん、流石やわwww』


金剛姫:『わ、私はドМじゃありません』


『反論するんかいwww』


銀髪美女:『いつもワイの前で犬みたいに尻を振ってるやん。戦ってる最中もわざと攻撃を受けているのは知っているんやで?』


銀髪美女:『あっ、やっぱ今のはなしや』


『もう黙れwww』

『義妹ちゃんは病人やろうがいwww』

『金剛姫を汚すのは許さないぞ?』

『アレ?新ちゃんが映ってるで?』


銀髪美女:『兄さん!?』


配信のコメントが流れる中、映像は変わった。新也が今は映っている。夕霧もようやく皿洗いを終えて、新也の元に行く。なるべく近くに。


「どこかに行くの?」


「ああ、うん。沙雪の入院費を稼がなきゃいけないからね。ダンジョンに潜ろうと思う」


「そう…沙雪は元気?」


「うん。今年もなんとか生き残れそうだよ」


「そう…義妹いもうとには早く身体が良くなって欲しいわ」


銀髪美女:『義姉はいませ~~~ん!』


新也が『つなぎ』を服の上から着ると、立ち上がって襖を開けて奥に行ってしまった。私も付いていくと、新也が何かを取り出しているようだった。


「何をしているの…?」


「昨日、ミミズ狩りで武器を持っていくのを忘れて面倒だったから、武器を持っていこうと思うんだ。どこ行っちゃったかなぁ、『草薙の剣』」


『めっちゃカッコいい剣やな!』

『名前負けしとるやろwww』

『押し入れにいれている時点で色々察しやろ』

『いや、分からんぞ?新ちゃんはポイズンプレードサンドワームを素手で倒すような強いやつだし、レア素材をたくさん持っていそうだ』

『確かに!wktk!』

『これだから男子は…』


配信のコメントが大いに(主に男子のみ)盛り上がる。すると、夕霧が訝しむように新也を見た。


「それって、あの人・・・に作ってもらったもの?」


「あの人?ああ、たぶんそうだよ。あの子に作ってもらったものだよ」


「そう」


「あ、あったあ!」


新也が押し入れから顔を出す。そして、手には『草薙の剣』が握られていた。


表面は黒い明朝体の呪文が描かれており、ところどころに透明な布が張られていてそれが形状を定めていた。大きさは五十センチほどで、重さはほとんどなさそうだった。筒上に丸まった形状をしており、Gや蚊をぶっ叩くときに役立ちそうなものだった。


『新聞紙ソードじゃねぇかwww!?』

『なんならただ丸めただけやろwww!?』

『テープも雑や!作ったやつ誰やねんwww』

『草wwww薙wwwwのwwww剣wwww』

『そんで新ちゃんは何で心強い武器を見つけたような顔をしとるねんwww』


はぁ、あの人はまたこんな武器を新也に渡して。まぁ同類だし狙いはわかってしまうのだ。


「さて、武器も揃ったし行くかな」


「私も行くわ。久しぶりに身体を動かしたいもの」


「おお、お出かけだね」


「こういう時は『デッド』っていうのよ」


「へぇ、夕霧は物知りだなぁ」


『死んどるやんけwww』

『若干のいい間違えが可愛いwww』

『それを鵜呑みにする新ちゃんも純粋やわ』


全く緊張感のないダンジョン攻略が始まった。

━━━


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